私がこのBlogを始めたキッカケは文章を書けるようになるためだった。
前々職に就く前の話であり、前々職に就職するには文章を書けなければ不可能だと思っていたから、何が何でも文章を書ける人間になりたかった。
それはシナリオライターの道でもあり、またプランニングプロデューサーの道でもある。
絵が描ければそれに越したことはないが、それが無理ならせめて文章を…という感じである。
で、結局は就職する事もできたし、実際職務に付いてプロデューサーを名乗る事もできた。
だから文章を書けるようになった意味はあったと思うし、逆に今はそれで随分と役に立っている。
こうして日記を毎日分公開しつづけて10年以上継続してこれた(Blogとして記録されてるのはこのBlogの履歴のみ)のは、最初のキッカケこそ自分の好きな道へと進むためのスキルアップだったわけだが、今では一つのライフスタイルになっている。
だからこそ、このBlogタイトルに「テキトーなライフスタイル」と入っているわけだが、実はこのBlogにはもう一つの意味がある。
それは前々職の人などが、私の生存確認をする場でもあるのである。
私は極力前々職の人達と連絡を取り合っていない。理由は情報が漏れる可能性があるからだ。
もちろん、連絡を取り合っていなくても、向こうから情報を流してくる場合もあるのだが、それについても外部へと漏らさない事が私の使命であり、義務であると思っている。そう硬く思っているからこそ、先方も私に情報を流してくれたりする。
実際、この使命や義務という思い言葉ほどの行動は取れていないかもしれないが、少なくとも私から連絡する事はあまりない。だから私が生きているかどうかという事を知りたいという人の為に、このBlogを書き続けている。
このBlogが3日更新されないものなら、向こうからケータイメールがじゃんじゃん飛んでくる…いや、じゃんじゃんというほどでもないが。
ちょっと過敏な反応じゃない? と思うかもしれないが、それほどまでに私は死と隣合わせにある…と前々職の人達は思っている。私が前の職場をやめた理由を知っているからだ。
ま、このあたりの話は重い話なのでやめておく。
で、なんでこんな話を書いたかと言うと…

とある科学の超電磁砲のタイトルを真似た、タイトルジェネレーターがあったので作ってみた。
その中の文章を何にしようか悩んだ結果、ああ、それならこのBlogの意味をそのまま使えばいいかと。
要するにただそれだけの事である。


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