私はthird-sector.jpというJPドメインを5年ほど運用していた。
“していた”という過去形になったのはつい最近の事。
数日前まで、あと1年は運用を継続するつもりでいた。
というのも、5月末でこのドメインの契約が切れるため、5月2日に契約更新までしたのである。
しかし、その運用をつい最近になって諦めた。
ホントは諦めたくはなかったが、物理的な問題が深刻化したため、これ以上の継続が不可能になってしまったのである。
自宅サーバの運用にあたり、始めるキッカケとなったのは仕事上の問題からだった。
前々職で、どうしても協力会社とデータのやりとりをする必要があり、そのデータ量がメールでやりとりできる範囲を大きく超えたため、やむを得ずFTPサーバを自分で立ち上げたのがそのキッカケである。
何の知識もないところから、ダイナミックDNSの事やドメインの事などを調べ、自分でできる範囲で立ち上げたワケだが、当時はまだADSLというアナログ回線で運用していたため、十二分なパフォーマンスを持っていたとは言い難かった。
しかし、実際に自宅サーバを立ち上げた事によって仕事は実に円滑に進み、結果私が楽になったという事は間違いのない事実だった。
今でこそ、オンラインサービスとしてインターネットディスクなんていうものも存在しているが、私が始めた頃はそのようなサービスもあまりなく、結果私のように自宅サーバを立ち上げた人はかなりいたと思われる。
回線事情があまり良くない時代でありながら、それほどまでに大きなデータを運用する必要に迫られ、それ故に実距離問題をネットで解決したいと考える人が現れ始めた時代であった。
そんな自宅サーバ黎明期から運用していた私だが、その頃と今とでは決定的な状況の違いというものがあり、結果サーバ運用を諦めた。
その決定的な違いというのが、ハードにかけられる予算が大きく変わったという事にある。
昔はPCを自分で組み立てる際にかけられる予算はかなりあった方だと思う。
実際、安上がりなパーツばかりで作っていた気もするが、それでも足りないパーツは即座に入手できたし、動かなくなればすぐに代替PCを用意できた。
しかし、私が実家に戻ってきてからというもの、その状況があまりよろしくなく、私が私にかけられる予算が全くといっていいほどなくなってしまった。
実家に引っ越してきた当時は、ミドルタワー筐体にAthlonXPコアを入れたマシンをサーバとして運用していたが、そのマシンの電源に問題が発生、代替パーツを組み込もうにもパーツを用意できないという問題が残り、結果、私が手持ちで持っていたVAIO Uをサーバマシンにするという手法で乗り切った。
実際、VAIO Uをサーバマシンにしたのは大正解だったが、それでもこれが本来の使い方でない事は、VAIOという名前から考えてすぐわかることと思う。
そのVAIO Uが今度は調子が悪くなった。
見た目OSも正常に動作しているような感じだが、再起動を繰り返したりする事が頻繁に起こり、システムの安定性が著しく低下しはじめた。
もうちょっと使い続けようと考えもしたが、OSを再インストールして運用するにしても、現時点でサーバを使い続ける意味があるのかをもう一度考えたとき、そこまでする意味が全く見えない事に気がついた。
何しろ、サーバを必要としていたのは、前々職の話なのだから。
で、結果third-sector.jpのドメインは知人に譲る事にした。
ドメインの移管作業はこれから先の話になるが、これで自宅でサーバマシンを維持し続ける必要がなくなった。
今を思えば、このサーバの運用を続けていた事で、夏場は熱問題を深刻に考えなければならなかったり、セキュリティ問題として開けたポートを厳しく管理しなければならなかったりと、面倒な事を背負っていたように思う。
何はともあれ、サーバ運用から撤退する。
ドメインを引き受けてくれた友人に感謝しつつ、サーバ用途にしていたルーターの設定を元に戻そうと思う。