2011年最初の期に放送された作品の中でダントツの人気を誇った“まどか☆マギカ”が、とうとう最終回まで放送された。
本来なら3月31日までには放送を終えているハズだったが、震災の影響で放送が延期され、結果4月21日以降に関係テレビ局でラスト3話(MBSのみ2話)がまとめて放送された。
私は直接視聴できるエリアではない(今気づいたが、アナログ派だったら観れたかもしれない…)ので、放送日にリアルタイムで観ることはできなかったが、視聴できる人の中には深夜放送に備えて翌日に仕事を休み備えていた人もいたとか…。まどマギ休暇って何さw
で、私は放送を受信していた人から映像を譲り受け、今日、最終話まで観たのである。
いや、まぁ…そのまま中身を書くとまだ観ていない人へのネタバレになってしまうので、知っている人だけ続きをどうぞ…。
正直、10話を観た後に、11話からようやく本来のスタートラインに立ったな、と思った。
そもそも、この話は1話からスタートしていない。
その前のストーリーが存在していた事が10話では語られていた。
その10話を観たからこそ、11話から本当の物語の始まりだと思ったのだが、11話は9話の終了後からのスタートだったため、ああ、時間軸はそのまま進めて本質部分だけを終わらせるのか、と思った。
そして物語の中で語られる、今までのインキュベーターの介入の事実。
まぁ、こんなのは予測していた通りの展開だ。
不思議な事に、人間がたどってきた歴史のある種のターニングポイントには、なぜか女性が大きく関与している事が多い。まぁ、世の中には男と女しかいないわけだから、そんなに驚くべき事でもないのだが、20世紀以前の人類の歴史では、そのほとんどの時事主導権は男にあったワケで、そんな状況下でも不思議とターニングポイントには女性が大きく絡んでいるのである。
その事実から、インキュベーターが少女を魔法少女にし、祈りを聞き届け世の中に関与し、そしてその魔法少女の祈りが呪いへと変化していく状況を利用していた…という流れに持って行ったあたりは、このシナリオを描いた虚淵氏は実にウマイ絡め方をしたなと思った。
しかし、祈りが呪いに変わるという事に疑問を持つ人も多いと思うが、これ、もっと端的に理解する方法がある。コレ、例えば現代の女性アイドルを例に挙げるとわかりやすい。人気絶頂のアイドルがいたとして、そのアイドルは人気があるウチはみんなからちやほやされるが、ひとたび新しい別のアイドルが登場すると、その元アイドルは徐々に扱いが悪くなり、次第に新しいアイドルに毒づくようになる…という流れと同じなのである。
祈りを求められた少女は、みんなから求められている間はそれでいいが、徐々にその祈りを周囲から疑われ始めると、人々は新しい祈り手を求めるようになる。そうなると、元々の祈りを求められた少女は新しい祈り手を呪わざるを得なくなる…そういう心理と同義なワケである。
中には呪わずに鞘に収まる事もあるかもしれないが、大部分の流れは光と影の流れである。
ま、そういう流れをシステムの中に取り込んだインキュベーターが人類に関与してきた、とする流れは納得できる話であり、このシステムが今の人類の歴史を作り、今生きる人々の生活を成り立たせているという事実は、何とも皮肉な話である。
そして観ていて気づいたのが、11話は必要以上に円のイメージを持つものが多いという事。
おそらくこれは、人類の歴史の中で繰り返されてきた因果は、常に円を描くように輪廻しているという意味を絵的に表しているのかもしれない。実はこの繰り返すイメージに円を使っているのは、ほむらと同じなのである。
そしてそのほむらの願いを叶えるためにエンドレスに歴史の一部を繰り返した結果が、まどかを強力な魔女へと導いた因果となったあたり、これも私の予測通りだった。
ただ、私はもう一つの事も考えていた。それが、ほむら自身の力も強力にしていたという事。
もちろん、それは経験による裏付けで強くなったというだけの話ではなく、ほむら自身の魔力も因果によって相当に強くなっているのではないかと考えていたのである。
そして11話を観ていてある事に気づいた。
ワルプルギスの夜と呼ばれる、正体不明の強力な魔女は、実はほむら自身なのではないか? という事である。
ほむらは、その時間を止めるという魔法の象徴のように歯車を連想させ、実際に時を遡る時も歯車が回るイメージを伴って演出されている。
そしてワルプルギスの夜は…そう、見た目にも歯車なのである。
つまり、ほむらが自分の願いがどうしても叶えられないとあきらめてしまったとき、希望が絶望に変わったとき、ほむら自身がグリーフシード、つまり魔女になってしまうワケだが(これは作中にQBによっても語られたので間違いのない話)、ワルプルギスの夜はおそらくその絶望したほむらなのではないかと思ったのである。
もちろん、この予測は先ほどのほむらの魔力も強くなっているのではないかという予測の元に成立する話。
見た目にも同じ歯車だという事に気づいた時、これはもう間違いないな、と感じたのである。
ただ、この予測は同時に矛盾も成立させてしまう。
それはほむらが一番最初に魔法少女になった際に現れたワルプルギスの夜の存在がどこからきたのか? という事を説明できない事。
これがちゃんと説明出来れば、間違いのない予測だと思うのだが…。
そして11話のラスト、まどかが全てを受け入れて神にも等しき存在となる事の予測もできていた。
ただ…その結末については予測が外れたというよりも、予想外の方向に向かっていったと思っている。
12話、放送ではまどかは神にも等しき存在となり、人間の歴史に関与した。祈りから呪いへと変えていき、魔女になるはずだった少女を次々と元に戻していくまどか。それはすなわち人間の歴史を最初から作り直す事と同じワケだが、劇中で宇宙を作り替える、という表現もなされていた。
私はどちらかというと、宇宙の根源から変えてしまうような話になるのではないかと予測していたのだが、その予測は外れてもいないが結果として違った流れとなった。まどかは人類の歴史は変えたが、結果として宇宙そのものは変えていないのである。
私は宇宙を作り替える神になると予測していたため、そもそもインキュベーターが存在しない世の中にしてしまうのだろうと思っていた。
しかし、作品は結果として魔女…ではないが、人々の呪いがなくならないとして魔獣(漢字不明。多分間違ってないと思うが…)が現れるようになり、結果として魔法少女が存在する世の中となった。
まぁ、作品そのものが「魔法少女」としているのだから、魔法少女は何らかの形で残そうという事なのかもしれないが、神にも等しき存在が作った流れとしては些か疑問の残る世の中にしたなぁ…と感じている。
とまぁ、私の予測を大幅に裏切る内容ではなかったが、個人的な希望を言わせてもらうなら、もっと大団円的な終わらせ方でも良かったんじゃないかな? と思っている所もある。
全てをやり直す。
魔法少女システムなどなくなってしまい、全ての出会いを最初からやり直し、魔法少女たる彼女ら5人が普通に出会い、交わっていく…そんな終わらせ方でもよかったように思う。
ただ、この終わらせ方は場合によってはEVAの二番煎じと言われるかもしれない流れだから、クリエイターとしては避けたかったのかもしれない。
どちらにしても、まどか☆マギカという作品は今期(2011年1~3月期)最高の作品だったのではないかと思う。Amazonの予約ランキングを1位~6位まで独占しただけの内容だった事は間違いない。
ただ私が残念なのは、巴マミが絡んでいる部分があまりにも少ないという事であり、OVAでもいいから、巴マミ外伝を作ってくれないかな…という祈りをしてみたりする。
まぁ、無理だろうな。しかしてそれは私の呪いへと繋がっていく…(爆)
自分は複数の魔女の集合体という解釈でした。>ワルプルギスの夜
良くも悪くもいろいろな解釈の出来る作品でしたね。。。
10話ではどうしてもシュタインズゲートを連想してしまいました(ゲームやっていたので)。
追伸
例の物送っておきました。明日には届くと思います。
返信
たしかにいろんな解釈が出来る作品だったとは思います。
でもそのほとんどが何かしらの意味と因果を持っていたと考えるのがとても容易な作品でもありました。
そして本文中に「11話は必要以上に円のイメージを持つものが多い」と書きましたが、そもそも「円」は「まどか」と読めるわけで…しかも「鹿目」は「要」と同じ読みですから「中心となる円」という意味ともとれます。
そうした繰り返すというイメージを円で表すところからキャラ名を付けた…という事も想像できます。
ちなみに…私イチオシの巴マミですが、そもそも「巴」には「物が円形を描くように一方にめぐり巻く様」という意味があり、しかもマミは「真実」と書いてマミと読めるわけです。円を描く真実…かなり意味深な名前と言えるでしょう。さらにマミさんは髪も縦ロールで巻いてましたが(爆)
で、暁美ほむらに関していうと…そうした意味とはおそらく全く異なるのでしょう。そもそも暁美は「暁」、ほむらは「炎」の意味でしょうから、ここから連想されるものっていうと…ヘブライ系なら「暁の明星」つまり“ルシフェル”となるんですが…残念ながら繰り返す時間や戦い続けるという意味において強烈なまでの関連性は見いだせないかと。
ただ、暁の明星は金星、つまり愛の女神ウェヌスを意味していますから、そこから鹿目まどかに対する愛を貫く存在という意味に関連づける事はできるかもしれません。
他にも美樹さやかや佐倉杏子にも何かしらの意味があるんではないかと思いますが、今の所思いつかないですな。
何にせよ、いろんな所に意味や伏線を張っている作品です。この複雑きわまりない設定・演出周りは昨今の作品の中でも群を抜いてよく練り込まれていると思います。
再度、全話見直して、さらなる意味の探求に入るのも良いかもしれませんね。
>例の物
おお、ありがとうございます。
取り付けは…多分相当後になると思いますが、その時にはまたお聞きする事もあるかもしれません。入れて戴いたメモで何とかできれば良いのですが…。
返信
> ワルプルギスの夜
私もひろさんと同じ考えでした。
(面識ないのに引用失礼します)
昔ケルト民話とかを調べてたときにワルプルギスの夜が載ってましたが、確か魔女が集まる祭だったと記憶してます。
(ヨーロッパの広い範囲の祭だったと思うので、地方によっては意味が違うかもしれません)
4/30の夜からメーデー(5/1)にかけての祭なんで、作中もその日なんじゃないかと想像してます(ほむらが学校に復帰したのが4月頭だとしたら)。
公式の設定が不明なので正解はありませんが、時間遡行や名前から想像できる設定をあれこれ考えるのは楽しいですね♪
返信
>ワルプルギスの夜
確かにワルプルギスの夜そのものの意味は魔女が集まる祭りだったと思います。
それを知っていて、私はほむらの魔女化したものと思いました。何しろ、ほむらはパラレルではあるものの、同じ時間に複数存在していたのですから。つまり、ほむらがたくさん集まったのがワルプルギスの夜…そう考えた次第です。
ま、コレばっかりは本当の意味での答えは制作者から語られないと分からないので、予測は予測でしかないですな。
それにしても…マミさんのOVA出ないかなぁ…
(まだ言ってるのか、私はw)
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