あけましておめでとうございます。
無事、2008年を迎えることができました。
地球温暖化の影響で、いつまで無事に新年を迎えられるのか微妙ではありますが、今頃になってノストラダムスの大予言が現実のものになる…なんて事もあり得ますから、みなさん、できるウチにやりたい事をやっておきましょう(爆)
冗談まじりの挨拶ではありますが、今年もよろしくお願いいたします。
さて、毎年の事ではあるが、今年も冨士浅間神社に初詣に行ってきた。
ここは此花咲耶媛命を祀った神社で、見た目からしてとてもありがたく見える神社である(いや、実際荘厳な雰囲気でありがたみのある神社)。
夏に行くと分かるのだが、明かにこの神社は外界から比べて温度が数度低い事がわかる。
その雰囲気はまさに神懸ってるといったところ。
一度こられたし。
Category: その他
あきら様に乾杯
今日、4年ぶりくらいに知人たちに会った。
私の前職時代にいろいろとお世話になった人たちであるが…みんなあまり変わり映えしていなかったのは、多分みんなヲタク層に近い人たちだからかもしれない(爆)
ま、私自身は前回会った時よりも体重が30kgほど減っていたため、見た目小さくなってた(痩せたとは言わない)かもしれないが。
で、結局会って何してたかというと、ただ話してただけという…
チャットでもできるじゃん(爆)w
ま、多分生存確認という事なんだろうとは思うがこれからは何か目的があってもいいかもね…ま、ダベるだけでも面白い事は面白いが。
仕事納め
本日、仕事納めとして年内最後の出勤をした。
ここ数日、なんだかホントに年末なのか?というような、年末らしさを全く感じることは無かったのだが、今日の朝は妙に「ああ、もう年末か」という思いが強かった。
なぜなら…通勤の車がほとんどいなかったから orz
平日のいつもならすれ違う車がそれなりにいるものの、今日見かけたのはほんの数台。
信号が変わっても、交差点で曲がっていく車が一台もいないというこの状況は、どう見ても平日の出来事ではありえない。
そんな中、私は出勤である。
なんか、世間と逆行してるな、今の会社…。
会社につけば大掃除…のハズだったのだが、私には特務が与えられた。
…会社の年賀状、まだ作ってなかったのかよ(爆)
今からリスト作って出力しろとか平気でぬかす課長(♀)。
去年はどうやって作ってたんだ?
何、去年使ったソフトがもうインストールされてないからリストがない?
ちょwww、ふざけんなよ!www
賞与査定のその中身
先日の賞与の話だが、新たな事実が判明した。
ウチの会社では個人査定のランクがA~Eの5段階評価となっているそうで、A評価というのはほとんどマグレ的な高ランクらしい。
要するにAランクとは、会社に著しい売り上げ(何千万とか何億とか)をもたらしたとか、会社運営の為に会社の基礎が変わってしまうぐらいの改善をしたとか、そういった場合のいわば企業貢献のノーベル賞みたいな場合につくランクだという。
なので、普通の査定では最高ランクはBというのが通例で、査定がBランクであれば、賞与額はアップしているか、全体の売り上げがマイナスしているときは減額率が最も低いランクという事になる。
で、問題は私のランクだが…どうもBらしい…。
納得いかねぇ…
とりあえず冬の賞与というものが出た。
前回もらったときは勤続一年未満という事で正式な額はでなかった。
だから今回は勤続一年経過したという事でそれなりの額を期待した。
…いや、正直言えば“それなりの額”そのものをかなり低く考えていただけなのだが、落とし穴がある事まで考えていなかった。
落とし穴というのは“勤続一年”という事。
この勤続一年は、社員登録されてからの勤続一年という事で、研修期間3ヶ月は含まれていない。
だから私は今回も勤続一年という枠に収まっていなかったのである。
…ま、そんなモンだな、世の中は。
4年も経てば…
久々にアキバに出た。
先日ココでも書いたあるプロジェクトの中核を担う人と話をするために出かけたのだが、その人のオフィスがアキバに近いという事もあり、結局アキバで会うという事に。
何気なしにお昼ぐらいにアキバに着くように出かけたのだが、アキバの電気街口を出てびっくり。
「こんなにもかわっちまったのかぁぁぁ!」
まるで浦島太郎である。
私が最後にアキバに訪れたのは、多分4年くらい前になるだろう。
まだ秋葉原UDXを建設中だったと思う。
当然、ヨドバシカメラもなかったし、秋葉原ダイビルもなかった。
あのあたりは密集した街であるはずの秋葉原にあって荒涼とした場所だった。
しかし時はもう4年後。
そこには近代都市としての高層ビルが建ち並んでいた。
たった4年で、私は浦島太郎になってしまっていた。
声が…
先週の土曜日から、声がかすれるようになった。
時としてほとんど声が出ない…なんて事もある。
いや、単純に風邪だと思うが、のどの痛みはほとんどないのが気になるところ。
今年のインフルエンザはのどにくるんだっけか?
今まで風邪で声がかすれて出なくなるなんて経験がないため、いざ声を出そうとしたとき思った通りにでない事に少々いらだつ。
風邪なら風邪らしく一気に高熱が出て収まってくれればいいのに。
回りくどい風邪はホントにイヤなもんだな…
運を使い果たしたか?
すっかり忘れていたのだが、今日は会社の忘年会だった。
…忘れ去られてる忘年会というのも問題だが、つまるところこの会社の忘年会というのは所詮そんなもの。
私が酒好きだったなら忘れることもないのだろうが、酒飲まない私からすれば、忘年会はむしろ迷惑な存在であり、会社行事だから仕方なく出席というイベントでしかない。
だが…
今年はちょっと違った結果となった。
地盤を固めて…
来年、転職を考えているのは前から言っている通り。
結局、私が向かっている方向は、コンテンツ事業なんだろうなと漠然と考えているからだが、心のどこかでは安定した職に居た方がいいという思いもある。
今の製造業の営業は正直その職としての性格が私には不向きだ。
そんな事は前々から分かっていた事ではあるが、それでも本能からか、自分の居場所を快適にしようという無意識の行動が、今の現状を作り出した。
最近…仕事をしていても辛くないのである。
もちろん、出来ない事は多いし、快適だというワケではない。
が、以前から比べて断然、楽になっているし、仕事のペースは速くなってきている。
これを“慣れ”と思うかもしれないが、慣れだけで今の状況は出来ていない事は間違いない。
明らかに自分がその方向に持って行くように、無意識に他人を操作・誘導した結果だろうと私は見ている。
ま、状況が整えば転職するつもりではいるが…やはり安定を求めるべきなんだろうか?
これは臨時収入か?それとも…
今日、会社から給与明細をもらった。
まぁ、安い給料の明細だから、もらったからと言ってそんなにうれしいわけではないが、いつもは封をしていない明細袋がなぜか封じられていた。
…なぜ封がしてあるのか?と悩んだが、とりあえず中を見てみると3万円の現金が入っていた。
!
もちろん驚くのが当たり前なのだが、どうも前期の決算ボーナスが支給されない(もちろん売り上げが悪かったからだが)事への救済措置として、今期に上がるハズの売り上げから先行投資的分配が行われたらしい。
…まぁ、分配されるだけありがたい話ではあるのだが、ココで一つイヤな予感が…
まさか冬のボーナスがこれに置き換わったとかないだろうな?
…シャレがシャレでなくなる会社だけに、かなりコワイ。
たのむよ、おぃ orz
Fitがイイ車に思えた瞬間
私が今の車VAMOSを買う時に、販売店の専務にやたらと勧められた車。
それがFitだった。
維持費とかそういうのを考えて軽自動車に決めたわけだが、さすが64馬力をターボで引き出す軽自動車だけあって、燃費は思ったほどよくなかった。
で、会社で中古車を3ヶ月ほど前に一台導入したのだが、3万キロ弱走行のFitだった。
しかもCVT搭載という、中古車としては掘り出し物のような状態。
今までは私も営業であまり遠出などしなかったが、今日は愛知は小牧までFitで営業してきた。
そして、何故あの時、販売店の専務がFitを勧めていたかという事を、今頃になって理解した。
会社には他にも同じクラスのデミオがある。
こちらにはもう何度も乗っているのだが、どうも私と相性が良くない。
イイ車とは思うのだが、いまいちピンとこない。
ところがFitはエンジンのふけ上がりというか、リズムというか、そういうものが私にかなりイイ感じでシンクロする。
極論から言えば、HONDAエンジンと相生がいいのかもしれない。
楽しくて思わず高速でガンガンエンジンを振り回して遊んでしまった。
走行距離、往復で約560km、燃料は満タン状態から約55%消費。
かなり乱暴にアクセルを踏み込んだりしていたと思うのだが、Fitのメーターで見てみたら、どうもリッター22kmくらいの燃費だったようだ。
…あんなに乱暴にアクセル踏みまくったのに…
VAMOSの燃費と比較したら、Fit買った方が総合的に安かったかも(爆)
なんてこった orz
一つの節目
私が3年前に実家に戻ってきた理由。
それは、父が入院し、実家の会社が傾き、一家族が背負うにはちょっと厳しい借金が残ったという状況にある。
もちろん、私が実家に戻ってきた事で借金返済の流れが好転したのかといえば、そう大きな変化はなく好転したりしない。
地方の就職は厳しく、賃金設定も東京とはかけ離れているからだ。
だから返済が好転するという理由で戻ってきたのではない。
生活する場を一つにまとめ生活諸経費を一本化した方が、再就職時の給料が以前から比較して減額となっても、まだマシな結果だったからである。
実家に戻ってきた初年度は就職もままならない状態で、安い労働賃金を覚悟で近くの総合病院の夜間受付をした。
昼間、アルバイトでもしようかと考えたが、そのアルバイトも近所の学生たちが主役であり、私の入り込む余地はなかった。
このままでは返済も滞ると限界を感じたとき、別の仕事を模索しなければと今の会社に何とか入り込んだ。
以前やっていた仕事と比べ、自分のモチベーションもポテンシャルも最低だったが、生きていくというただそれだけのために自分を犠牲にした。
実家に戻ってきた事で、私は持っていたものの9割以上を棄ててきた。
そして実際に戻ってきて、その未来まで棄てる事を余儀なくされた。
その棄てる事で成立してきた私の生活が、今ひとつの節目を迎えようとしている。


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