米国防総省(ペンタゴン)が、F-35戦闘機の開発、生産費の総額は約3,957億ドル(約32兆円)になり、2010年末の見積もりより約4.3%増加すると30日に発表した。ペンタゴンはF-35がフル生産に入る時期は当初より2年遅れの2019年になるとしている。
2年遅れ。
たしかF-35とF/A-18、ユーロファイターの三つ巴の制式争いの時、もともとF-35は配備が遅れるという話だったが、それでも制式採用はF-35に決まり、そしてそれよりさらに2年も遅れるという事がどの程度重要なものと我々は捉えるべきなのだろうか?
防衛庁が最新機が重要だとする意味も分からなくはない。
周辺諸国の急激な発展により、軍備もここ数年で一気に近代化、高性能化している事を考えれば、国防としてもステルス機をはじめとした最新機に拘りを持つのは当然と言える。
しかし、それらは配備されていて初めて意味を成す。いくら最新機でも配備されていなければ国防にならない。
まして、予算はさらに膨れあがるとなると、日本の低下し続ける国民総生産(GNP)にさらなる負担をかける事になる。
もう一度問う。本当にF-35で良いのだろうか?
ここ最近、北朝鮮のミサイル問題でPAC-3(パトリオットミサイル第3形態)の話題が急激に浮上している。
PAC-3は弾道ミサイル迎撃能力を持つ最新の対ミサイル兵器だが、日本の場合、F-35などの航空戦力よりもこうした防備兵器に注力する方がより重要な気がする。
もっとも、だからといって制空権を取られるのはマズイわけで、そうなると要撃機(戦闘機)が必要なワケだが、それならそれで別の選択肢もあるのではないかと思うのだが…。
前にも書いたが、私はやはり国内で戦闘機開発した方が良いのではないかと思う。
もちろん、そんな事をすれば米国が黙ってはいないワケだが、国内で今仕事がないと言っている製造業の力を集結すれば、少なくともF-35よりも日本での運用に向いている戦闘機が作れるように思える。
TK-X(10式戦車)は国内開発で作られたが、どうも航空機は米国がうるさい関係があって、自国開発が難しい状況が続いているが、日本が世界の中で非核三原則に乗っ取った、海外への侵略をしない憲法を持つ以上、そうした倫理の元で戦闘機の国内開発を行う事がどうして許されないのか、私は疑問に思えてしかたがない。まぁ、米国の利権の問題が大多数なのだろうとは思うが。
今の世界情勢は、少なくとも米国絶対優位というものではなくなっている。
特に経済では全くもって米国優位と言えない状況で、日本は世界一の借金大国になってしまっている。
借金大国日本を作ったのは政府であり、それらを選んだ国民という事になるが、ただ日本の政治システムは国民の総意が反映しにくい体制でもある。
そんな政府がこれだけの借金を背負って、さらに防衛費を海外に支出するという事の意味が、私にはどうしても理解できない。
日本は日本人の手で守る。もちろん、米国と協力するのはいいとして、装備に関して国内生産がいけないという理由がないハズだ。
政府は今までの慣例として、航空機を海外調達する方向を揺るぎないものとしているのかもしれないが、そもそもそのルールすら絶対ではないハズなのに、頭の良い人達はそのルールがさも普遍的なものとして受け止めてしまっている。
時代がこれだけ急激に変わっている今、普遍的なものが一体どれだけあるというのか?
ま、こんな所で騒いでいたところでどうにかなる問題ではないのだけれど…。