DSDという言葉をPCオーディオの世界では良く聞くようになったが…。
素材が足りない
DSDというハイレゾ音楽は以前から比べれば確かに身近になったかもしれないが、それでもまだCD-DAから比べれば身近とは言えない状況である。
その理由は、未だ足りないその素材の数ではないかと私は思っている。
結局、最近CDが売れないという状況もあり、ハイレゾ音源の光ディスクの規格もマチマチで、安定的なメディアフォーマットが存在しないという状況も合わさって、ユーザーが手にする音源は、ネットからのダウンロード音源が中心になってしまっている。
これでは手軽に手に入る…と言い切れない。
「ネットでダウンロードできるなら手軽じゃないか」と思うかもしれないが、それはPCなどに詳しい人の話であり、実際にモノとして存在するメディア媒体でない以上、大多数の人が身近と感じる状況ではない事に、違いはないのである。
一時、SACDというDSD音源を収録した光ディスクメディアが存在していたが、その暗号化があまりにも強力で、SACDのドライブからでないと再生できず、しかもそのプレーヤーの価格がバカ高いという理由で普及に至らなかった。PS3の初代機がSACDに対応していたため、普及するか? とも思ったが、PS3の第二世代機は廉価の為にSACD再生を切り捨ててしまったため、その後普及しなかったのである。
実にもったいない話ではあるが、DSDは普及するチャンスをことごとく失ってきている。
だから全体的にその音源素材が不足している。普及しないから不足しているわけで、不足しているから普及しようがない。実に悪循環である。
旧作音源から作る
そこで一部の人は考えた。
それならレコードからDSD音源の素材を作る事はできないだろうか?
つまり、アナログであるレコードを録音し、DSD音源化できないか? と考えたワケである。だが、結果としてこの試みは試される事なく終わる。
理由は単純。
録音する為の機材が業務用しかなく、また個人で手が届く製品があったとしても、その価格が10万円を超える製品ばかりだったからである。
もっと手軽に録音できれば…多くの人はそう思ったに違いない。
ところが、コルグ社内で使う機材として市販されていない「Clarity」というDSDレコーディングを可能にしたシステムを、手軽に実現できる機材が登場した。「DS-DAC-10R」である。Clarityは、さまざまなオーディオ関連の展示会でお披露目されたり、KORGが運営するスタジオでシステムオペレーター付きの有料で使うことができるサービスだったのだが、それが製品化したという事である。この「DS-DAC-10R」は、オーディオインターフェイスとしては2IN/2OUTという構成であり、PCMの44.1kHz~192kHz、そしてDSDの2.8MHzと5.6MHzのそれぞれのサンプリングレートで入力と出力が可能なデバイス。
これを使えば、DSDの2.8MHzもしくは5.6MHzの音源が作成できる。
結局PCに詳しくないとダメ
このDS-DAC-10Rを使用すれば、アナログレコードの録音が可能と書いたが、それはアナログ信号の録音ができるからである。
DS-DAC-10Rの背面にはRCAピンのラインインが用意されているが、ここはフォノ入力にも対応している為、アナログレコードプレーヤーを直結する事ができる。
ではアナログレコードに必須と言われるフォノイコライザは? と解る人なら思うだろう。このフォノイコライザの部分は、Windows/Mac両用のAudioGate 4のレコーディング機能に頼る事になる。
このあたりは、PCオーディオに詳しい人ならそんなに苦労せず使用する事はできるだろう。
こうして、アナログをデジタルに変換する、という事がパーソナルレベルで実現していくワケだが、正直、このような手順を踏むこと自体、ある程度PCに詳しくないといけないという状況に違いはない。
これなら、ネットからハイレゾ音源を購入する方がずっとハードルは低いだろう。
だが、ポイントは音源をユーザー側が作れる様になる事でDSD音源がいろんな人に身近になる、という事である。
今までもいろんな道を辿って時間を掛けてきているハイレゾ音源だが、ことごとく上手くいかなかったのは、ユーザーに近い位置になかった事が問題であった。この身近になるというポイントは、普及していく意味では絶対条件だと私は思う。
そういう意味では「DS-DAC-10R」は、一つ高い壁を超えた製品と言えるかも知れない。
OSがハイレゾになれば普及は早いのでは?
ふと思う事がある。
それはWindowsなどのOSの音がハイレゾ化すれば、もっと機材の普及は早いのではないか? という事である。
Windowsの起動音などの音がハイレゾ化して、サウンドカード周りがそれらに対応するべくハイレゾ化すれば、少なくともハードウェアレベルでハイレゾ化が今よりは進むように思う。
そうなると、ブラウザから聞こえてくる音がハイレゾ化し、PCから聞こえる音が次々とハイレゾ化していき…次々と連鎖していくように思う。
一度固定してしまったモノを壊し、新しいフォーマットを定着させるには、中心となるシステムが新しいフォーマットを強要するのが一番の近道である。
今までさんざん独断的な事をやってきたマイクロソフトなのだから、ここはオーディオ分野でも強権発動し、新しい時代へと突入させてくれれば良いのだが…。
何はともあれ、ハードウェアレベルでようやく個人でDSD録音可能な機材が登場した。
PCMのハイレゾでなく、DSD音源での録音という所に意味があり、それが見えてきた事で、新しい時代へとまた一つ突入できる準備段階になったと言える。