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E-M10 Mark III

兄弟機の最新版はチープになった?

使い勝手向上

以前にもBlogで取り上げたが、実際に手に取ってみたのでちょっと踏み込んでみたい。
E-M10 Mark IIIが発表され、OM-Dシリーズの末弟が最新版になった事で、その持っているポテンシャルは私が持つE-M1を超えてきたように思う。PENとの機能差はやはりEVFという事か時代が新しくなれば、デジタル製品ではこうした事が平気で起きるのは当たり前の事だが、流石に3代目ともなれば、相当な進化がその中に内包されている。この「進化」というのは、何も必ずプラスに働く事だけでなく、逆にマイナスつまり「退化」する部分も含まれている。
この「退化」という表現は、非常にマイナス的感覚に考えられがちだが、より初心者向けになったという側面をも意味する。
つまり、複雑化するシステムを簡易化する事で初心者にも扱いやすいものにする…これはカメラというデバイスでいえば確かに自由度を奪う結果ではあるが、複雑な操作を捨てる事でユーザー層を広げる事にも繋がる為、一見「退化」しているようで、それは紛れもなく「進化」と捉える事ができる。
E-M10 Mark IIIは、そういった側面を含めて確実に「進化」している。
おそらく、これはOM-Dシリーズの各製品の棲み分けを考えた際、あえて「退化」させる事でよりエントリー機としての立ち位置を明確にした、という現れではないかと思う。
非常にザックリした物言いになるが、E-M10 Mark IIIはカスタマイズできるボタンが少なくなっている。
カスタマイズできるボタンは、ユーザー自身が機能を割り当てられる便利な機能である反面、自らが設定しなければならないという側面を持つ。だから初心者にはある意味で不要であり、扱い方を複雑化する一つの要素になる。
今回、そのボタンを減らす事で、ユーザーには一定の決まった操作を強いる事になるが、それで操作体系が固定化できれば、それが初心者にとって「扱いやすい」事になる。
今回のE-M10 Mark IIIは、そうしたユーザーインターフェース部分の改良によって扱いやすさを向上させつつ、機能の絞り込みを行った機種という感じである。

基本性能は非常に良い

E-M10 Mark IIIは、良い意味で今までのOM-Dシリーズを集約した性能を持っている。
基本となるセンサーの画質などは非常に良く出来ていて、また高感度耐性もノイズが少ないと言われている。
つまり、センサーそのものは従来と同じ16MPセンサーかもしれないが、それに付随する性能は処理エンジン含めて最新のものが搭載されているため、エントリー機としては及第点以上のものがあると言える。
ただ…カメラというデバイスを考えた時、E-M10 Mark IIIは前機種よりチープに感じるかもしれない。
コストダウンの余波なのか、ボディの上面と底面が金属製からプラスチック製に変更となった。カメラというデバイスは、軽くなる事が求められつつも金属筐体でない事がマイナス面に働く、非常にアンビバレンツなデバイスである。
今回のE-M10 Mark IIIは、ボディがプラスチック製になった事で、全体から受けるイメージはチープになったが、軽く扱いやすい筐体となった。また、同時にダイヤル類は大きくなり、そのダイヤルは質感を維持する為か金属製となっている。
E-M10 Mark IIIはそうした機能と価値観の部分的な取捨選択によって、リーズナブルな機種として位置付けた…私はそう考えている。
以前にも書いたが、OM-Dシリーズはその各機種の立ち位置が曖昧になっていた為、基本機能は維持しつつ、より立ち位置を明確にしたという事なのだろう。

本体は差別化されたが…

このようにE-M10 Mark IIIはその立ち位置を明確にした。
エントリー機として初心者をターゲット層にして、機能を一部オミットし、それでいて固定した扱いやすさを搭載する事で、他OM-D機との差別化を図った。
おそらくE-M5 MarkIII(仮)も、このような方向性でE-M1 MarkIIと差別化するだろうと思われるが、そう考えると本体に関しては各機種の立ち位置を明確にしていく方向性が見えてくる。
だが、問題はレンズである。
最近はPROシリーズレンズばかりが目立つようになり、エントリー機で使用するレンズがめっぽう少なくなった。
E-M10 Mark IIIで使用するレンズも、交換式である必要があるのか? と思える程、一本で全てをカバーするズームレンズが基準になってしまい、エントリー機でもレンズを交換して高解像度な写真撮影ができる、という面が非常に薄くなってしまった。マクロレンズに交換する、という意味では30mmマクロレンズが手頃な価格で出ているので、それに交換する意味はあるが、焦点距離のレンジ毎に明るいレンズを取り付けて撮影、というスタイルは、Proレンズ以外では実現しにくい環境にある。
OLYMPUSからすると、プレミアムレンズとProレンズで棲み分けがある、という事なのかもしれないが、最近発売されているレンズがProレンズばかりなので、若干ながらレンズにおいての差別化が成されていると言うには、拡充するレンズ群も見直した方が良いのではないかと思う。

私自身のカメラに向ける予算がここ最近ゼロなので、あまり大きな事は言えないが、デジタル一眼カメラの世界はセンサーにしてもレンズにしてもそろそろ揃うべきものが揃ってきた感じがする。
あとはそれらを揃える財力がものを言う…そんな気がしてならない。

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武上

18歳の時、人生の最大の選択ミスをしてしまい、いきついた場所として山梨県人となる。 その後、建設業に身を投じ、資格をいくつか取得するものの、結局自分の性格と合わない事を理由に上京。 上京後、世間で話題になりつつあったアニメ・ゲームを主体とする業界の人間となり、デジタルコンテンツ業界を含む数々の著名人と同じ土俵でマルチメディアな仕事をするに至る。 一見華やかなメディアの世界の、その闇の深さたるやハンパない事こそ世間に何となく知られてはいるが、業界人しか知らないその氷山の全体像を十分すぎるほど目の当たりにした後、家庭の事情で再び甲州へと帰還。 しかし、この帰還も人生の選択ミスだったかもしれないなぁ…と今では思うものの、時既に遅し。 今は地元の製造業を営む会社の総務・品質保証という地味ではあるものの堅実な職につき、いつか再びやってくるだろう夢の実現を信じて隠者的生活を送っている…ハズだったのだが、またしても周囲の事情で運命は波乱の様相を見せ始めた。 私の人生は一体どの方向を向いているというのだろうか? ちなみに筆者はPCとの付き合いはかなり長いと思っている。 古くはPC-8801 mk2 SR、X1 Turbo、X68000、FM-Towns、PC-9801シリーズ(互換機含む)、PowerMAC 9500等をリアルタイムで使い、その後は、Windows PCの自作機を中心に現在に続いている。 デジタルガジェットに関しては興味もある事から、その時代の時々において、いろいろ使ったり調べたりして、専門家ほどではないが知識は蓄えてきたと思っている。 そうした経験を元に、今の時代へ情報発信させてもらっている。少々くどい言い回しが多いかも知れないが、お付き合いいただけるとありがたい。 連絡先:takegami@angel-halo.com (@を小文字にしてください)

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