(function() {function signalGooglefcPresent() {if (!window.frames['googlefcPresent']) {if (document.body) {const iframe = document.createElement('iframe'); iframe.style = 'width: 0; height: 0; border: none; z-index: -1000; left: -1000px; top: -1000px;'; iframe.style.display = 'none'; iframe.name = 'googlefcPresent'; document.body.appendChild(iframe);} else {setTimeout(signalGooglefcPresent, 0);}}}signalGooglefcPresent();})();

VRは普及しているのか?

今日の内容は自分でもバカだな…と思う。

いまいちピンとこない

2016年にPlayStation VR(以下PSVR)が発表され、一気にVRが身近に感じられるようになり、いざ予約が始まったら途端に予約枠が埋まり、とんでもない盛況ぶりを見せたPSVRだが、あれから翌年2017年になった今、ふと周りを見てみると、思った程PSVRの熱が上がっていないように思えている。
いや、逆にいうと冷めているんじゃないかと思える程で、最初から見送る事を決めていた私だけでなく、実際に購入した後の知人なども、一通りVRコンテンツを体験した後、加熱するどころか冷めているように見える。
既に飽きたのか? とも思えるぐらいの冷めっぷりだが、おそらく発表されたVRタイトルの作り込みがまだまだな部分が多いのと、コンテンツ量そのものが少ない事がその理由ではないかと私は見ている。
業界に属する知人に聞いた話だと、VRコンテンツは作り込みに時間がかかる事もあって、一気に全ての内容を作り込んだ作品を発売するという方法をとるメーカーはまずない、との事だった。
だからPSVRの筆頭ソフトとも言えるサマーレッスンも、コンテンツを小出しにしている感じで公開しているが、これは何もサマーレッスンだけの問題ではなく、VRコンテンツのほとんどが同じような展開なんだという。
だとしたら、VRというコンテンツはまだまだ未開な部分が多い分野であって、2016年がVR元年と呼ぶには早すぎたように思えてならない。

DOAX3がようやく対応

そしてここに来てようやく、DEAD OR ALIVE Extreme 3のPSVR対応コンテンツが配信された。製品版を購入している人は製品起動時からPS Storeに入ることで2月末までは無料でコンテンツを入手できるとの事だが、無料配信版であれば、このコンテンツは有料になる。売れないグラビアアイドルのDVD発売イベントに見える…PSVRで見ると、もっとハッキリ見えるのだろうが、イメージ的にはこんな感じ。
…なんか、ソフマップでの売れないグラビアアイドルのDVD発売イベントみたいだな(爆)

当初からこのDOAX3のPSVR対応は公表されていた話だったが、結局かなり遅れての登場となった。
恐らく、ここまで遅れた理由はそのVR特有の倫理的な問題に対処する為だったのではないかと思われる。
VRというコンテンツは、とにかくプレイヤーの視点を定点化させては意味がないので、本来見えないようにしていた部分も見られる可能性があり、その部分がソニーの倫理観と食い違わないよう、徹底したチェックが行われた為に時間がかかったのではないかと私は考えている。
これがPCソフトだったなら、多分こんなチェックも結構甘かったりするのだろうが、PlayStationというプラットフォームであるが故に、コーエーテクモ側が想定していたよりも厳しいチェックが行われたのではないかと考えられる。
だが、そもそもVRの醍醐味はまさしくその視点の非定点化にあるのであって、そこを楽しみにしていたユーザーも多いのではないかと考える。そういう観点で考えれば、DOAX3のVRコンテンツは魅力半減になったように思える。

VRカノジョが猛追するか

一方、PCゲームはというと、IllusionのVRカノジョが2月に発売されるとして注目を浴びている。
こちらはPSVRのサマーレッスンのパ○リじゃないかと言われるほど、酷似した内容ではあるが、元々X指定という事もあってサマーレッスンでは見えないハズのところが見えたり、できないハズの事ができたりするソフトなだけに、注目されるのは必然と言える内容である。
だが、このVRカノジョが注目されているという世間の反応はむしろ当然と言うべきであり、過去のメディアを作り上げてきた様々なデバイスを普及させてきた原動力を考えれば、PSVRの対応の方が不自然である。
VRにRealな状況を求めれば、PSVRの対応は不自然だしコンテンツそのものをつまらなくする原因にしかならない。
これが一般向けとX指定の違いだと言ってしまえばそれまでだが、そもそも何を許容して何を許容しないのか、という線引きにおいて、一般向け作品はその倫理規定が厳しすぎる傾向にあるように思う。
これはゲームに限った話ではないのだが、21世紀に入ってからの倫理観は私的には行きすぎていると思っている。誰かが不快に思っているから禁止する…この流れが今の倫理観を作り上げてきたわけだが、それでコンテンツをつまらなくしてきているという事にも気付かないと、本当に面白いモノは作れないと思う。
そもそも、その表現を受け入れられないなら、その作品に触れなければいいだけの事であり、今の倫理観を作り上げてきた人達のほとんどはそもそもその作品に触れてもいない人が多分にいるように思う。
もちろん、その為にリージョンなどで区別する必要はあるが、世の中のタブーというものは当人が肌で感じて理解していくものである。
今は、そのタブーに触れないように、あるいは触れる事ができないようにして、タブーを理解しろと言っているのだから、そもそもに無理がある。
昨今テレビがつまらなくなってきたとか言っているが、それこそまさにこの問題と同一の問題である。

話が逸れてしまったが、VRコンテンツは一定以上のRealを追求するとどうしてもこの倫理観という部分に触れざるを得ない。
VRは新しいユーザー体験を可能にする、と公言している以上、この倫理観の枠をどこかで突破しないと、本当の意味での体験にはなりにくいと思う。

VRという仕組みが安定するまで、あと数年はかかるだろうと思う。
それはコンテンツそのものの成熟度を増すのと同義で、今出ている問題で騒いでいるようでは、コンテンツはいつまで経っても成熟していかない。
2017年はその殻を破ることができるのか?
興味はありつつも、まだ時期尚早かもしれないな、とどこかで思っている私がいる。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Share
アバター画像

武上

18歳の時、人生の最大の選択ミスをしてしまい、いきついた場所として山梨県人となる。 その後、建設業に身を投じ、資格をいくつか取得するものの、結局自分の性格と合わない事を理由に上京。 上京後、世間で話題になりつつあったアニメ・ゲームを主体とする業界の人間となり、デジタルコンテンツ業界を含む数々の著名人と同じ土俵でマルチメディアな仕事をするに至る。 一見華やかなメディアの世界の、その闇の深さたるやハンパない事こそ世間に何となく知られてはいるが、業界人しか知らないその氷山の全体像を十分すぎるほど目の当たりにした後、家庭の事情で再び甲州へと帰還。 しかし、この帰還も人生の選択ミスだったかもしれないなぁ…と今では思うものの、時既に遅し。 今は地元の製造業を営む会社の総務・品質保証という地味ではあるものの堅実な職につき、いつか再びやってくるだろう夢の実現を信じて隠者的生活を送っている…ハズだったのだが、またしても周囲の事情で運命は波乱の様相を見せ始めた。 私の人生は一体どの方向を向いているというのだろうか? ちなみに筆者はPCとの付き合いはかなり長いと思っている。 古くはPC-8801 mk2 SR、X1 Turbo、X68000、FM-Towns、PC-9801シリーズ(互換機含む)、PowerMAC 9500等をリアルタイムで使い、その後は、Windows PCの自作機を中心に現在に続いている。 デジタルガジェットに関しては興味もある事から、その時代の時々において、いろいろ使ったり調べたりして、専門家ほどではないが知識は蓄えてきたと思っている。 そうした経験を元に、今の時代へ情報発信させてもらっている。少々くどい言い回しが多いかも知れないが、お付き合いいただけるとありがたい。 連絡先:takegami@angel-halo.com (@を小文字にしてください)

You may also like...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


コメントは承認待ちです。表示されるまでしばらく時間がかかるかもしれません。

Desktop Version | Switch To Mobile Version