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YU-NO

古き良き名作をまるごと特典にしていた。

3月15日が期限

PS4/PS VITA用として、かつて名作と言われた「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」が移植されたのは2017年3月16日の事である。
2014年末には移植される事が発表はされていたのだが、そこから発売までに2年と3ヶ月を必要としたのは何故なのかはわからないが、2016年2月に発売すると当初言っていたところを結果としてさらに1年以上費やしたという事になる。
「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」と言えば、PC版で10万本以上、セガサターン版で20万本以上という、元々が18禁ソフトだったものを一般向けにリメイクした作品としても売れた方で、これに肩を並べる作品としては、多分当時美少女ゲームとして一般的になっていたLeaf、Key系の作品ぐらいではないかと思う。
それぐらい、売れたソフトとしては金字塔とも言える「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」だが、PS4/PS VITA版として発売された時に、初回限定版特典として付いてきたのが、PC-98版をまるまるPS4でプレイできるというDLCだった。名作は語り継がれる発売元の5bpは、比較的この原作をまるまる特典として付けるという行為をする時があるのだが、リメイクでない旧作ファンを配慮した特典なのかもしれない。
その初回限定版特典のDLCの受付期限が、今月15日、つまり発売1年後となっていて、あと3日後には権利含めて喪失してしまうという状態であった。
私は、当時「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」をプレイしようと一度は思って板野だが、結局プレイせずじまいだったこともあって、PS4でリメイク版でもプレイしてみようかな、と思っていた。だが…折角ならオリジナルをプレイしたい、と思い、期限がもう少しで切れるという特典版を何とか入手できないかとヤフオクで探したところ、私が所有するTポイントを使えば数百円で手に入れられる事実を知り、今回DLCを入手する事にした。

版権元が変わった

で、この特典版のYU-NOだが、元々はエルフという18禁ソフトを開発しているソフトメーカーの作品だったのだが、現在そのエルフは既に解体されていて、5bpがその所有権を持っている。という事で、この特典版もエルフのロゴは一切なくなっているようで、少なくともオリジナルから多少手が入れられているらしい。
ゲームそのものは、PS4で走らせているのだが、画面上ではPC-9801で起動しているような演出になっていて、その音もFM音源のような音で再現している。パッと見た感じ、芸が細かいなとも思えるが、最近ではこういうのは当たり前かもしれない。
また、昔の作品をリメイクする際のその理由の大きなものの一つとして、当時は問題にならなかった表現方法を現代でも問題のないようなものに修正する、というのがあるのだが、少なくともこの特典版に関して言えば、昔のまま残されているようだ。
このあたりは評価すべきポイントかもしれない。何しろ、表現を変えることで、伝えたかった事が変わってしまう恐れが全くないからだ。
そういう意味では、昔の方が良かったという懐古厨の人には、この特典版でもプレイしておけ、という5bpの意向は正しいのかもしれない。

名作はそう呼ばれる意味がある

「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」は、現在のアドベンチャーゲームの基本となる部分をスタンダード化させた作品という印象がある。
私は前述したように未プレイではあるが、システムという意味では興味があったので前に調べた事はある。
ストーリーが分岐する際の流れを視覚化し、その視覚化した事でユーザーを神視点に持っていき、あらゆる可能性を見せる(示す)というシステムは、現在では当たり前のように搭載されているシステムではあるが、当時このシステムを明確にユーザーに見せた作品はそう多くはない。
だが、これをユーザーに見せた事で、当時は画期的とも言われ、また理解しやすいと評価された事は、この作品を別格扱いにする起点の一つだと思える。
この時代に作られた名作としては、他にも「EVE burst error」などがあるが、これもストーリーを面白く見せる為に二人の視点を行き来してストーリーを進める必要があり、一人だけの視点で進めていても必ず行き詰まるように作られている。
面白いのは「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」も「EVE burst error」も同じ剣乃ゆきひろ氏(本名:菅野 洋之)が制作に携わっているという事。
やはり名作は名クリエイターの力によって生み出されるという好例のような話である。

剣乃ゆきひろ氏は実に短い人生を2011年に閉じてしまっている。
享年43歳。ホントに短い人生である。
日本のクリエイター事情を考えると実に惜しい人を亡くしたワケだが、そういう意味でも「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」は何かしらの形で一度はプレイしておくべき作品ではないかと思う。

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武上

18歳の時、人生の最大の選択ミスをしてしまい、いきついた場所として山梨県人となる。 その後、建設業に身を投じ、資格をいくつか取得するものの、結局自分の性格と合わない事を理由に上京。 上京後、世間で話題になりつつあったアニメ・ゲームを主体とする業界の人間となり、デジタルコンテンツ業界を含む数々の著名人と同じ土俵でマルチメディアな仕事をするに至る。 一見華やかなメディアの世界の、その闇の深さたるやハンパない事こそ世間に何となく知られてはいるが、業界人しか知らないその氷山の全体像を十分すぎるほど目の当たりにした後、家庭の事情で再び甲州へと帰還。 しかし、この帰還も人生の選択ミスだったかもしれないなぁ…と今では思うものの、時既に遅し。 今は地元の製造業を営む会社の総務・品質保証という地味ではあるものの堅実な職につき、いつか再びやってくるだろう夢の実現を信じて隠者的生活を送っている…ハズだったのだが、またしても周囲の事情で運命は波乱の様相を見せ始めた。 私の人生は一体どの方向を向いているというのだろうか? ちなみに筆者はPCとの付き合いはかなり長いと思っている。 古くはPC-8801 mk2 SR、X1 Turbo、X68000、FM-Towns、PC-9801シリーズ(互換機含む)、PowerMAC 9500等をリアルタイムで使い、その後は、Windows PCの自作機を中心に現在に続いている。 デジタルガジェットに関しては興味もある事から、その時代の時々において、いろいろ使ったり調べたりして、専門家ほどではないが知識は蓄えてきたと思っている。 そうした経験を元に、今の時代へ情報発信させてもらっている。少々くどい言い回しが多いかも知れないが、お付き合いいただけるとありがたい。 連絡先:takegami@angel-halo.com (@を小文字にしてください)

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2 Responses

  1. ruser より:

    なんとも懐かしいタイトルですね。
    剣乃ひろゆきさんのシナリオは、タイムリープモノのAVGの中でも特に強く印象に残っています。
    時系列をあそこまで丁寧に管理して伏線を盛り込んだ作品は、そうそう無いと思います(知ってるタイトルではシュタインズゲートくらい)。

    相当古いにも関わらず、プラットフォームを変えて販売されると言うことは、未だに一定の評価があるって事なんですかね。
    逆を言うと、過去の名作を越える作品が出てこないとも言えるんでしょうか?
    AVGからは遠ざかって久しいので現状は分かりませんが、絵や音楽以上にシナリオで惹き付けられる作品が出てきたらプレイしてみたいなと思ってます。

    • アバター画像 武上 より:

      イマドキのADVも含めて、条件分岐していくスタイルのゲームというのは、自ずとYU-NOのようなフロースタイルを採っていくハズなのですが、時間軸を含めていないにも拘わらず、この条件分岐で問題を引き起こすタイトルは意外と多いです。
      ここらへんがクリエイター(ディレクター)の才能の差だったりするのですが、特に時間軸が影響を及ぼす作品の場合は、このフロー処理がちゃんとしていないと、作品の根底を揺るがす事になるので、如何にYU-NOやSTEINS;GATEが優れていたか、という事の証明でもあると思います。
      剣乃ひろゆき氏の作品は、システムも当然ですが、そのシステムの上で紡がれるシナリオにも評価があるわけで、名作と言われるのは当然と言うべきでしょう。但し、剣乃ひろゆき氏自身はYU-NOにおいて当初は現代編が序章で異世界編を本編とする予定だったはずが開発の遅れから現代編を本編とせざるを得なかった為に、本作を駄作と位置付けていたというのは有名な話ではありますが。
      もしこれを駄作と言ってしまったら、世の中の名作とはどんなレベルのものになるのだろうか…。

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