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Category: その他

謹賀新年

2018年、明けましておめでとうございます。

毎年恒例

新年、明けましておめでとうございます。
当Blogも、記録から遡って数えると11年目に突入したワケだが、それはあくまでもココの残っている記録上の話。
実際には「angel-halo.com」としては21年目に突入した事になる。
…改めて数字にしてみるとスゴイ事だな(-_-;)
開始当時からのポリシーとして、毎日分を更新する、という事を掲げて、もうそんなに経つのかと考えると、飽きっぽい私からすると信じられない話だが、何とか今まで継続してこれたのは、偏にテーマも何も決めずに自分の思ったことをそのまま書き続けるという事をしてきたからだと思う。
と言うわけで、そのテーマ不在という方針は今後も変えずに行こうと思う。

さて、話は変わり、2018年である。
私は毎年、富士吉田市にある「北口本宮冨士浅間神社」に初詣に出かけている。出かけるタイミングは、元日の午前4時~6時くらいまでの間で、それを過ぎると観光客が観光バスで乗り付けてくるぐらいの神社なので、可能な限り人の少ない時間帯に訪れるようにしている。北口本宮冨士浅間神社にて毎年来ているので、もう迷う事なく、また理路整然としてお参りする事ができるようになったのだが、今年は例年より時間帯が後ろ側の5時過ぎになったので、いつもと違う参拝客層の中での初詣となった。ちなみに昨年も5時過ぎだったが(爆)
毎年、午前4時過ぎくらいにくると、大凡地元の大学生とかがゾロゾロいて、騒いでいたりする事もあるのだが、今年は時間が5時過ぎだった事もあって地元の家族連れが結構いた感じである。
時間帯によって、参拝客の層が大きく異なるというのは、以前からも感じていた事ではあるが、今年はそれをより顕著なものとして認識したように思う。

歴史ある社殿

この北口本宮冨士浅間神社は、木花開耶姫命を祀っている神社ではあるが、当初は諏訪神社であったとされている。理由はWikipedia公式サイトで確認して欲しいが、甲斐国では諏訪というのは昔から特殊な土地と扱われる事が多いので、そういった関係もあるのかもしれない。
…って、このあたりの話は以前もしたように思うので、とりあえずいいか?w

明るい時に来ると、この北口本宮冨士浅間神社はこの画像とは全く異なる風景に見える。
この社殿の前には、結構長めの参道が続いているのだが、そこが森のようになっていて、夏場に来るとここら一帯だけ気温がぐっと下がった感じを受けるぐらい、大自然の中という感じになる。
諏訪大社に行ったときも、似たような感覚を受けたが、歴史がそう感じさせるのか、それとも別の何かがそう思わせるのかはわからない。ただただ厳かだという事だけが、目の前にある…そんな感じである。
訪れた事がない人は一度訪れて見て欲しい神社である。

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2017年を振り返る

ホントは明日のネタにしようかと思ったが…。

Kaby Lakeに始まる

私の2017年を考えて見ると、結局はメインPCの入れ替えを常に視野に入れた一年だったと言える。
何故そうなったかといえば、昨年入れ替える予定だったものを先延ばしにし、同じく遅れたRyzenの登場を待っていたからだが、2017年の始まりは何と言ってもIntelのKaby Lakeの登場に尽きる。
正直、2018年を目前にした現時点でも、Kaby Lake Core i7-7700Kの性能は決して低くはない。レビューされるその記事を読んでいると、当時私がメインPCに使っていたIvy Bridgeを早く入れ替えたいという気持ちにもなったし、実際それぐらいの処理能力の差を見せつけられるものであった。
結局、私はKaby Lakeではなく、2017年第1四半期に登場すると言われていたAMDのRyzenに注目していたわけだが、今年はまずKaby Lakeから始まったと言って間違いない一年であった。

エアツール

そんなPCの話とは別に、今年はエアツールに手を出したというのもある。
同じく1月には、エアーインパクトレンチや補助タンクまで手に入れて、タイヤ交換も劇的に楽になるという環境を手に入れた。ソケット装着後のインパクトレンチだが、結局そのエアーインパクトレンチはまだ一度しか使用していない。理由は単純で今年の冬のタイヤ交換は業者に頼んでしまったからである。ま、業者に頼んだのにも理由はあるのだが、その為、エアーインパクトレンチの出番は2018年4月ごろまでお預けという事になる。
しかし…エアーインパクトレンチだけで済ませてしまったら、コンプレッサーの能力がとてももったいないので、今後はそれ以外の用途でも使っていくことを考えていきたい。当初からそう考えていたのだが、ここ最近はPCの事ばかりだったので、2018年はそうした動きも検討しよう。

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ISOの審査が終わった

もうね…毎回疲弊するんですよ orz

本音と建て前

私は今の勤め先で基本的にISOのシステムを管理するという業務を行っている。
もちろんそれだけをしているわけではないのだが、マネジメントシステムのマニュアル管理だったり、業務上作成される記録の管理を行ったりしている。
だが…実際、そんな綺麗に業務が管理だけで終わる事などなく、時に記録の作成そのものを私がしなければならなかったり、また業務上利用する手順書の改訂を私自身がしなければならなかったり、と、システムを理解していない人達がいる事による“穴埋め”をしなければならない実態があったりする。
こういうのは、マネジメントシステムを全社員が理解していて、それらを手順通りに実行して記録を作ってくれたりしていれば、まさに私は管理だけやっていれば良い話になるのだが、まずもって原点となる“システムを理解する”というところから問題があって、全社員を対象にマネジメントシステムの教育をしても理解されず、結局細かい穴埋め作業を担当者である人達(私含め若干名)が実施しなければならなかったりする。
ハッキリいって、こんな事を大声でISOの審査で言えたものではない。
何故なら、ISOの審査ではこうした記録類の作成含めた業務の遂行は、各部門がちゃんと自分達で実施している事が前提になっていて、全員がシステムを理解しているという事を当たり前の話として受け止めているからだ。
ISOの認証を受ける為に文書を整え、行っている業務の実態を明確にする記録を作成するのは、結局は一部の人間の業務になってしまっている実態は、多分ISO認証を受けている企業の多くで同じような事が行われている可能性が高い。

私に向かない

実際、ISOの外部認証機関の審査(これを一般的に外部審査という)を受ける場合、その窓口となる存在が責任者と共にその審査に張り付く。
この存在、私の勤め先ではほぼ私になるのだが、私としては誰かに変わってもらいたいと思いつつ既に8年くらい続けている。
結局、その窓口をするようになった事が原因で、ISOの管理者みたいな立ち位置になり、現在に至っているわけだが、そもそも私は文書などの管理という業務には恐ろしく不向きだったりする。
元々、企画屋だった頃から、従来の常識などを覆すような発想で企画を立てる事を生業としていて、どちらかというと従来の規制の隙間を抜けるよう生き方をしていた人間が、その行為とは全く逆の、決められた規格に沿って手順を作ってその通りに実行するという業務を行う様になったワケだから、体が未だに馴染まない。
ルールで自分を追い詰めていくような業務スタイルになってしまっているので、精神的にも非常によろしくない。
このBlogも「テキトーなライフスタイル」をモットーにしたBlogである通り、本来の私はテキトーに生きている存在なので、最近は仕事を楽しいと思ってやったことは全く無い。
仕事を楽しくできるような環境にある人は珍しいのかもしれないが、前々職がそうした業務だった為に、今の私はストレスをひたすら溜め込む状況にあるといっていい。
何故、今のような業務の担当となったのか…。
全ては数年前の「当たり前の事をやった事」が原因だろうという事はわかっている。

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仕事だと分かっていても…

私は他の社員と明らかに違う事をしている…。

年に2回の行事

私が勤める会社では年に2回、マネジメントレビュー(MR)という経営者に半期の業績の報告を全社的に行う会議が行われる。
ISO 9001等を認証取得している企業では、このマネジメントレビューを実施する事が外部認証団体から求められている(というかISOの要求事項である)為、実施しているはずだが、私が勤めている企業ではISO 13485(医療のQMS ISO)とISO 14001(環境EMS)を認証取得しているため、このマネジメントレビューは恒例行事となっている。
ISO規格では、このマネジメントレビューの実施期間は明確に定められておらず、最低でも年に1回実施していれば特に問題にはならないのだが、私が勤めているところでは半期に1度実施している。
で…このMRだが、今回は何と社内での実施ではなく、売上が好調だったという事もあってホテルの一室で大々的に行うというイベントとなってしまった。
普通の社員でいられたなら「ふーん、そうなの?」と会社が定めた通りに参加するだけで良いのだが、私は何故か今から7年前くらいからずっとこのMRを実質的に取りまとめる役を仰せつかっていて、今回もその準備でここ2週間くらい、周辺部門の発表資料やら実施計画を纏めたりしていた。
…だが、こういう時、ほとんどの人が言う事を聞かないのである。
決めた日時までに資料作っておけと言っても作ってこなかったり、作ったはいいがいつも更新していていつまでたっても資料データが固定しなかったり…。
もうね、こういう取りまとめだけでも周辺に対して気を遣うし、毎回のようにPowerPointの使い方を説明したり、時にはグラフの作り方まで説明したり…いや、一番酷いのはどんな資料を作ったらいいのかの相談を受けたり…もうね、そんなの自分で調べろよ、と言いたい所だが、こういうのをもう何年もやっている。
…何時になったら説明しなくても作れるようになったり、期限を守って作ってきてくれるようになるのか?(-_-;)

手ぶらな人はいいね…

今回は社内ではなく、外部で実施するという事で、必要な資料データや紙資料も全部事前に作っておかないといけない。
まぁ、紙資料は社内であっても同じなのだが、何故かこの紙資料を全員分用意するのも私の仕事になっていたりする。
…説明する人が準備しろよ、と言いたい所だが、直前に資料が揃わなかったりするとマズイので、結果的に前もって誰かが責任を持って準備する…という流れになっている。
そう、その責任を持つのが私というワケ…。
責任は持つから、せめてその資料の提供だけは遅らせるなよ!と、私が各部門をせっつくワケだが、準備する側からすると、その人達が資料を準備しない事には紙資料に出来ないワケだから、資料を準備する人が遅れればその分私の仕事が遅れるわけで、結果、昨日は夜遅くまで資料準備待ちをしていた。
私の分は計画通り事前に準備しておいて、完全に待ち状態で数時間を無駄にしていたりする。ま、空き時間にする仕事もあるから仕事してるけどさ(-_-;)
そして資料がとりあえず全部揃ったら、その遅れて資料提出してきた人はさっさと帰っていくワケで、誰の為に遅くまで仕事しなきゃならんのぢゃと文句も言いたい中で、せっせと紙資料を出力、準備していたのが昨日の話。
そして今朝はそうした紙資料やデータ、プロジェクタに接続する機材から全てを私が準備して会社から持ち出していた。
…他の人は手ぶらなのにね(>_<)

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終戦の日

今日はちょっと辛口かもしれない。

玉音放送の日

日本では、終戦記念日は8月15日という事になっている。
この日は別段祝日になっていたりするわけではない(というか祝日というのもオカシイ話)が、終戦記念日として毎年黙祷を捧げる日でもある。
甲子園で高校球児が試合をしている時に、サイレンを鳴らして黙祷するというのが、恒例になっているが、今年は天候不順から試合が中止となり、この甲子園での黙祷が行われなかった事に違和感を感じる人もいるだろうと思う。
だが、この太平洋戦争終結に関して、8月15日を終戦の日としているのは実は日本と韓国(朝鮮半島)だけだったりする。
世界的に太平洋戦争終結の日として認識されているのは、9月2日だったりする。
というのも、9月2日は日本が「誓約履行の詔書」を発行しポツダム宣言を含んだ日本の無条件降伏を降伏文書に調印、発行した日であり、それを考えるなら正式に終戦の日とするのは9月2日という事になる。
しかし、日本では8月15日と言っているのは何故なのか?
この8月15日は、天皇による玉音放送が行われた日だからである。
玉音放送とは、天皇が戦争の状況などを国民に肉声で発したもので、時の政府にアメリカ、イギリス、中国、ソ連(現ロシア)の4ヶ国が提示した共同宣言(これをポツダム宣言という)に応じるよう指示した放送である。
この内容があまりにも衝撃的だった事もあって、日本ではこの8月15日を終戦記念日としているわけだが、改めて言うと本当の終戦の日というのは9月2日という事になる。

72周年

1945年8月15日に終戦を迎え、今年で72周年となった。
あと3年で四半世紀を3回向かえるわけで、随分と時間が経過した事になるが、極東におけるアジアだけが、今以てこの戦争の話題を未だに持ち越している。
日本国内では、終戦後から子供の教育において日本は侵略した国という認識を子供たちに行ってきていて、その後の日本の世界への貢献などに関してはあまり教えない。というか、近代史そのものをあまり詳しく教えていない気がしていて、実際に太平洋戦争へと突入していった経緯などを含めた歴史を教えていないように思う。
だが、日本のお隣の国などは、日本人の私からするとどうにも曲解した解釈での教育が行われているようで、未だその事に端を発して歴史認識摩擦による衝突を繰り返している。
この話をマジメにすると、多分私は相当にお隣の国などに対する苦言を言い続ける事になりかねないので、ココではあまり深く触れないようにするが、72周年を過ぎた今の段階でもまだこんな話を繰り返している事に、ちょっとした馬鹿馬鹿しさを感じる。
もちろん、日本が侵略した事実を私は否定するものではないし、それを認めた上での話である。
日本は世界で戦争による唯一の被爆国でありながら、その件に関して対象国を責める事はもうしていないハズであり、それと同等の事をどうして他国ができないのかとちょっと思ったりする。これも怨恨のなせる技、と言ってしまえばそれまでだが、何となくそれだけの問題に終わらないような気がする。
72年経過した現在、戦勝国であるお隣の国は、未だ日本を超える先進国にはなっていないし、また世界で一番優秀な民族だといっている国も、同じく日本を超える国を作れていない。
彼らは72年という時間を日本と同じだけ過ごしているハズなのに、この差を生み出したものは何なのか? という事にもっと目を向けて欲しいものである。そこに目を向けず背けていては、いつまで経っても日本を超える事など出来ようはずもないのだが、それに気付いていないのだろうか?
…話がちょっと脱線したようなので戻すが、日本は玉音放送から72年経過し、焼け野原だった国を立て直し、世界に通用する先進国として再生した。
これも先人の苦労の賜物と思えばこそ、今でも日本人はこの日に黙祷する事をやめないのだろうと思う。

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4日しかない夏休み

今年の夏休みは事実4日。

実は11日も仕事だった

ウチの会社は実は昨日も仕事だった。
11日がカレンダーで赤い日であれば、お盆休みと合わせて考えれば11日から休みという会社はきっと多いと思うのだが、ウチの会社はその赤い日が仕事で、本日から休みに入った。
しかし、よくよく考えて見れば土日が休みであるため、本来なら今日は夏休みという扱いではない。結果、夏休みと言える休日は14日、15日の2日のみで、最大4連休というのが、ウチの会社の夏休みという事になる。
何でこんな設定になったのだろう? と思ってしまうのだが、製造業という関係から、工場をあまり長期にわたって止めたくない、という気持ちからこうなったのかはハッキリとは分からない。
というのは、実は16日や17日に有給を取って6連休にしている人たちが製造側に何人もいて、結果工場が完全稼働しない可能性が高いからである。
4連休という状況でありながら事実上は6連休。なら最初から6連休で設定すればいいだろうに、そこに何か特別な意図があったのかは、一社員である私には分からない話しである。

休めない人もいる

だが、私の場合、こうした長期連休に入る直前の日と連休が終わった初日は休めない状況にある。
理由はサーバを稼働させないといけないから。
は? と思う人も多いと思うが、ウチの会社、未だにサーバの終了と起動が出来る人が私以外にいないのである。
やり方を説明しても、覚えてくれないというか、そもそもその義務に当たる人が他にいないのである。
従業員数から考えれば、既に私一人体制でいる事の方が間違いであるとは思うのだが、何故かこういった事を純粋に理解出来る人が他にいないのである。
なので、私が有給を当てて休みますという話になると、サーバ起動の為にいろいろ手を尽くす必要がある。
純粋に立上げ方を書いたマニュアルを作っても、そのマニュアル通りに起動できないケースばかりで、何故そうなのか実に理解に苦しむ。
ファイルサーバはNASに切り替えたため、NASの起動と終了機能を使って自動的に処理するが、SQL Serverが未だ古いモノを使っている関係から、どうしても人の手を使うしか方法がない。
分かりそうな人材にやり方を何度も説明してきたが、未だ私の手に委ねられている状況、ホント何とかならんモノか?

こういうのは、会社として必要となる人材を募集かけているのだろうか?
一度人事にIT系の人材の募集をしているのか確認してみようと思う。
SEとまでは言わないが、せめてそうした事に抵抗のない人材をぜひ求めたいところである。

会社を辞めるとき

人はいろいろな理由で会社を辞める。

「人」が一番大きな要素

年齢問わず、社会人となっても必ずしも一つの会社に居続ける人ばかりではない。
若い人には若い人なりの意思があって辞めていくし、ある程度の齢を重ねている人であっても、それなりの理由があって辞めていく。
私も既に数回転職してきたワケだが、私は今まで一度も同系統の職場に勤めたことがないため、転職先は常にチャレンジ溢れる職場であった。
そして今まで勤めていた会社を辞める理由にしても、私はほとんどが自分を取り巻く家族関係などが原因となって辞めるケースばかりだった。
だが、一般的には会社を辞める理由のほとんどのケースは「人」が理由で辞めていくらしい。要するに上司と反りが合わないとか、職場の人間関係に疲弊したとか…大凡はそんな理由だったりする。
私の理由とは異なる理由であるため、人間関係で辞めていくという事の意味を私自身はあまり理解できていなかったと言える。
だが…今は何となくその理由が分ったように思えている。
今、私の意思として転職を考えている背景には、人間関係の疲弊という理由が浮上している。
そうか、世間の人はこういう気持ちだったのか。
何となく理解できるその意味を知ったとき、私は確かにコレは辞める理由になるだろうという確信と共に、私自身の進退をそこに重ね始めている。

同様待遇を得られない時

正直に言ってしまえば、私は今の上司と完全に反りが合わない。
私がどんなに普通の事を処理したとしても、その行為で他の人と同じ待遇を受ける事はない。
何もしていないのに嫌われている傾向があり、時にそれは「何もしていない」からこそ嫌われるのかとも思ったが、先手を打っていろいろ手回ししたとしても、それにケチをつけられて他の人のような同様待遇を得る事はできない。
それ故、私の評価は周辺から比べて最低である。
それが目で見た感じでわかるくらいに顕著に表れている為、余計に私の中の疑問が大きくなる。
「一体私にどうしろと?」
こうなると、私のモチベーションなど上がるはずもない。何をやっても結果としては最低の状態にしかならないのだから、この状態でモチベーションが高いヤツがいたら、ある意味ソイツはおめでたいヤツがただのバカである。
自分の力で状況を打破できれば良いが、事は企業内の事。当然、私にはどうする事もできない状況なので、嗚呼、なるほど、これが「人が原因で辞めるという事か」と実感したワケである。

理由はいろいろあるのだろうが、少なくとも今の私がなぜこのような自体に陥ったのか、理由も分らなければ意味もわからない。
この状況が続くようなら、多くの理由と同じく私もそれに倣う事になるだろう。
そうならないとするならば、耐えられるかどうかが一つの鍵かもしれない。

忙しすぎる

忙しいのは良いのだが…

本来と違うQMS担当

私は会社で主な業務として、現在はQMSの管理を行っている。
QMSとは、Quality Management Systemの略で、品質管理システムの管理、というのが、業務になる。
特に、私の勤め先は現在医療機器へ進出した事から、医療に特化したQMSの維持管理が必要で、ISO規格でいうところの“ISO 13485”という規格に則ったシステムを運用しなければならない。
このISO 13485のシステムの運用と同時に、日本国内では薬機法(昔の薬事法)にも適応しなければならず、いろいろな法規制に対応したシステムの運用や管理をしなければならないのだが、人の命に関わる製品を扱う為、とにかく必要になる文書や記録、決め事が多く、それらを何だかんだと言いながら、ごく僅かな人数で管理しなければならないのは、それはそれで大変な業務だったりする。
本来、QMSとよばれるシステムを運用するにあたり、管理の為に記録を作ったりするという部分はあまり多くはないはずなのだが、各担当者が本来はやらねばならない事がシステムの理解が難しいという観点から置き去りにされるケースが多く、結果的にそれらはQMSの管理を行っている者が穴埋めのように文書の作成をしなければならない状態になったりする。
製造上に必要な記録は確かに製造担当が作成したりするのだが、手順を変更したりする際に作成する事になる計画書や、それの教育関係の資料など、本来は各担当者が作成すべき文書でも、それが置き去りになるケースが多く、結局それらを全てカバーするのはQMS担当の仕事になってしまう。
まして、手順が変わるなんて時、私ではそれらの文書の作成など本来はできないハズなのに、文書を作るのが私の役目になったりして、仮に私がそれらの文書を作成したとしても、その文書の確認や承認は別の責任者の仕事になるにも関わらず、その人達が確認をしないなんてケースもとても多いのである。
そうなると、私のタスクは消化される事なく山積みになっていき、システムの管理どころか、単純な文書作成のタスクだけで時間に追われる事になる。
本来のQMS担当は、こういった仕事ではないハズなのだが…。

特性

とにかく、私は元々こうした管理業務がとても苦手である。そういう話を他の人にすると「管理業務が苦手という人は多いよ」というのだが、そもそも根本として存在する特性がまず合わない。
私は、元々企画屋だったわけで、製品開発やコンテンツ制作を得意とする分野の人間である。なので、システムを作るのは得意でも、それを維持管理するのは精神的に不向きである。
ただ、システムを作るのが得意だとしても、一定の責任と権限を与えて貰わないと、このあたりの構築など出来ようはずがないので、企画屋というのは、まず最初にこの責任と権限を明確にした上で、ゼロからモノを作って行く事になる。
そうした企画を前提とした業務をしていた私が、今の立ち位置にいるとどうなるか?
もうね…反する特性しか持ち合わせていない私が管理をするのだから、その管理の実体は杜撰にはなるし、全てが後手に回ることになるし、良い事など何もない。
もう4年以上も医療機器業務に関わってきたが、それでも法規制は理解できないし、システムの継続的な管理はできないし、と、貯まるのは私のタスクとストレスばかりである。

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GW最終日

何もできなかったGW…。

FF14づくしでいいのか?

私は5月3日からGWが始まったのだが、3日、4日、5日、6日、そして今日と、ロクな事をしていない。
本当は良い天気に合わせて、E-M1を持ち出して撮影にでも行こうかと考えていたのだが、どうしても仕事の関係で米国からのメールを受け取り、それに対応する必要があったことから、外に出ていいものやらどうしたらいいやらで悩み続け、結局外に出る事もなくムダに日々を過ごしてしまった。
唯一変化が大きくあったのは、FF14を進めるべくインスタンスダンジョンめぐりをしていたぐらいで、その他の事は全くと言っていいほどしなかった。
いや…しなかったのか、それともできなかったのか?
これを「できなかった」と言ってしまったら、多分私は怠惰だと言われてしまうだろう。出来なかったのではない、しなかったのだ。
FF14にしても、メインストーリーを進める事ができず、壁にぶつかった状態に対し、アイテムレベルを上げるべく、伝承装備の為のインスタンスダンジョンめぐりを続けるだけで、それが有意義だったかと聞かれれば、言うまでもない。
また、今年入れ替えたいと考えているメインPCのスペックを吟味すべく、現在の秋葉原での販売価格調査などをネット経由でやったりもしたが、Ryzenといえど絶対価格で行けば結構かかるな、という事が明確になり、そもそもRyzenでいいのか? という、再び前提とも言える問題を掘り起こしたりと、決して自分としては有意義な結果だったとは言い難い。
積み上げては崩す。
こんな事ばかりしていて、一体私は何がしたいのだろうか?

危険信号

最近、自分があまり良い状態ではないな、という実感がある。
健康面ももちろんそうだが、精神衛生上も非常に良くない状態にある。
仕事のストレスが原因だという事は分ってはいるが、全ての流れがマイナスに向かっているように思えてならず、何をやってもダメ、という状況が周囲に根強く回っている。
自分の理解の及ばない事を仕事として取り組まねばならない事は、新しい事をやろうとすれば必ずついて回る事だから、今の仕事としても理解できない事を問題視しているわけではない。
ただ、理解できない事に法的要件がついて回り、常に責任の先端に自分がいるという事を考えた時、今の状態に耐えられない自分がいるように思っている。
覚悟が足りないのか?
いや、そうではない。
全部丸投げされている事が問題なのだ。
責任者と呼ばれる人達が本来責務を全うしなければならないハズなのに、全て任せっきりで私が対処しなければならなくなっている事に、自分の責任を重ね、その重みに耐えられなくなってきている。多分そんなところだろう。
どこの会社に行ってもそんなもんだ、と言われてしまうかもしれないが、私のミスで私でない誰かが責任を問われ、罰せられるという事に、やはり私は耐えられない。
この耐えられない状況に晒されて、既に3年。
もう、神経がいい加減すり切れているのかもしれない。今の私の精神的衰弱状況が危険信号でなくて何だというのか?
前述の米国からのメールを待つというのも、その責任の一端であり、ここまで大げさにメールを待つ必要が無いのにも拘わらず、いても経ってもいられないから、余裕を持てずにひたすらそれだけを待つという状態になってしまっているのである。

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JASRACという存在

権利を守る存在と言っているが…

権利と利権

JASRACが音楽教室で使われる楽曲に関しても著作権料を取るという話で話題になっている。JASRACは言うまでもなく作曲家等の著作権を守る為に存在する社団法人で、日本の著作権等管理事業法を根拠にして設立された存在である。
私も何度かこのJASRACに足を運び、権利料を支払うという手続きをしたことがあるのだが、私自身はこのJASRACで行っている権利保護の概念自体を疑問に感じている部分が多少なりあったりする。

そもそも著作権を守らなければならないというのは、とても大切な事であるという事は私も理解している。
だが、問題はその著作が今後の未来に対して業界を存続させるに足るような育成に値する場合、果たして本当に必要以上の著作権を主張してよいものか? という所に疑問を感じずにはいられない。
例えば、日本では以前よりコミケの存在をこの著作権の観点で見たときに疑問として浮上する事が多々ある。
二次創作という言葉の通り、既にある著作を利用した作品が作られるわけだが、そのオリジナルの著作権を侵害しているといえば確かにそうなのだが、この二次創作から新人の作家が生まれる事も多々あり、業界として人材を育成する土台になっている事実があったりする。
もちろん、それで法外な利益を得ていれば問題にもなるのだろうが、ココを必要以上に締め付けたりすると、そもそも新人育成が止まってしまい、業界そのものが廃れていくことになる。
よって、現時点ではコミケの二次創作は著作権侵害という言葉から現在はグレー扱いという状況を貫いている事実がある。
今回、JASRACが音楽教室で使われる楽曲に関して著作権料を徴収するという事は、この業界を今後背負っていくであろう音楽関係者の芽を摘むという事に等しいと私は思っている。
JASRACは自らの未来を切り落とそうとしているようにしか見えないのである。

二重取りの事実

しかも、今回の音楽教室からの徴収という問題に関しては、もう一つ問題があり、音楽教室で習う楽譜は、ほとんどの場合生徒側が購入するのだが、実はこの楽譜購入の金額の中には、既に著作権料が含まれていたりする。
つまり、その楽譜を使用して音楽教室で練習した場合、そこから使用楽曲として著作権料を支払うとなると、JASRAC側としては著作権料を二重取りする事になってしまう。果たしてコレは許される事なのだろうか?
さらに、今回の件でJASRAC側は変な発言をしている。
「音楽教室は教育の一環ではない」
このような発言をしているのである。音楽教室が教育でなくて何だというのだろうか?
この発言を真っ向から受け止めると、珠算教室や書道教室なども教育ではない、という事になる。
授業料を取っているからJASRACに著作権料を支払う必要がある、というのが恐らくJASRACが今回主張したいところなのだろうが、そもそも公衆に聞かせているわけでもないので、対象にもなりにくいハズなのだが、それでも今回このような手段に出てきた。
どう考えても言いがかりとしか思えないが、今までJASRACが裁判に出廷して負けた事がないだけに、今回の騒動は非常に厄介な問題といえる。

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何か…トラブル続き

昨年から持ち越している問題も含めて未解決が多い。

FaceRigのWebカメラ問題

昨年末、SteamでFaceRigとLive 2D Moduleを購入したが、起動はするものの結局手持ちのWebカメラ“Logicool C920”と連動できなくて使い物にならないというトラブルが発生した。
その問題は実はまだ未解決で、解決の糸口が見えてきていない。
いくつか、FaceRigの導入を説明しているサイト等を見ていろいろ試しているのだが、全く解決に繋がる状況が見えてこないため、半ば諦め気味になってしまっている。
もし使えなかったとしても、損金は大した問題ではないのだが、一番納得できないのは「Webカメラはちゃんと認識しているのに、FaceRigだけで使えていないのは何故か?」という事が分からない事である。
他のソフトがC920を占有している…という事だとしたら、一体何が占有しているというのか? 全く心当たりがないというのが解せない。
ただ、どうも最初に認識しているデバイスがMonsterX U3.0Rらしいので、毎回C920に切り替えるのだが、C920に設定した状態で設定ファイルが保存されないのか、また再起動するとデバイスがMonsterX U3.0Rに戻ってエラーを出してくる。
トラッキングできないだけが問題なのか、それとも何か別の問題がトラッキングさせないようにしているのか…。根本的に何かが間違っているとは思うのだが、現時点でそれが見えてこない。
実に困った問題である。
エラーとしては「could not capture graph」と表示されるのだが、これは要するに「グラフ(多分グラフィックの事だと思う)を取得できない」と言っているだけなので、原因特定に繋がる情報が得られているわけではない。
どういう意味でのエラーメッセージなのだろう?

とりあえず解決策を見つける為に、いろいろな事を試さないといけないのだが、道が見えないというのは何ともハードルの高い話である。

Word Press問題

今年1月3日に書いた記事の事で、昨年取得した新ドメイン“olympus.blue”のサイトを作るためにWord Pressをインストールしたが、インストールフォルダと公開フォルダを別にした設定でインストールした結果、何故かそこから基本からして変わってしまい、アクセス不能になってしまった。
レンタルサーバは本blogのangel-halo.comと共用の為、それがネックとなっている側面もあり、未だ難航中。
ただ、これは解決の糸口が見えていないわけではない。見えないが試行錯誤が必要で、その試行錯誤の結果、アクセス不能になる可能性がある事が大きな問題なのである。
一筋縄ではいかない、という意味においては、簡単そうで簡単ではない問題である。
というか、Word Pressってもっと簡単だと思ってたんだが…。

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謹賀新年2017

今年も行ってきた。

外気温-4度

新年、明けましておめでとうございます。
今年も本Blogサイトは私のテキトーなライフスタイルをただ垂れ流すというコンセプトでお届けしますので、そのつもりでお付き合い戴けますと幸いです。

さて、昨年からGoogle Analyticsで、訪問する人たちをリサーチしているのだが、ここ最近面白い傾向が出ていて、一日あたりのアクセス数として500件を下回る事が全くなくなった。
常に500件以上の来客数があり、その数はもちろん同じIPからのアクセスという事ではなく、個別IPからのアクセスである。
アクセスのほとんどが検索からのアクセスなので、時事ネタよりもアイテムレビュー的な記事にアクセスが集中するので、私としてはモノに特化した内容を心がけた方が良いのだろうとは思うのだが、物欲あれど無い袖は振れないというのが今の現状なので、今年も昨年同様、テキトーにつらつらと書き連ねていくことにする。

で、毎年恒例の初詣に行ってきた。
今年は昨年よりは出発の時間を遅らせ、現地に着いたのが5時30分過ぎという状況。
そこで1つ気付いたのが、境内の中がほとんど真っ暗になっていたという事。
毎年、4時くらいに冨士浅間神社に到着すると、少なくとも境内はライトアップされていて明るいのだが、5時を過ぎると真っ暗にしているのだろうか?
それとも今年からこうなったのか?
詳しい話はわからないが、結構足下が危うい状況だったため、来年は明るくなっているといいなと感じた。
というのも…外気温が-4度くらいなので、手水舎付近は足下が凍っているのである。これは非常に危険なので、そのアタリは配慮戴けると助かる人が多かろう。空が白んでくる…写真は参拝後で、この撮影の後に帰宅するというタイミングである。
この頃になると時刻は6:00を過ぎ、空も白んでくる。
今更だが…iPhone6 Plusの撮影でもこれくらいは撮れるんだな(爆)

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