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Tagged: 介護

会話を失った母との今後

そろそろ母を退院させる事になるが、その後の介護をどうするか?

失語症?

母が先月入院する際に会話を失ってしまってから、母は相変わらず言葉を話す事がない状態が続いている。
当Blogでも記事にしたが、母に病院で会った時には既に会話する事ができなくなっていたし、多少落ち着きは取り戻していたものの、こちらの言葉は理解できるレベルにあったと認識している。

自分の伝えたい事が伝えられないという事に、当初は相当焦りを感じていただろうが、この時には多少は落ち着きを取り戻していたので、コミュニケーションが全くできないという事ではないものの、やはり今後の介護の中で伝えたい事が伝わらないという状況と付き合っていかねばならない事に違いはないだろう。
私は医師ではないので、正確にそうだという事は言えないのだが、この今の状態は母が失語症になったという事ではないか、と考えている。担当医から明確に「失語症」と言われたわけではないが、こちらの言葉は理解出来ているだろう事を考えると、おそらくは運動性失語に分類される失語症ではないか、と。
ただ、今回の件がある1ヶ月前に起きたのは、呂律が回っていないような話し方になったという問題だったので、完全に運動性失語と言い切る事が難しく、感覚性失語もある程度発症している可能性はある。
どちらにしても、失語症ならばリハビリができるわけで、脳をとにかく刺激して神経伝達をもっと広げていく事をすれば、話せるように戻るかもしれない。
あくまでも可能性の話でしかないが、可能性だけでもあるだけマシ、と思うしかない。

リハビリ

とにかくコミュニケーションを取るしかないらしい。
顔を合わせれば挨拶をして、言葉がでなかったとしてもこちらから話しかけ、ジェスチャーと共に話しかける事を繰り返すしかない。
また、どちらかというとこれは受け手となる私の問題だが、焦らず、言葉以外の身振り手振りで会話する事を心がけるしかない。
とにかく身振り手振りを加えて何とか意思疎通
そして実は一番難しいのが、家族の対応である。
家族は人間関係として遠慮が無いので、言葉を話せない者の意図をくみ取って先回りして言葉を発したり、行動したりする。
過剰に先回りすることは、言葉を話せない者からすると本人の意思ではないところで事が進むことになるので、話せないという事が意思と反する結果を生み、それが本人にとってマイナスに働く結果を招きやすい。
なので、過剰に先回りする事はせず、あくまでも本人の意思によって、イエス・ノーで答えられるようにするとか、選択肢から得られる意思決定とするようにした方がよいらしい。
焦らず、慌てず、ゆっくりとジェスチャーを組み合わせて本人の意思を聞く。
家族は特にこれらに気をつけて失語症と向き合っていく必要があるようだ。

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介護計画の見直し

まさかの受け入れ拒否に直面した我が家。

結局在宅中心か?

先日、新型コロナワクチン4回目の接種をした日に、今後の介護予定として検討していた施設に行ってきた話ををBlog記事に書いた。

新型コロナワクチン接種後、意外なまでに副反応が出たという記事内容だが、その記事に中に今後の介護予定として考えているショートステイ可能な施設への入所を検討していると書いた。
実際見学してきてとても良い感じだったのだが、私自身がケアマネージャという業務に関して無知であるという事、介護という行為を取り巻く支援に関して、どんな役割がどこまでの範囲をカバーしているか、など、私が知らない事がとても多く、そうした事を理解していく必要があると痛感したワケだが、この話の後、私は実際にこの施設への入所を希望し、担当者へ次にすべき事を確認したいと連絡を入れたのだが、ここに来てまさかの受け入れ拒否という状態になってしまった。
具体的には、メールで連絡を入れたのだが、私との会話で母の容体を聞いた施設のケアマネが、受入は難しいと判断したようだ。
実際に要介護者の容体を見たわけではないのだが、私の会話から無理と判断したようだ。
まさかの受け入れ拒否に、正直、私は次の一手を見失ってしまったのだが、これによって私は従来のケアマネの力を借りるしか方法がなくなり、結果、在隊での対応がほぼ確定した状況になってしまった。
正直、ここからどうすべきか、など、私に解りようがなく、結局はケアマネにアドバイスを求める事になるのだが、言葉を失っている母とのコミュニケーションも含めて、今後どうすべきか、全く対応が見えなくなってしまった。
私は平時の生活と共に両立する事は可能なのだろうか?

次の一手

と言うわけで、今後の進め方をケアマネに相談しようと考えたのだが、そもそも介護においてケアマネは施設や施設を運営する事務所付きの存在なので、結局はその施設や事務所の方針や活動を中核とした介護計画を立てる事になる。
という事は、私の場合、現ケアマネが計画するとなると、自ずと自宅介護が原則という形のプランが出来上がってくることになる。
なので、他に選択肢があるのかを確認する為に、病院の地域連携室に連絡をしてみた。
漠然とした不安市立病院の地域連携室は、基本的には市役所の出先機関みたいなものなので、市内の介護施設関係の情報などは全て持っているので、まずは地域連携室に受け入れ拒否の連絡をする事にした。
だが、この地域連携室に連絡をしたところで、新たな施設の紹介などは得られなかった。結局は今後の介護計画を検討する中でケアマネの力が必要のようで、まずは現在の在宅中心のケアマネに現状を見てもらってどうするか、打合せしよう、という話になった。
…結局は在宅での対応という形になるような気がしないでもないのだが。

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意外と出た副反応

4回目の接種にも関わらず、発熱まであるとは…。

意外にも38度超

昨日の夕方、新型コロナワクチン4回目を接種したが、4回目ともなると多少なり体内に抗体が既にあり、また異物反応に対しても強くなっているから、副反応はあまり出ないだろうとか高を括っていたのだが、ガッツリと発熱という状況になってしまった。
朝起きると、既に37.5度を超えており、体の倦怠感が異常に強いという、自分でもこんなに反応した事は今までにあったかな? というぐらいの副反応状態だった。
ま、予想通りではあったか
残念ながら、この状態での仕事は無理と思えてしまうほどだったので、今日は大人しく休む事にした。
各所に根回ししたあと、再びベッドに潜り込んで休む事にしたワケだが、ゆっくり眠れるかと思いきや体が通常とは異なるので、全く寝られる気配がないのが辛い所。
カロナール等の解熱剤があったかな? と自宅の薬箱を探すも、カロナールは備蓄されておらず、ロキソニンか? とも考えたが、結局は薬は飲まずに過ごしてしまった。
もう、そうした判断すら面倒くさいと思うような状況だったので、ああ、これが一人で生活する事の危険性なんだな、と改めて実感。
誰かがそばにいる、という事のありがたみは、こういうところに出るのだなと痛感した。

午後は庶務

休んだ以上、体を休める事が基本になるのだが、日頃できない事をやる時間に充てざるを得ないのが一人で生活している者の宿命みたいなものである。
昨今では、母親の今後の介護方針を考える必要がある事から、昨日ワクチン接種の直後に訪れた施設の説明をいろいろ見ていた。
母親は今まで在宅介護を実施していたが、会話する事ができなくなった事で、完全自宅介護は難しいという判断を今現在している。
このことは以前当Blogでも記事した。

このような状態になると養護施設などに入るという選択肢があるわけだが、要介護者の母親は完全に知らない人たちに囲まれて生きる事になる。
母親自身はやはり自宅にいたい、という事を以前言っていたので、施設に入る事はイヤだという事は理解できる。だが、だからといって在宅で全てできる状況ではない、と考えているので、その代替案を検討する必要があった。
そこで先日も話題にしたが、ショートステイという方法がある、という事を知ったわけで、たまたま私の住んでいる地域で、そうしたサービスを一纏めにした、小規模多機能型サービス施設が出来たという事で、昨日訪れたのである。
その説明を見ながら、今後の事を考えつつ、他にやるべき事を淡々と処理。
…とても休んでいるという感じではないが、少しずつ処理を進めていると、発熱も少しずつ収まってきた。

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理想の介護

各家庭によって答えが異なる理想のカタチ。

自宅介護の難しさ

昨日のBlog記事にて、母が会話を失った事を書いた。


これによって、退院してきた時に従来通りの自宅介護が状況的にかなり難しい事になったワケだが、それならばどうするか? という事を今後早い内に決めてしまわねばならない。
いわゆる施設に入れば、事なきを得る事は間違いない。
だが、介護を受ける要介護者からしてみれば、家族と一緒にいたいというのが願いであり、それを黙殺する事ができる家族であれば施設に入れるという結論を出すこともあるかもしれないが、普通そうでなければ可能な限り自宅を選び、どこに無理があるのかを検討してその打開策を練る。
だが、要介護度が高くなればなるほど、自宅での介護は難しくなる。何より、家に誰もいない中、要介護者が一人でいる時間が長くなればなるほど、自宅介護は難しいと言わざるを得ない。
ましてそれが会話を失った者であればなおの事である。
我が家は今、その状況にあるので、何とか自宅介護を織り交ぜつつも、施設入所に近いカタチの介護を検討しなければならない。
そこで選択肢の一つとして登場するのが、ショートステイという選択肢である。

土日だけ自宅介護

私の理想を言えば、要介護者の母に関して平日は施設に入り、土日は自宅で過ごす、という事ができるのが理想である。
私が自宅にいる間は、面倒を見ることはできるだろう。まぁ難しい部分もあるにはあるが。
だが、平日はとにかく自宅に誰もいなくなるので、施設のように管理されているところにいてほしい。
だから、土日のみ自宅介護というのが、理想のカタチになる。
理想の介護が出来ればいいが、問題は予算だそうなると、週5日はショートステイで2日は自宅、という方法になるのだが、この場合、かかる費用に関して考えると、場合によっては普通に施設に入るのと同じぐらいかかってくる可能性がある。まだ具体的な説明を聞きに行っているわけではないが、とにかくショートステイはいろいろオプションが個別料金化しているところがあり、費用を加算させていくと金額が膨らむ傾向にあるように思える。
もっとも、普通に養護施設に入ったとしても、介護保険外にかかる費用を加算していけば、結構な金額になるので、日数で考えれば結局はあまり大きな差はないことになるかもしれない。
選択肢として、ショートステイという方法があることは理解したが、安易にコレだと決めることは難しいと言える。

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会話を失った母

意思の疎通は何とかできる。だが、正しく伝わらないもどかしさはある。

病院にて

本日、入院している母の状況説明があるとの事だったので、病院に出向いた。
元々、先週末あたりに病院から電話があって、そうした場が設けられるという話は聞いていた。
そしてその時、私はその電話を入れてきた看護師に、一つのお願いをしていた。
それは当Blogでも記事にしたが、母の言葉について、医師から説明が聞きたいという事である。

少なくとも、入院する前日の朝までは普通に会話をしていて、そこから発熱が確認された後から話さなくなった事は判っている。今回の発熱によって、何かしら問題が出たのだろう事は容易に想像が付くが、元に戻れるのか、それともより深刻化するのかは、私にとってとても大きな問題である。
で、その話をした上で、もし会話できないとなると、今後の介護において今まで通りという訳にはいかない事から、今後の介護についても検討をする必要がある、という事を電話してきた看護師に話したところ、市の地域連携担当とも話をする必要がある、との事だったので、本日の話はまず前段階の状況説明だけだろうと思って、今日に臨んだ。
だが、病院に着くと、いきなり地域連携担当が出てきた。
こちらはケアマネージャーに声もかけていなかったのだが、地域連携担当者はケアマネージャーと連絡を取っていたらしく、ケアマネージャーが別件の用事で今日はカンファレンスに出られないという情報を既に知っていた。
何も聞いてないのに…とも思ったが、私が何度も病院に足を運ばなくても良いように、という配慮でそうしたらしい。
で、担当医師からまず言われたのは、身体的にはもう退院はできるレベルにある、という事であった。だが、問題の言葉に関しては、やはりしゃべれないままである、として、これが改善できるかどうかは、脳のMRIを撮って調べて見たが、異常は見られなくわからない、との事だった。
元々母は50歳台に脳梗塞となり、言語野を司る左脳が壊死している。その後、右脳が機能代替をして会話できるレベルに回復したのだが、今回の発熱が原因か年齢的な問題なのかはわからないが、その右脳機能に問題が出た可能性はある、との事。
絶望的ではないが、希望的でもない、というのが今の状況のようである。
また、右腕機能が著しく低下しているので、今までの介護状態と同じという訳にはいかない可能性がある、と言われた。
つまり、在宅介護にそろそろ限界が来た、と言えるかも知れない。
のっけから、私としては喜んでいられない状況である。

本人と会う

一通りの説明を受け、今後の介護に関してはケアマネージャや地域連携の担当者と話をしてどうするかを再考する、という事となった。
その後、看護師は母本人を車椅子で連れてきた。
会話を失うという事の恐怖との戦い
私の顔を見た直後、母は泣き崩れた。言葉が出ない事が悔しく、また焦りになって感極まったのだろう。
ただ、言葉こそ無かったものの、その他の認知というレベルで私をちゃんと認識し、私の言葉を認識した事に望みはあると感じた。
私の問いかけにもうなずいたりして反応しているので、コチラが何を言っているかは判っているようだし、認知というレベルではマトモだと判ったので、私的にはまずもって一安心である。
ただ、本人が望んでいる事を言葉には出来ないので、それをコチラが理解できるか? という不安は今後どうしても出てくる事は間違いない。
おそらく、本人からしてみれば、思っている事が口から出てこない事に対して相当にもどかしい思いをしているだろうし、悔しい思いをしているだろう。そして当たり前に出来ていた事ができない事への焦りもあるだろう。
そうした不安な葛藤と戦い続けているだろう事を考えると、私としても何とも居たたまれない気持ちになる。
で、私はそんな母の脳に刺激を与える意味で、一つ持っていったものがあるので、それを母に見せてみた。
それは…今から13年前に他界した、我が家で飼っていたシーズー犬の写真である。
我が家ではこの犬をとてもかわいがっていたし、13年も経過したのに未だに話が出るので、その写真を見せる事で刺激にならないかと考えたのである。
写真を見せた途端…もうそれはもう涙の嵐で、大変な事になってしまった。だが、確実に刺激にはなっただろうし、何か変化が今後出てくると期待したい。

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自宅で一人考える

思わぬ一人の時間と向き合う。

しんと静まりかえる部屋

2日前、母が入院した。
入院の件に関しては当Blogでも記事にしたが、入院時に母が言葉を話せなくなってしまっている事が私にとってとても不安要素ではあるものの、担当看護師の話で一縷の望みはまだ残されている。
体調が戻れば、また話せるようになる、という事は、過去にも同じ事があるため、今回も期待できる事ではあるものの、年齢と症状を考えると確実に大丈夫とは言い切れず、未だ私の不安要素として心を揺さぶり続けている。
漠然とした不安
だが、今その揺らぎと戦ったところで結果は内側からは出ない。病院からの話を待つしか無いし、私に出来る事といったら、母のケータイに電話する事だけ。もちろん、その電話に出てくれるかもわからないし、仮に出たとして会話が成立するかはわからない。
母には姉がいるのだが、その姉から電話がかかってきた。
母に電話しても出ない、という事が気になったのだろう。
私は事情を説明し、病院にいる事、言葉を話せなくなっていることを伝えた。
ちなみに母の姉、つまり私の伯母は、前回の入院の時にも母に電話してきており、前回も入院当初に言葉に異変があった事を知っている。
なので、日を改めてまた電話すると言ってくれた。無事、姉妹で話をしてくれればよいのだが…。
で、現在自宅には私一人だけが残っている。
1階は母がいつもいる部屋で、私は通常2階にいる。1階に2部屋あれば、私も安心して別室にいながら母の確認をするのだが、それができないので、母には呼びたければケータイで私に連絡してくれと伝えている。
その母からの連絡がこない状況が不意に出来てしまったので、1階は静まりかえっているわけだが、そんな静かな部屋にいると、不安しか出てこないところがやりきれない。

とりあえず通常通り

そんな不確定要素ばかりの状況だが、とりあえず私はいつもと同じ対応、もしくはそこから派生する処理をする事にした。
母が不在なので、ベッド周りの整備に取りかかる。
布団の整頓と母の服装まわりの洗濯を今日のうちにやっておき、明日のシーツ洗濯に備えておく事から始め、室内の清掃を済ませてしまう。
また、母の食事の為に作られたものの整理も必要だ。ヘルパーさんに一部簡単なものを作って貰っているが、これらもそのままにしておくと傷んでしまうので、私が食べられるものは食べてしまう事にする。
冷蔵庫の食材も、母がいつ帰ってくるかわからないので、日持ちしないものは処理を考えないといけない。
今は、とりあえずいつもやっている事と派生する問題を処理する事しかできないのだから、気にしていても仕方が無い。

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自宅介護の限界

母一人子一人では、自宅介護に限界がある事はわかってはいたが…。

対応に焦る

昨日の件で母は会話できない状態になった。
回復する希望がないわけではないが、少なくとも私との会話は今のところ成立しない状態だった。
今日は朝からこの事で私の頭はいっぱいになり、今後の対応を考える必要から、会社を休む連絡をした。
ケアマネージャーには会話が成立しない事で、母一人を自宅に残して仕事にいけないという事を伝え、何か方法があるのか? と尋ねてみたが、言われたのは「まずは受診する事」という事だった。
というのは、ケアマネージャーとしても医師の確認や許可が必要な措置があり、介護保険を使用する上では、そうした手続きが必要になるとの事で、母の容体に問題が感じられるようであれば、その事で受診した方がよい、との事であった。
つまるところ、コミュニケーションが取れない事で対策を打つにしても、まずは病院にいくしかない、という事である。
だが…本日は祝日であり、通常窓口は開いていない。
なのでどうすべきか? とケアマネージャーに相談したところ、とりあえず消防本部に連絡してみては? となった。
介護の覚悟緊急性があるなしの判断もしてくれるし、緊急性があれば救急車の手配をしてくれる。もし緊急性がないにしても、次の手段を相談できるとの事で、連絡してみる事にした。
消防本部に電話して、昨日の動向、会話ができない事などを伝えたところ、緊急性はないとの事で、救急病院に直接電話して受信可能か聞いてみるのが良いとの事だった。
救急車を呼んだとしても、実施する事はほとんど同じで、救急隊員が受け入れ先の病院を探してその病院に対応してもらう事になるので、当事者が救急病院に連絡して受け入れ可能かを確認してみるのが良いだろう、との事だった。
…何か、考えて見れば当たり前のような事である。何故私はその考えに至らなかったのだろうか?
やはり私自身が焦っているに違いない。
というわけで、昨日の病院に連絡してみたところ、当直医が受け入れるとの連絡をもらった。

会話ができない問題

病院が受け入れてくれるとの事なので、急遽、介護タクシーを依頼して、病院に向かった。
相変わらず母は会話が出来ない状態で、本人はうめくだけしかできない事に涙を見せる場面もあった。
正直、見ていられない。もちろん、だからといって目を背ける事もできないのだが、見ていて辛すぎる。
とりあえず再検査して、当直医の診察を受けた結果、入院が決定した。状況は今よりは良くなるだろうという期待が持てるが、とりあえず医師に話せなくなった事を聞いてみた。
すると医師は体内の異物反応によって発熱した事で、意識の混濁などが原因で話せなくなる事もありうるだろう、また、それが改善される事で、元に戻る可能性ももちろんある、との事だった。
だが、もちろんこの話は絶対ではないし、場合によってはこの先も会話は不自由な状態になってしまうかもしれない、と言われてしまった。
前回、入院した直後に同じように会話が覚束なくなり、3日後あたりに会話できるようになった経緯があるので、今は祈るしかない、という事だろう。
結局そのまま私は母と会話できないまま、母は病棟に入ることになった。
病棟看護師から、いろいろ手続きなどの話を聞き、書面にサインしたりしたのだが、その際、その看護師が母に「体は大丈夫?」と聞いた所、本人が「大丈夫」と言ったらしい事を聞いた。
…そんなタイミングで話せるようになったのか?
多少疑問は残るが、元に戻る希望が見えた一瞬でもあった。

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介護の恐怖

母が急な発熱。そして介護で感じる最悪の恐怖。

38.2度

本日は母の介護でデイサービスへ行く日だった。
私は送迎をお願いしているので、朝そのまま会社に出向き、デイサービスの施設の人が来てくれて、そのまま母を車椅子に乗せて運んでくれるのだが、そのデサイサービスの施設において、母親が発熱しているという連絡が仕事先に入ってきた。
しかも、施設の看護師の話では、病院へ受診した方がよい、という事だったので、病院へ受け入れの可否の確認を行い、母はそのまま病院の発熱外来に係り、その後問題が無ければ通常受診という形になるところまで話を進めた。
介護先の協力で、母はデイサービス施設から直接病院へ向かい、そこでPCR検査を受ける事となり、私は母がコロナ感染者でない事を前提に考えた上で、その後の通常受診に同行する事となった。
コロナ感染やインフルエンザ感染は認められなかったため、そのまま通常受診に向かう事になったワケだが、そこで私はある事に気づいた。
母が会話できていない…。
本日の朝までは普通に会話できていたのに、今はただうめくだけで言葉が発せ無くなっていた。
私はこの時、恐ろしいまでの恐怖を感じた。
母が何を求めているのかがわからない。
必死に訴えかけようとしているのに、それを理解する事ができない。
意識はあって、明確な意思もある母にとって、私に伝えたい事が伝えられないもどかしさは、想像を絶するものではなかろうか?
そう考えた時、もしこの先このままこの状態が続くとしたら、どうなるのか?
介護をしていくという事は、この先もずっと同じ状態が続いていくとはいえない事だという事を、まさに体感として知る事になってしまった。

入院するかと思ったら…

母を再度病院に連れて行き、通常受診が始まったが、検査の結果、先日入院した原因と同じ原因で発熱した事が判った。
尿路感染による血中白血球の増加、それによる発熱であった。
またしても入院に…
本来なら入院して、白血球減少の治療を実施する。前回はそうだった。
だが、その時の医師は、入院というリスクを考えた結論ほ出した。
入院すると、患者は体力的にも弱体化し、何とか歩けていた人が歩けなくなったりする事はざらにある。リハビリをしていても、実生活の動きには叶わないという事である。
ただ、母はもうベッドの上でしか生活できない体なので、入院となっても、その体力低下は最小限に留まるのだが、それでも医師は入院する事の弱体化を気にしてか、投薬による自宅治療、という結論にしてしまった。
医師の言っている事もわかる。なので受け入れるしかないのだが、問題は母との間で医師の疎通が難しくなっているという事である。
この状態で自宅に引き取って問題ないのか?
当初からこの状態で介護を始めているのであれば、対応もできるが、今いきなり医師の疎通が難しい状況で自宅に受け入れたらどうなるのか?
そんな迷いがありつつも、自宅に連れて帰るしかないので、診察が終わり、薬を貰って自宅に帰ることにした。

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母、退院する

二週前ほどに入院した母親が本日退院となった。

感染症

二週ほど前に、腰の痛みで救急搬送となった母が即日入院となったが、その母親が本日退院となった。
入院計画を出された時には、既に退院計画の話をしているぐらい、今の病院への入院というのは、家族であっても院内に入ることができない状況なのだが、入院した理由は尿路の感染症によるものだった。
ベッドの上でしか生活する事のできない母は、膀胱にカテーテルを入れ、尿をバルーンで受けているのだが、そのカテーテルにわずかな雑菌が混ざったのか、尿の色がほぼ紫になり、そして尿の中にモヤッとした固形物が混ざり始め、その固形物がカテーテルを詰まらせ、そのまま膀胱に尿が溜まり、溜まった尿が排出されない事で今度は尿路に尿が流れず、腎臓を圧迫した事で、腰の痛みが発生したという事らしい。
この事も1月22日の記事に書いたのだが、尿管結石などを経験した事がある人であれば、その腰の痛みがどんなものかは想像が付くだろう。ハッキリ言って、歩ける人は歩く事ができずその場でうずくまるぐらいの痛みである。
そりゃ母も救急車を呼んでほしいという状況になるな、とこの状態を聞いて初めて理解した。他人の痛みが分からないという事は、こういう要介護者の痛みを理解できないという事であり、痛みを他人が理解できる医療機器がもっと高度化し、普及する事を望みたいと今回ほど思った事はない。

現状維持

ただ、そういう状況で入院し、検査、療養の後の退院で、その後の介護については、その内容は現状維持のままだった。
多少、リハビリ的な申し伝えはあるようで、指導要綱が出たが、大凡のところは変わっていない。
入院前から、体を動かした方が良いという事は言われていて、デイサービスを週2日から週3日へと増加し、介護ベッドを2モーター仕様から3モーター仕様、車椅子を肘掛け可動型へと変更している。
介護ヘッドを3モーターにする事で、背もたれ、ひざ下が可動するようになり、膝あたりが持ち上がるようになったので、多少曲がった膝をサポートはしやすくなったと言えるだろう。
車椅子を新しいものへ介護ベッドと車椅子の入れ替えで、月々の設備費は600円程度増加したが、それぐらいで住むのなら安いものである。
問題はデイサービスを週3日にした事だが…これで月々の介護費は間違いなく5,000円程度は上がる事になる。
しかし、これで体を動かす機会が増えるのであれば、受け入れるしかない。
これが介護生活というものである。

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母親、再び入院する

要介護者の痛みを介護者が知るというのは、なかなかに難しい。

介護ベッドにいるという事

母親が本日の22時過ぎに入院という事になった。
19時ごろから、体に痛みがあると言うのだが、ドコがいたいのか? と聞いてもハッキリとわからないと言う。ただおしりが痛いという事は数日前から言っていて、これは足や腰の筋肉の運動が少ない事からくる、一種の筋肉の緊縮によるものではないか、とデイサービスの看護師などが言っていたので、私からするとこの体の痛みもそこから来るものなのか? と考えていた。
それと同時に、母は排尿がカテーテルを使って出しているところがあるので、そこにも近日、問題が出ていた。多少、尿漏れしているのではないか? というのである。
これは日頃介護にきてくれているヘルパーさんの話で、カテーテルの先にあるバルーンの中に入る尿が少ないという事から、ひょっとしたらカテーテルが多少抜け気味になっているのではないか? と言われていた。
なので、来週あたりに泌尿器科に係るか、という話を進めていた。
ところが、この母親の体の痛みが、突然限界突破したのか、急激に痛みを訴えるようになった。
本人はおしりが痛いと言っているが、その痛みは刺激痛ではなく、鈍痛だという。おしりで鈍痛となると、やはり腰回りの筋肉か? と思ったが、もうそんな悠長に考えている状況ではなくなってしまい、急遽、救急車を呼ぶことになった。

熱も39℃に

救急隊と電話で話すと、熱があるか、という話になったので、念の為体温を測ったところ、何と熱が39℃もある。
流行りのコロナか? とも思ったが、私含め、コロナに感染するような人との接触はほぼない。だが可能性はゼロではないので、救急隊が病院に運んだ後、抗原検査を実施したところ、コロナではなかった事が判明した。
無事、病院への搬送が終了し、私も受け入れてくれたいつもの病院に入ったのだが、当直医の話では、体が痛い原因を時間外の設備で検査できなければ、最悪転院という話もある、なんて事を言われた。
またしても入院に…
今更転院と言われても…とは思ったが、結果から言うと、原因は大凡判明した。
検査の結果カテーテルで尿が排泄できなかったかで膀胱が一杯になっていて、腎臓が圧迫されていた事で痛みが出たのだろう、という事であった。
尿路結石とか尿管結石に罹った事がある人ならわかると思うが、あの腎臓の鈍痛がまさに母親が感じていた痛みだったようである。
ちなみに発熱だが、尿の中の細菌が炎症を引き起こして発熱したのだろう、という話で、入院後、この辺りのさらなる検査を行うという事であった。
先日からおしりが痛いと言っていたのは、腎臓の鈍痛だったのだろう、とここまできてようやく判ったという事である。
尿路結石(尿管結石)の痛みは、陣痛と同レベルと言われていて、本当に痛み出すと歩く事すらできず、救急搬送されるのが通例と言われるが、母親はその事をなかなか伝えられず、そしてまた私も理解できず、苦しんでいた、という事のようである。
正直、申し訳ない気持ちで一杯である。

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生活が変わった事で

自分の生活が根本から変わってしまった今、今までと違う流れにまだ困惑する。

介護主体

今年の7月から本格的に私の介護生活が始まった。
母親が要介護判定を受けたのは4月だったが、その時は要介護1だったため、まだ母親は自分で動く事もできていた。
ところがその3ヶ月後には、母親の介護レベルは要介護4となり、完全に介護ベッドから出る事ができなくなった。
この時から、私の生活は完全に母親の介護最優先というスタイルに変わった。
この事を母親の不幸とは思っても私の不幸とは思っていない。
私は今まで、私生活をあまりにもおざなりにしすぎていた。
だから私には天罰が下ったのだろう。
ただ、私の天罰に母親が巻き込まれた事は申し訳なく思っている。だからこそ、母親の介護に関しては私の行動の最優先事項としている。
介護が最優先となった事で、私の一日の流れがガラリと変わった。
朝から母親の朝食の準備、自分の出勤の準備、母親が自宅にいる時の不備がないかの準備等々、やることは沢山ある。
それらを一通り終えた後、私は出勤し、日中は仕事をする。
残業はしたくはないが、残業しないと給料が低すぎて家計を支えられないので、適度に残業して帰宅すると、今度は母親の夕飯の準備に取りかかる。
夕飯の準備をして食べて貰ったら、その片付けを先に行って、今度は私の夕飯の準備に入る。何故別々かというと、母親の食べるものと私の食べるものが一致しないからだ。
私の夕飯を済ませた後、その後片付けをしたら今度は翌日以降の食事の準備に入り、それが終わったら入浴、その後洗濯と続き、最後に就寝前の母親の投薬があって、私の介護生活の終わりが来る。
これを毎日続け、休日は日頃できない自宅作業をする。例えば室内の清掃や洗濯機の清掃、買い物等々である。
これらに費やす時間以外が私の自分の時間になるのだが、必ずしも自分の時間になるとは限らない。
母親は介護ベッドから動けないので、体に不自由が起きると私を呼ぶ事になり、その対応に迫られる。コレをイヤだとは思わないが、呼ばれる可能性を考えると、私の行動はどうしても制限されてしまう。
介護の覚悟このような毎日が7月から続いている。
正直、自分でもよく続いているなと思う反面、介護疲れという言葉の意味が体を通して理解する事が出来る様になった。

介護への理解

このような介護という行為そのものを私は今まで経験した事がない。
だから何もかもが判らない中で生活している。
病院で介護保険を申請する事になった際、ケアマネージャーを紹介され、今もそのケアマネージャーに全て相談してやるべき事を決めている。
ある意味、ケアマネージャーが悪い人だったなら、私は簡単に騙されているだろう。
だが、実際には私に付いてくれたケアマネージャーはとても良い人だったので、何とか私の収入でも介護生活が出来るレベルのプランを立ててくれ、今がある。
正直、毎日入って貰っているヘルパーさんの時間を長くしたい気持ちもあるが、そうすると簡単に家計が破綻する事も理解している。
介護保険で9割の補助が出ており、私が一月に介護に利用する金額は3万円強といったところである。いや、消耗品を考えると5万円近いかもしれない。
持ち家でなく、借家に住みながらの介護費5万円はかなり厳しいと言わざるを得ないが、介護保険が下りなければ、もうとっくに破産しているところである。
日本の保健制度に助けられている…それが今の私である。

Continue reading…

はじめてのフロス

歯の大切さを改めて知る。

歯はとても大切

私は一般的な日本人と同じで、オーラルケアに対してその重要性は知りつつも実践してきたかと言われればあまり実践してこなかった部類の人間である。
過去、何度も虫歯に悩んだ事もあるが、かといって歯磨き以外で何か特別な事をしたかと言われればしてきていない。
最近の学生や若い人はそもそも歯に対しての向き合い方が私の時代とは異なるようで、とてもキッチリした事をしているようだが、私の同世代でオーラルケアをキッチリやっているという人はおそらくそんなにいないのではないかと思う。
まぁ、それも私の予想なだけで、実際いろいろと取り組んでいる人はいるのかもしれないが、私が結構杜撰で、今までやってこなかったのだが、最近母親の介護をしていて、歯の大切さというものを改めて知る事となった。
ウチの母親の世代だと、私よりももっと前の時代になるので、歯磨きに関しての関心はもっと低く、また薬品なども進んだものが使われていない事から、歯を失ってしまっている人というのはとても多い。
ウチの母親も歯はほとんど残っていない状態で、結局入れ歯に頼っている状態である。
母親の口内に、唯一残っていた歯がいよいよぐらつき、モノを食べるにしても邪魔になるという事で、結局その歯を取ってしまう事となった。
これにより母親は下顎の歯をすべて失い、結局現在は噛むという行為ができない状態になってしまった。下顎につける入れ歯を検討しよう、と母親には伝えたが、母曰く「もう入れ歯はいらない。今は喉が細くなったのか食も細いし、柔らかいものしか食べられないのだから」という事で、今は上顎の入れ歯のみになっている状態である。

フロスと糸ようじ

母親のそんな姿を見て思うのは、私は母親と同じになってはいけない、という事である。
幸いにして、今の私は入れ歯を必要としている事もないし、虫歯も今はない状態なので、この状態を維持する事ができれば問題はない。
だが、歯周病になっていないか? となるとおそらくそんな事はなく、今後不安を抱える事は間違いないだろう。
であれば、それを予防する事が大切…という事で、自分の歯磨き事情を見直す事にした。
まず歯磨きだけではダメ、という常識の元、歯間を綺麗にできるようにしようと考えた。
これにはフロスを使ったり、市販の糸ようじみたいな製品を使う事で綺麗にできると考えられるが、コストを考えると糸ようじのような準備されたものは高く付く事が見えてきた。年間コストにするとちょっと許容できないかな、と思えてくる。
今はいろんなコストを抑える必要がある事から、糸ようじのようなアイテムに頼るのはやめてフロスを使おうと考えたが、ド素人の私がいきなりフロスとか使えるのか? という不安がある。
そこでいろいろ調べていたら、フロスを巻き付けて使用するフロスハンドルなるものがクラウドファンディングで出ていたので買ってみた。
フロスとフロスハンドルチタン製という事で、衛生面も問題がなく、しかもどんなフロスにも対応できるというものらしい。…らしい、というのは、そもそも私がフロスなるものを使った事がないので、フロスにも色々種類があるという事を知らなかったためである。
フロスを手で掴んでそれだけで使うというのはやはりハードルが相当に高いと思われたので、フロスハンドルなら糸ようじのように使えるかな、と考えた次第である。
初心者用と言われるワックス付きのフロスを買ってきて、早速巻き付けてみたが…案外簡単に使えそうな感じである。

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