「神田伯山のこれがわが社の黒歴史」を見て思ったこと。
ピピンアットマーク
NHKで3月28日に放送された番組「神田伯山のこれがわが社の黒歴史」で、バンダイの「ピピンアットマーク」が取り上げられ、放送された。
世界一売れなかったゲーム機と烙印を押された、Appleと協業したバンダイの迷機である「ピピンアットマーク」は、当時私もそのスペックの面白さに興味津々だった。
というのも、中身はほぼMacintoshと同じだったのだ。
PowerPC 603を内蔵し、CD-ROMを搭載したピピンは、メモリが多少少ないだけのMacintoshという感じで、実際当時のMac OSを走らせようと思えばそのまま走ったと言われている。
Macintoshとの最大の違いは、そのビデオ出力がテレビだという事と、ストレージがほぼないという事。つまり、メモリ内にプログラムを置き、そこでインターネットに接続したり接続した他のデバイスを利用したりする、情報端末だったわけである。
だが、世間はピピンをゲーム機という枠で紹介していた事もあり、特別強力なGPUを持たないピピンはゲーム機としては非常に弱いハードでもあった。
つまるところ、ピピンは当時にして今までになかったデバイスであり、現在のスマホで出来る事の走りのような存在だった。
時代を先取りしたデバイス。
ピピンはまさにそんなハードだったのである。
だが、時代を先取りしたとして、使う側の人間がそれに付いていけなかったときどうなるのか?
ピピンが売れなかったのは、まさにその「人間側の理解が追いつかなかった」事が、最大の理由ではないかと、当時を知る私は思っている。
FM-TOWNSマーティー
実は、この売れなかったピピンと似たような製品は他にも存在している。
富士通のパソコンであるFM-TOWNSのソフトが動くという触れ込みで登場した「FM-TOWNSマーティー」である。
ピピンと違い、x86系のコアを搭載した情報端末で、CPUには80386SX相当品が使われていた。
本家がパソコンである、という点でピピンとほぼ同じ出自のマーティだが、唯一の違いはFM-TOWNSのソフトが動くとされていたところである。
但し、実際にはFM-TOWNSの約660本のソフトのウチ、マーティで動作するのは約250本ほどであり、こちらもそのハードウェアの弱さ故に全てのソフトが動かなかった事が垣間見れる。
面白いのは、ピピンの販売台数は45,000台とFM-TOWNSマーティーとほぼ同じ台数だったという事。
同じ情報端末の側面を持つ似たような機種が、ほぼ同じだけしか売れなかったという事に、何かしらの因果関係があるのかはわからないが、まだインターネットもモデムを利用していた時代であり、CD-ROMの読込み速度も遅かった時代だけに、目指していた方向性に対してハード性能が追いついていなかった事が、共に失敗した理由ではないかと思われる。
また、他にも失敗した理由として、私も思ってもいなかった理由があるようだ。
IT Media News 「ピピン」とは何だったのか
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2103/31/news101.html
コレによると、バンダイが目指していた方向性と、Appleが望んだ方向性に相当なズレがある事がわかる。
全く新しいマルチメディア機を望んでいたバンダイに対し、ゲームを主体としたハードを望んだAppleの思惑の違いが、結果的にどっちつかずのハードを生み出した原因になったのかもしれない。
その後10年で
この、インターネットにつながり、そこでゲームもできればショッピングもできる、といったデジタル時代を象徴するような行動の変化は、その後10年後にスマートフォンという形で実現する。
その突破口を切り開いたのはピピンの開発にも携わったAppleである。
iPhoneが米国で発売されたのは2007年で、さらにそこから2年の時間でその足場を固めた。
ピピンやマーティと違うのは、持ち運べるモバイルデバイスだという事と、画面の解像度が高かったという事である。
つまり、ピピンにしてもマーティにしても、画面の解像度が当時のブラウン管というテレビを使用していた事で、ネット情報を明細に表示することができなかったのも、ユーザーが付いてこなかった理由と言えるかも知れない。何が表示されているのか、ハッキリわからないというのは、利用者からするとストレス以外の何物でも無い。
iPhoneが成功したのは、あの小さな筐体内に通信機構と明細なモニタが存在していた事である。またAppleらしい、その手で操作する操作のしやすさもそこに加わるだろう。
今まで存在していなかったものを売るなら、その良さを人々に伝える明瞭なアウトプットを持っていないと、こうした時代を先取りするデバイスは成功しない。
ピピンとマーティは、それを持ち合わせていなかったのが敗因ではないだろうか。
合併? 吸収?
動画にもあるように、その後バンダイは270億円の特別損失を出し、会社の屋台骨が揺らぐ事態になった。他の企業との合併の話も出たぐらいで、セガとの合併でセガバンダイになるというような発表も行われた程である。
しかし、最終的には合併はしなかった。その後バンダイが発売した「たまごっち」がバンダイを盛り上げたからである。
ただ、先程の動画で知ったのだが、ピピンの残した資産がその後のバンダイの携帯電話事業のサーバとして利用され、コンテンツサービスで売上を上げていたようで、ピピンがまるっきりムダになったわけではないという。
iPhoneのAppleも、過去PDAという携帯端末の一つである「Newton」という製品を発売し、派手にコケた事があるが、iPhoneの開発において「Newton」の教訓もちゃんと行かされているのかも知れない。
バンダイはその後、コンテンツ事業で大きく躍進する。
アイドルマスターが爆発的人気作なっているが、それが始まったのが2005年である。
また2000年代はガンダムSEEDなどのガンダムの新シリーズが多数制作された時期でもあり、これでもバンダイは息を吹き返す。
セガとの合併、といっていた、当のセガの方がその後は怪しい状況になったぐらいである。
バンダイはその後ナムコを吸収する事でより躍進したわけだが、コンテンツ事業が成功したのは、このナムコの吸収が大きく寄与しているのかもしれない。
私はハードウェアの進化や変遷を結構長い間見てきたが、ピピンのような売れなかった製品は決して少なくはない。だが、それらが売れなかった事は確かに事業としては失敗かもしれないが、それが失敗した事で未来が切り開かれてきた事を何度も見てきた。
それは別にハードウェアに限らない。ソフトウェアだって同じである。
そうした今までの流れを知る事で、この先のトレンドを知る…今の私はそれが一つのライフワークになっているのかもしれない。