HONDAが四輪自動車を発売して50年が経過した。
全てが順調だったとは言えないかも知れないが、四輪を作る為に立ちはだかった壁を何とか乗り越え、そして半世紀が過ぎた事を記念して、HONDAはYoutubeの公式チャンネル“HondaJPPR”に、四輪発売50周年ムービー『Honda四輪への挑戦』を公開した。
360ccという小排気量車でありながら、30馬力を叩き出すHONDA T360のエンジンは、今もってしても市販車レベルとしてはかなりハイパフォーマンスなのではないかと思う。
今の軽自動車は660ccで64馬力だから、50年前の360ccで30馬力という数字が、どれだけスゴイかという事は簡単に分かると思う。おそらく30馬力を出す事ができた背景には、当時では日本初のDOHC構造のエンジンを搭載したからではないかと思われる。
さらに、T360は最初からミドシップでエンジンを搭載しているという点にも注目。コレがHONDAのモノ作りの原点にあるという事は、HONDA好きの私からすると絶賛するしかない事である。
このT360に前後(実際には後から)してS500、S600とスポーツタイプが発売されていくが、これらのエンジンはさらにスゴイ。レッドゾーンが9,500rpmからという、今の自動車でも稀にしか見ない高回転型エンジンで、パワーをひねり出すエンジンだった。
こうしてみると、HONDAのエンジンはバイクやフォーミュラカーからのフィードバックが実に活きている。2015年からのF1復帰は、そうした未来の技術向上に大きく期待できるものと断言できるものではないだろうか?
そのHONDAのF1の話だが、HONDAがF1においてもっとも高回転エンジンを作り出したのがおそらく1989年ではないかと思う(実際には1992年のV12エンジンRA122E/Bかもしれないが…)。
というのは、この1989年のF1でレギュレーション変更が行われ、ターボが禁止された。使用された自然吸気エンジンは排気量が3,500cc以下のRA109-E、マクラーレンホンダは新型MP4/5にこのV10エンジンを搭載して臨む事となった。
この1989年のセナの走りを再現する…というプロジェクトが行われた。HONDAのインターナビのCMで、セナの走りを光と音によって再現するというものである。
HONDAがF1の世界で1980年代に世界最高峰の車を提供し続ける事ができたのは、走行中の車の情報をデータ化して記録する、という事を行っていたから、と言える。
今のF1では当たり前の事かもしれないが、車の状態を数値化し、グラフ化し、1秒でも長く車の最大減のパフォーマンスを追求するという行為を地道に続けていた事が、世界最速ラップを生み出す理由だったと思う。
特にセナはこの辺りの拘りが凄かったようだ。
この拘りがエンジニアにより大きな拘りを与え、世界でも類を見ない高出力エンジンを生み出す原動力となったに違いない。
このインターナビのCMのインタビュー含めたロングバージョンを紹介する。
この光と音でセナの走りを再現した夜、鈴鹿では長らく聞くことがなかったV10サウンドが木霊したんだろうなと思うと、鈴鹿市に住む人が少し羨ましく思えてくる。
ただ、HONDAがF1においてその猛威を振るったのはターボエンジンの時である。
この光と音の再現が行われた1989年の一年前、1988年においてマクラーレンホンダは16戦中15勝と脅威の記録を残している。その際使用されたエンジンはRA168EのV6ツインターボエンジンである。
HONDAは1986年から1991年の6年間、6年連続チャンピオン獲得エンジンを供給している。1980年代から1990年代は毎年F1のレギュレーションに変化があり、もっとも波乱に満ちたF1シーズンであるが、その中、6年連続という実績はこうした走行中のデータを逐一分析し、極限まで性能を絞り出す努力の結晶とも言える。
2015年、HONDAは再びF1に返り咲く。
今度はエンジンだけでなくモーターも駆使した新世代のF1になるが、これらの技術が市販車に下りてくる事は間違いない。
逆に市販車のモータースキルがF1に持ち込まれ、そこで昇華して民生に再び下りてくる、なんて事もある。いや、当初はこの流れが主流になるかもしれない。
だが、確実にF1から得られたフィードバックが市販車に使われ、我々の生活に密接に絡んでくる事だけは間違いない。
本田宗一郎の、常識にとらわれない使う者へのサービス精神がある限り、HONDA車は進化を止める事はないだろうと思う。