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Category: 医療と病・介護

ふと考える恐怖

ホラーとかそういうのではないが、現実的に恐怖を感じる。

今私が倒れたら…

この三連休の間、いろいろ身の回りを再整理する時間が採れた。
母親が自宅に戻ってきて、介護生活が始まったはいいが、そこでいろんな問題が浮上し、必要なものが足りなかったり、必要だったものが間違っていたり、もっと便利なものでないとダメだったり、とそれこそ想定していた事との食い違いを是正しないといけない事が多数あった。
なので、この三連休はそうした食い違いの是正だったり、母親が戻ってきても大丈夫なように準備をしたり、という時間に費やした。
その結果として、一昨日の車の買い換えの話があったり、母親の急激な変化を思い出したりしたワケだが、ここにきてふと自分が考えていなかったそもそもの前提を気にすべきだという事に気がついた。
それは、私という存在が倒れるような事があった時の事である。
私一人なら、私が倒れても家の中の事はそう気にすることはない。単に時間が止まるだけの事である。
だが、介護が必要な母親がそこにいる、という事になると、話は別で、今の母親の介護生活は私という存在が確実に機能していて成立しているところがある。
しかも、そこにはバックアップがない。つまり、私が倒れるような事があると、母親の生活が成立しなくなるのである。
残念だが、私は五体満足ではあるものの、健康体かと言われたなら、声を大にしてそうだといえるほど、健康体ではない。
いや、むしろ不健康体だと言えるだろう。倒れる事はないかもしれないが、蜂窩織炎(実際にはその手前の状態だが)も発症するかもしれないし、肝臓や腎臓系の病気になる可能性も否定はできない。
そんな状態にありながら、母親の介護生活を円滑に行っていかなければならないと考えた時、私の中には恐怖以外ナニモノも出てこなかった。
介護の覚悟
今の介護保険で賄えている支援は、支援いただける限度額を使い切っている。これ以上は実費になる。その時、もし私が入院という事になったなら、どうすれば良いのだろうか?

解決策は見えない

実際問題、私が倒れたとしたら、ケアマネージャーと相談してどんな対応策があるかを話し合う必要がある。
当然だが、知らない事には対応はできないので、まだまだ調べる必要はあるが、私のように被介護者が一人しかおらず、介護生活を送っていて被介護者が介護できなくなるなんてケースは他にもあるはずである。
預貯金があれば切り抜ける事は簡単だが、そうでない家庭は前にも後ろにも進めなくなる。だからそうした家庭の為に何か方法があるハズではないか? と思っている。
まぁ…実際の所はどうなのかはわからないが。
とりあえず、まずは自分の健康管理は今まで以上に考えないとダメだな、という事は間違いない。そこに留意しつつ、何かしらの支援がないか、探っていこうと思う。

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人生の変化

ふと、iPhoneに保存していた写真を見ていて、気がついた。

激変した人生

今日、ふとiPhoneに撮りためている写真を見返すという事をした。
別にいつも見返す事などないのだが、いらない写真が数点入っているのに気づいて、それを削除しようとしたところ、iPhoneのアルバムに保存していた写真は日付で分類されていたので、ふと、過去に撮影した写真が気になって振り返るなんて事をした。
2021年12月のフォルダに、母親が手書きで書いたメモの写真が入っていた。
この時は、不自由ではあったものの、歩く事そのものもまだ出来ていたし、自分で買ってきて欲しいものをメモに手書きで書いて、私に手渡すなんて事をしていた証拠が、まさしくこの写真だった。
この写真を見て、私はふと思った。
激動の人生へと進む何という生活の変化、私の人生の変化だろうか、と。
半年ちょっと前は、母親は自分で歩くこともできていたし、手書きでメモを自分で書くこともできていた。
だが今はどうか?
歩く事もままならず、自分で文字を書く事はできたとしても、書く体勢をとる事もできなくなってしまった。
実際、文字を書こうと思っても、おそらく上手く書く事もできなくなっているだろう。最近は必要書類に署名をする時も、代理人として私が書いている始末である。
いつ頃からこんな事になったのか、思い出してみる。
すると、今のような状態になった最大のターニングポイントは、2月28日の入院である事がわかる。
全てはこの入院から始まった。

軽い脳梗塞から始まった

当Blogの2022年2月28日の記事にもその事を書いたが、この日、定期通院で内科にかかった際、母親が右手に力が入らない、と医師に伝え、医師がその違和感からMRIを撮ろうと言った。結果、軽い脳梗塞が見つかり、即時入院が決まった。
呂律が回らないなんて事はほとんどなかったが、何を言いたいのか判らなくなるなんて事があったため、脳梗塞の気配が以前からちょっとずつ出ていた事は間違いが無いのだろう。
その後、4月6日に母親は退院してきたが、その時には要介護1の区分で介護保険を申請した後だった。まだこの時には伝え歩きは出来ていたので、自分で歩こうと思えば歩けた時である。
ただ…この時、私は知らなかったのである。母親は今回の入院の時、病院の風呂場で尻餅をついていて、恐らくはこの尻餅が原因で圧迫骨折が出た…もしくは以前から圧迫骨折をしていたが、ここでそれが加速した、と考えられる。
というのも、退院後の4月21日に腰がどうしても痛いと言いだし、整形外科に通院したら脊椎圧迫骨折と診断された
この診断から、結構大きいコルセットを着ける事を余儀なくされ、そのコルセットを着ける事によって、体の各所に痛みを訴えるようになった。
その痛みが内側からか、あるいは外側からかはわからないが、極度に痛みが酷くなり、5月10日に母親は救急搬送となり、そのまま原因がわからない事で精密検査をするという事でまた入院となった。だが、まだこの時は歩く事はできていたのである。

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母、再入院

先週退院してきたばかりだというのに…。

昨晩から腹痛を訴える

母親が再び入院となった。
昨晩、私が仕事から帰ってきた時から、様子が変だった。
排泄物をデイサービスで排出する為に、薬剤を注入して対処するハズだったのだが、デイサービスでその薬剤注入をしなかったのが原因である。
といっても、デイサービスの担当者が悪いわけではない。
母親は、デイサービスに出かけた後、どうも自力で幾分か排出したらしく、それを見た担当者が薬剤注入は不要、と判断したようだ。
だが、実際は自力で排出した量が極端に少なく、腹部に相当量残っていたようで、それが腹部を圧迫、腹痛を引き起こしたと考えられる。
なので、この薬剤注入をして排出してしまえば腹痛は治まる…ぐらいに、私も母親も考えていたのだが、この薬剤注入、医療行為なので家族はできるが他人は医療関係者でないと出来ないとの事。
私ならできるのだが、私がそんな技術を持ち合わせているワケもなく、翌朝、耐えられなくなった母親は救急搬送されるという事となった。
救急搬送された先は、先日まで入院していた病院で、入院していた時の情報はすべて存在している事から、排出が上手くできないという今日の救急搬送があった事で、医師は再び入院して排泄できない原因と対策をすべきと判断、そのまま入院となったワケである。
医療費で頭を抱える日が来るとは…
母親からしてみれば、薬剤注入してくれれば、そのまま家に帰れると思っていたようだが、医師からすれば救急搬送されるぐらいの話なので、もっと詳細な調査が必要、と判断したわけである。

再入院

というわけで、本日は朝から再入院手続きとなった。
正直…予算的に苦しいと言わざるを得ない。生活をここまで圧迫された事は未だかつて無かった事だが、だからといって入院させないという分けにもいかない。
とりあえず、介護サービスの各所に連絡をする為、ケアマネージャに連絡して調整を取って貰いつつ、生命保険の担当者に入院保険手続きの話をして、保険が下りるかの確認を取った。
保険に関しては、まず前回の入院保険の手続きが終わっていない事から、まずそちらから手を付けましょうという事で、今回のものについてはまだ未定という状態。
介護に関してはケアマネージャが関係各所に連絡を入れて一度ストップしてもらう手筈を執った。
正直、こんなに慌ただしい日々を連続で送るというのも珍しい。
受け入れたかと思ったら再び入院で、受け入れた後の生活にちょっと慣れていかなきゃと思ったら、再び一人の生活に逆戻りである。
しかも、生活費含めた支出がハッキリしないまま、もう数ヶ月が経過していて、収入に対しての支出が追いついているのかという事も、不明瞭なまま来ている。
今の所一定の貯蓄があるため、入院費を支払って入院保険が入ってこなくても何とかなっているが、それがいつまで続くかはわからない。
財政不明瞭という状態を続けている事にも、私の精神的ストレスは強くなる一方である。

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慣れるまでは…

自宅介護3日目。いつもと異なる生活に戸惑うばかり。

ルーチン化するまでは

母親が自宅に戻り、介護生活が始まって3日目。
まだまだ慣れない生活の中で、アレを忘れた、コレを忘れた、などとやるべき事をいくつか忘れていたり、また近々訪れるデイサービスの準備をしたりと、今までやってこなかった事の連続が、私の生活の中に入り込んできた。
自分一人の生活ならば、何かを忘れたとしても取り返しが付くが、自分の事が不満足な母親の事となると、一つ忘れると結構大きく響いてきたりして始末が悪い。
特に一番問題なのは、薬を飲ませるのを忘れた時。
薬関係が実にヤバイ
というか、気がつくと「アレ、薬のんだっけ?」と飲ませたのかまだ飲ませてないのかを忘れてしまう事がある。これが一番危険。
飲ませてないのはマズイし、かといって飲ませたとしてそれを忘れ、飲ませていないからと思い込んで飲ませてしまうと、2回分を飲ませる事に。
しかも本人は言われるがままに薬を飲んでいるので、飲んだのかどうか曖昧な記憶の中にいる。
これは非常に危険かつ、私自身でやらかすと大きなミスになる部分だと見えてきた。
なので、薬を飲ませたかどうかを確認できる何か良い方法を考えるしかないかな、と考えている。
これらも全て、私の生活としてルーチン化していかないと、私自身が疲れ果ててしまうので、やるべき事を整理しつつ、忘れないという良い方法を考えるしかない。
自分の事だったなら…と介護の難しさを改めて感じる。

とにかく痛みがなければ…

疼痛の話は先日もしたが、これが実に厄介。
本人が眠ってしまえばそんな事もないのだが、眠るまでは疼痛と闘っている事もあって、精神的に削られる事が続く。
痛みを我慢しているのだが、その我慢している事にイライラしてきて、精神が落ち着かない。落ち着かないから寝られない、の悪循環である。
せめて圧迫骨折の痛みが解消されてくれれば、寝たきりでも本人も落ち着いていられるのだが、痛みがあるとどうしてもその痛みを我慢しているウチにいろいろ考えてしまい、精神を削る。
私自身がパニック障害のような症状を経験しているし、時にそういう事もあるから、この精神的に削られる辛さをよく知っている事が、この介護でもっとも辛い部分である。
それが毎晩来るのである。
時に眠れない母親の横でずっと痛みのある部分をさすったり、刺激を与える事で痛みを散らしたりする必要があるので、私の睡眠時間はどんどんと削られ、私自身の生活にも支障が出てくるのが見えてきた。
このまま続くと、母親だけでなく私も潰れかねない。
整形外科の医師には、なんとかよく眠れる薬を出して貰うなり、痛みをなくすなりの方法を見出してもらいたいところである。

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介護の本当の辛さ

ある意味、これが一番辛いのかも知れない。

疼痛

土曜日から自宅介護が始まり、今まで準備してきたものが実際に使われ、計画してきた介護が始まったわけだが、始まったら始まったで、足りなかったものや行き届いていない事が見えてくる。
そうした足りない事に関して、それが物理的なものであるならば用意してやれば良いし、人が動く介護であるなら、それをヘルパーさんにお願いしたりして対応すれば良い。
このように笑っていられれば良いが…だが、まさに予想していなかった痛みを感じる事などに出会った時、それをどうする事もできないというもどかしさ、辛さが見えてくる。
というのは、今母親は脊椎を圧迫骨折していて、ちょうど腰骨が崩れている状態にある。これは骨粗鬆症のような骨密度が低い人が脊椎などに衝撃を受けて腰骨が崩れて起きる骨折だが、時として腰椎を通っている神経を圧迫したりして、痛みやしびれを起こすことがある。
その神経の圧迫を起こさない為にコルセットなどで固定するのだが、コルセットをしていると今度はコルセットが当たって皮膚に痛みを覚えることがあり、場合によってコルセットを着けていられない、なんて事が起きる。
ウチの母親の場合、そのコルセットを今現在着けていられないような状況にあり、外している事が多いのだが、当然それだと崩れた腰椎が刺激で動く事になるので、痛みが出てくる。
当人曰く、鈍痛が常にあるらしいが、これがずっと続くと想像してもらいたい。歯の痛みは刺さるような痛みがある事が多いが、ビリッとする痛みのない、ジリジリと刺激してくるような痛みがずっと続いていると考えればわかりやすいだろうか?
私は尿管結石の痛みを知っているが、あれもものすごい鈍痛で、酷い時には歩けなくなるのだが、そうした痛みが今の母親をずっと蝕んでいるのである。
医学ではこうした痛みの事を疼痛と言うが、薬によってその痛みを緩和させる事はできるものの、完全に痛みを抑えることができない場合は、その痛みをずっと感じ続ける事になる。
これが我慢できるレベルであれば、ストレスは感じるかも知れないが、まだマシな方である。もし我慢できるレベルを超えてしまった時、人はじっとしていられなくなるのである。
そしてそのストレスが一定の限度を超えた時、今度はイライラするような感情的な変化が現れ、気が狂いそうになる。
パニック障害もそうだが、精神が侵食されると、これはもう抑える事のできない衝動になってくるので、ココロの中では「頼むから気絶させてくれ」とか、酷い時には「頼むから殺してくれ」とさえ思うようになる。
その痛みとココロの衝動が理解出来た時、家族であればこれほど耐えがたい辛さはないと言える。

せめて痛みだけでも…

この圧迫骨折に関しては、整形外科を今後通院するしかないと言われていて、今週の火曜日に受診する予定なのだが、介護をしていく上で、この圧迫骨折と向き合っていく事が今はとても重要なポイントだと思っている。
崩れてしまっている腰椎を外科的手術で治療する方法もあるとの事だが、手術をしたからといって確実に直るという保証もなく、まして麻痺している脚が治る可能性はとても低いと言わざるを得ない。
ただ、私はこの痛みを感じているという部分がもし解消される可能性が少しでもあるならば、手術をする方向で考えたいと今は思っている。
自分がパニック障害の時に感じる、マトモではいられない衝動というものを知っているだけに、母親のこの疼痛からくる耐え難き痛みからの精神的苦痛を何とかしてやりたい、と願わずにはいられないのである。
痛みは他人には伝わらない。
一番の問題はそこで、代わってあげられるものでもない。
だからこそツライのである。
この痛みをどうにかする事ができるなら、手術費用とかそういう事は後で考えて、まずはその可能性にすがりたい。私は真剣にそう思っている。

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自宅介護、始まる

母親が本日退院してきた。そして自宅に戻ってきた時から介護という戦いが始まった。

思った以上に困難

本日、母親が退院となった。これは前から予定されていた事なので、予定通りと言えるのだが、退院に際し、母親の容体が考えていた以上に良くない、という事実にぶつかり、考えていた事よりずっと困難がついて回るという事実にぶつかった。
まず病院から出て車に乗るという事。
念の為に介護タクシーを頼んでいたのが大正解だった。
車椅子から、私の自宅の車であるN-Boxの助手席、もしくは後部座席に乗せるには、座面が高すぎて恐らく乗せる事ができない、という事が見えた。
つまり、今後の介護において、通院など外出する時は、私が車を買い替えない限りは介護タクシーを頼むしかない、という事である。
介護タクシーで自宅まで戻ってきた後、昨日部屋に入れた介護ベッドまで車椅子で向かう事になるのだが、L字バーの向きが逆向きで、ストレートに車椅子で横付けできないという事も見えた。
というか、これは実の所最初からわかっていた事なのだが、母親が自分で起き上がれる向きが決まっている関係から、どうしてもこの向きにせざるを得ないという事が、顕著に問題に直結したわけである。
解決策は2つ。
一つは車椅子をベッド横に入れる前に180度ターンさせ、バックでベッド横まで持ってきて、そこで車椅子からベッドへと移るという方法。
そしてもう一つは介護ベッドそのものの向きを逆にして、配置も部屋の逆側に持っていくという方法。
前者は今の配置のままなので、ある意味理想的だが、ヘルパーさんやデイサービスの送り迎えの人からすると、後者の方が楽になる。
ケアマネージャーはさっそくと後者を実施する方向で話を纏めはじめたので、現時点では後者を実施する話で進んでいるが、明日一日私が自宅介護をした結果で、後者をキャンセル、前者の対応をお願いするかもしれない。
後者だと、私がもう居間で何かする事ができなくなってしまう状況になってしまうので、母親もそれを嫌っているし、私も正直生活的に困るという事もある。
なので、もう前者の対応をお願いするしかないだろう、と今の段階では考えている。
その為には、家の中をもっと整理して広くする必要はあるのだが。

ヘルパーさん

本日も来てくれたのだが、ヘルパーさんが毎日90分、家に来て世話をしてくれる事になっている。
お昼時に来て、母親の昼食の面倒を見てくれる他、自宅の掃除や身の回りの世話などをしてくれる事になっていて、しかも食材を用意してあれば、食事も作り置きしてくれるという。これは日常生活が破綻している私からすると、とても有りがたい話である。
問題はその食材として何を準備しておけばよいかという事だが、母親が食べられそうなものを作ってくれるとの事なので、それに合わせた材料のメモも書いてくれた。
なので、そのメモに合わせて食材を購入してくるコトになる。ま、それで食費がある程度抑制できるなら安いものである。
このヘルパーさんのおかげで、母親の介護の大部分はお任せという形になるのだが、もちろん私自身がいろいろと世話をする事もあり、慣れていない今の段階では結構な重労働だという事が判ってきた。
介護の覚悟しかも、自分の事も当然しなければならないわけだから、その労力はまさに2倍以上である。
厄介なのは、背骨が圧迫骨折しているという事から、座っている状態でも痛みを感じているという事。これによって食事もちゃんと座った形で取れないので、自分で座って食べるという事が困難だと判明した。なので、食事も食べさせるという事が必要で、昼食はヘルパーさんにお願いできるとしても、朝食と夕食は私が食べさせる必要が出てきた。
せめて痛みさえなければ、なんとか自分で食事する事もできるだろうが、この痛みがなくなるまでまだ半年はおそらくかかるだろうと思われるため、今はとにかく私の労力がとても大きい状態と言える。

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介護ベッドがやってきた

落ち着かない日々が続いたが、ようやく入れるべきモノが入った。

思ったよりコンパクト

昨日の記事で、未だ介護保険の区分変更後の保険証が手元に届いていない話をしたが、その新たな保険証で減額される対象となる介護ベッドが自宅にようやく入った。
2モーターの介護ベッドで、大きさは小さい横幅87cmタイプというもの。長辺の長さも最大2mと聞いていたが、実際調整が出来るとの事で、現時点で190cm以下ぐらいに縮める事ができた。
これによって、当初自分が考えていた設置面積よりも小さい面積で置く事が出来た。
というか、感覚的にもっと大きいものを想像していた事もあって、生活に大きな支障がでるのでは? と思っていたが、全然余裕がある事が判明した。
掛け布団を出す前の形これで精神的な焦りの一つが消えたと言える。
ただ、実際にここで母親が横になると、テレビの位置が逆方向なのでそこで問題が出るかも知れない。
こればっかりは実際に使ってみての判断でしかないし、使ってみて都合が悪ければテレビの方を何とかするしかないかもしれない。
…実際にはどうにもならないかもしれないが。
テーブルも片側のみ脚のあるタイプで、もっと不安定なものかと思ったが、想像よりずっとしっかりしていたし、L字バー(画像下部に見えている樹脂製の開き扉柵)を取り付けても運用上問題がない事も確認できた。
実際にはこのベッド横に車椅子を横付けする必要があるのだが、その車椅子が入るだけのスペースも狭いながら確保できた。なのでベッド横で介助者が介助しながら車椅子へ移動させる事もできるだろう。

実はマットも…

で、この画像からは見えないのだが、このベッドに使っているマットは、実はエアマットで常に通電させている機器が取り付いたマットになっている。
空気圧を常に管理していて、その空気圧の調整で硬くしたり柔らかくしたりできる。実際の運用ではあまり操作する必要はないとは思う。
では何故こんな調整ができるようになっているかというと、一点に体重がかかる時、例えばベッドサイドに座っている時などは、マットそのものは硬めにしておいた方が次の動作に移るのに楽との事で、そうした機能があるとの事。まぁ…私自身が触る事はないかもしれない。
ベッド設置時に「試しに横になってみてください」と言われたので、私も実際に使ってみたのだが、背もたれが上がって座る形にもできるし、ベッド全体を上下させたりでき、しかもマットの空気圧も丁度良い感じなので、逆に私が使いたいわ、と真剣に思ったぐらいである。
あとは…前述したテレビの問題が上手く解決してくれれば何も言うことはないのだが…。
このベッドで横になったらテレビ見られないだろうか?
L字バーが邪魔になって見えないという事になるか、あとは角度的な問題がでるのか、こればっかりは本人が試すしかない。

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焦る気持ちで落ち着かない

今週末に母親が退院してくるが、未だ準備は終わっていない。

届かぬ介護保険証

4月に母親は介護保険証を一度貰っている。
その時は「要介護1」の区分で市役所の担当者が調査にきて、その結果からこの区分になった。そしてその判定が出た段階で、介護保険証も自宅に届いたのだが、その1ヶ月後、状況は一変、母親の必要な介護状況はより深刻になり、区分変更を申請した。
その区分変更の為の調査は先月終わっているのだが、実は未だ区分変更された後の介護保険証が手元に届いていない。
届かないしかし、それでも母親の退院は近づくわけで、自宅に戻ってくる受入準備をしなければならない。つまり見切り発進で準備を進め、後から介護保険証が届いた時に、遡って適用する…そういう事のようである。
正直、私の性分には合わない処理のされ方であるが、行政から保険証が届かない以上、受け入れるしかない。
というわけで、ケアマネージャーと相談しながら、自宅に戻ってくる母親の介護プランを組立てている。
毎日ヘルパーさんに来てもらい、ケアをお願いするだけでなく、週に2回、デイサービスを頼み、入浴などをお願いする事になる。
問題は食事で、これはヘルパーさんにある程度補助してもらう事ができるようなので、今後どのように準備するかなどを相談する事になる。
最悪、仕出しのような形で食事を準備する事も考えねばならないかもしれない。
とりあえずはしばらく、母親が自宅に戻ってきてから試行錯誤の生活が続くことになるだろう。
その結果、一月あたりに必要な金額が見えてくるはずで、そこで収支バランスが悪いようなら、どのようにして生活を変えるかを考えていくことになる。

消耗品も増える

ただ、このように介護保険で対応できる事はまだやりようがあるが、そうでないものも存在する。
アメニティ周りの消耗品などは、結局ドラッグストアで購入してくるしかなく、それらは保険適用のない買い物になる。
これらは継続してずっと消耗し続けるものなので、これらが最終的にどれぐらいの金銭的負荷になるかは未だ以て未知数である。
このような未知数なものがどれだけ出てくるかも分からない状況なので、最終的に1ヶ月に必要な金額も未知数である。
これが介護というものか、と最近になって思うようになった。
おそらく、実際に母親が退院してきて、自宅で介護をはじめれば、もっと様相が変わってくるだろうと思う。
とりあえず…生活が破綻しなければよいがと思っているが、まずはやってみる、というところからはじめるしかない。

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退院する母親を受け入れるため

来週母親が戻ってくるが、介護の関係で受け入れるには準備が必要である。

車椅子を引き込むために

昨日のBlog記事にも書いたが、要介護の母が退院してくる事となり、家の中に介護ベッドを入れる必要が出た。そのベッドの置き場所の確保も問題だが、それ以上に問題なのは、車椅子を玄関へ通し、かつ介護ベッドまで車椅子で移動させるという事である。
幸いにして、母親の介護ベッドを置く部屋が玄関からすぐ近いという事もあって、玄関からその部屋に入るまでの所に動線を確保すれば良いだけであるが、我が家はとても狭く、また荷物が多いので、今のままだと玄関を過ぎたところでタンスにぶつかって部屋に入れない、という状況だった。
そこで、タンスを廃棄する事でその動線を一気に確保しよう、と本日の朝、急に思い立って行動に移した。
どうせ何れやらねばならない事である。大変ではあるが、タンスとタンス周りの荷物を整理して、不要なモノは廃棄して片付けるしかない。
というワケで、早速自治体のゴミ処理場の受入状況を確認した。
先に言っておくと、家具などは粗大ゴミになるので、大凡のところではゴミ出しで済むレベルの話ではない。ほとんどの場合、自治体のゴミ処理場へ持ち込み、そこで処分してもらうという手段を執る事になる。
で、私の住んでいる自治体を調べて見たら、令和4年の4月1日から、土曜日も毎週粗大ゴミ等を午後4時まで受け付けるように変わっていた。何という僥倖。
というわけで、早速粗大ゴミ、不燃ゴミ、可燃ゴミと分けて、タンスやタンスの周り、そしてタンスの中身の掃除を開始した。

捨て方が分からない

タンスの中身は私の過去の仕事で使っていた服や母親の服などが中心だった。これらは燃えるゴミなので可燃ゴミとして指定の袋に詰めた。
そしてタンスの上などに陶器の置物やガラスの置物など多数あったので、これらは不燃ゴミとして指定の袋に詰める。これがやたら重いのが問題で、小分けにしつつ袋の数を増やしていく。
大掃除という程ではないが…
そしてふと私の作業が止まる。
ガラスケースに入った日本人形(といってもホラー映画に出てくる様な女の子の人形というわけではない)なのだが、ガラスは不燃ゴミになるし、ケース枠は木製だし、人形そのものはどうも木製のようであった。
細かくバラす事ができれば分けようと思えば分けられるが、どう扱っていいかがわからない。というワケで、このガラスケースの置物はそのまま処分場に持っていく事にした。
そしてタンスを空っぽにした後、棚とタンス本体をワケで外に出し、車に積み込んだ。タンスの背が低いので、私の車にも乗せる事が出来たが、本来ならタンスだけで一度運び、その他のゴミでもう一回処分場に行く必要があったかも知れない。ただ、今回は背の低いタンスだったので、何とか一度に詰め込み、運ぶ事が出来そうだった。
自治体の処分場は、車で15分ほどの場所にあるのだが、自治体に住所がある人であれば、無料で持ち込みする事ができる。入口で身分証を見せて、名前と住所を記名、そのまま管理番号札を貰って、車ごと処分場に入っていく。
入った所で可燃ゴミとタンス(粗大ゴミ)を下ろし、そのまま奥へと案内され、不燃ゴミを作業者にお願いした。何も疑わず、ガラスケースの置物も受取ってくれ、そのまま不燃ゴミのところで処理してくれた様である。おそらく後で木枠だけ可燃ゴミに回すのかもしれない。
あまり自分で悩む事は得策でないかもしれない。分からなければとりあえずそのまま持っていって要相談である。ま、それも量に寄りけりだと思うが。

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自宅が狭い…

母の自宅介護を決めたは良いが、自宅が狭くていろいろな問題が発生している。

介護器具

昨日、母親の退院日が決まり、実際に自宅に受け入れる話を進めたのだが、その上で必要になってくるのは自宅で介護する為に必要器具を導入する、という事である。
少なくとも、介護用のベッドは必要だし、歩く事ができないので車椅子も必要になる。
介護ベッドといっても、普通にベッドがあればそれで良いという事ではなく、そのベッドには介護用の手すりが必要になったり、あとはベッドの上で必要になるテーブルなどもある。
また車椅子にしても自走用と介護用があり、所謂車輪に手すりが付いているタイプは自走用だが、介護用はその手すりがないものになる。
こうした器具は月額のレンタルになるのだが、介護保険で賄う分にはレンタル料は恐ろしく安い。たとえば介護用のベッドにしても、月数百円で借りられる。車椅子も月にワンコインかからないぐらいである。
ただ、費用は安くても問題はその家の中に入れるという問題の方が大きい。
たとえば、介護用ベッドは長辺2m、短辺1m。高さにして60cmくらいの大きさを部屋の中に入れる事を想定しないといけない。しかも介護用ベッドはモーターを搭載していて、ベッドが電動で上下する。これは介護するヘルパーさんたちの体の負担にならないように、というのと、要介護者が食事をしたりする時に背中の背もたれ部分が起き上がるようになっているためだ。この動く部分の数によって2モーターだったり3モーターだったりする。3モーターならさらに膝部分が持ち上がる駆動が追加される。
電動で動くベッド…これが介護用でなければ金持ちの象徴みたいな話なのだが…大凡、金額的に見て2モーターの介護ベッドが標準になるのだが、それでも先程の大きさのものを部屋の中に入れる事を考えねばならない。
自宅が狭いウチの環境で、その場所を確保する事の難しさは、かなり問題である。

さらに車椅子

そしてもう一つ大きな問題は車椅子である。
ウチは玄関の幅がとても狭く、全開にしても幅55cmほどしか開かない。
車椅子の幅がこれよりも広いとその時点でアウトになる。
車椅子は介助用のものを選択したので、50cm未満の横幅に収まったが、結局玄関ドアの幅とは片側2.5cm+αしか余裕がないため、実際にやってみないとわからないレベルである。
また、問題は介護ベッドから玄関までの動線の確保ができるか? という問題がある。
幸い、ウチは玄関から自宅床の高さが高くないので、外から中に入る際のスロープの問題はないと言えるのだが、問題は家の中に入った後、そこから車椅子をベッド近くまで持っていく、という部分にある。
ウチはとにかく狭いので生活の荷物も多い。部分的に家具を廃棄しないと、この動線を確保する事が出来ない事が判明した。
あと10日もすれば戻ってくるのに、いきなり家具まで整理して出せ、というのは流石に難しい話である。
この辺りは一度ケアマネージャと相談し、しばらくの間は自宅内での車椅子の運用は無理、という話をするしかないかもしれない。
というわけで、この家具整理もどこかでやらないといけない。
こういう問題は一人になった時に突然やってくるので、気付いた時には一人で解決するしかなくなっている事が問題だ。
予め、家族が要介護になるかもしれない…なんて考えて生活している人はいないだろうから、その為に準備をしている、という人も少なかろう。
問題は私のように結婚していない人の場合、親が突然要介護になった時には、その受入準備は自分一人でやるしかない、という事である。

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母、退院日決まる

退院のためのカンファレンスが行われた。

2ヶ月の入院

本日、母親の退院に向けたカンファレンスが行われた。
普通の健常者が退院する時はこのようなカンファレンスはあまり行われる事はないが、介護を必要とするような人だと、退院後の生活を送るための説明などが必要になるため、病院側からは担当看護師やリハビリ担当理学療法士や食事担当栄養士、退院後の介護関係者としてケアマネージャ、ヘルパー事業者、介護器具事業者などを交えて、情報交換を行う。
このカンファレンスには当然関係者である私、当人である母親も入るわけだが、そこで細かい説明と対応を打ち合わせるわけである。
正直、このカンファレンスで語られた事は、少なからず私に衝撃を与えた。
というのは、明らかにに入院前よりも母親の症状がよくない方向に向かっていたからである。
まず歩けなくなっている。これは体力や筋力の低下が原因というのもあるが、圧迫骨折の状況から脊椎に何かしらの変化があって、右足首に麻痺が発生し、右足で地面を蹴る事ができなくなった事が原因である。
そして泌尿器系の機能低下。排尿の為にカテーテルを入れて生活する事がもう当たり前になってしまっていた。これにより月1回は挿管交換のため通院もしくは訪問看護を受ける必要がある。
さらに排便にも問題があり、これも浣腸が必須。これも医療行為なので、それが出来る人を介護に入れる必要がある。
介護の覚悟これらの事を総合して、自宅に戻ってきた時の介護器具の準備と人の手配、あと私の覚悟をしなければならない。
介護という事は、つまりはこういうことだと知る事になる。

介護保険

こういった介護を今後行っていく上で、絶対的に必要なのは介護保険である。
人やモノがこれだけ動くとなると、一体どれだけの金額が必要になるのか、普通に考えてもわかる話である。
今までも介護保険は受けていたが、その時の区分は要介護1という区分だった。だが、歩けなくなり、その他の症状から検討した結果、低く見積もっても要介護3、普通に考えれば要介護4ぐらいだろう、とケアマネージャからは言われた。
自治体によって少し内容は変わると思うが、私の住んでいるところでは、要介護4で30万円ぐらいの介護保険枠になるという。つまり、月に3万円負担という事になる。但し、これは介護保険が使えるものに対して、という事。
これに介護保険で賄えないもの、つまりは消耗品であるとか食事などの費用が加算され、月にいくら必要になるかが決まる。
要介護3だとこの枠がもっと小さくなるため、そもそもヘルパーさんを入れる日数を減らしたりといった事になるのだが、今の段階だとほぼ毎日来て貰わないとマズイ状況なので、おそらくは要介護4だろう、と見ている。こればっかりは役所からの通達を待たないとわからない。…というか、未だにその通達が来ないんだが?

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預金が減り続ける恐怖

母親が現在も入院中で、その費用ばかりが嵩んでいく…。

持ちこたえられるか?

5月10日に入院となった母親は、今現在もまだ入院中である。
その約一ヶ月前である4月6日に退院してきての再入院なので、実に落ち着きのない預金口座の入出金となっている。
というのも、入院費は母親の高齢受給者証で減額された金額が入院費として請求されるが、その入院費を補助するために民間の保険を活用していると、それらの保険補助を受けるためには支払った領収書が必要なので、少なくとも一度は請求された金額を支払う必要がある。
だから通帳の入出金は派手にお金が動き回っている事が一目瞭然。
しかも入院費以外のアメニティに係った票は別請求で来るので、そちらもQRコード決済の請求書払いなどで払っていれば、QRコードに紐付けたクレジットカードから請求されるし、兎にも角にもそれなりの額が動き回った口座取引を見るハメになる。
それが一ヶ月の間を置いて、再び発生するのである。
入念に支出などを書き留めれば自分の一ヶ月の必要経費がどれだけかはハッキリわかるが、ざっくりと頭で計算していると、こういう入出金が派手に行われているときは、その必要経費が実に見えにくい。
マイナスに陥っている可能性もありつつも、今はとにかく安定した状況になるのを待つしか無い、といった感じである。
ただ、ここにきて不安もある。
先日、5月10日から6月15日までの入院費を支払ってきた。その額16万円超という価格で、この額が一気に口座から消えた。また、この期間に必要としたアメニティ費用として25,000円も追加で支払った。
おそらく母親は7月上旬までは入院しているハズなので、あと1回、同じぐらいの額の請求が来るはずである。それまでは民間の保険補助が入金されない状態になるので、預金口座かに実に心許ない状況である。
…アメニティの支払いも追加されれば、さらに引かれるワケだが。

介護という現実と向き合う

実の所、まだ母親の介護保険の区分は明確になったわけではない。だが、病院側からは母親はもう歩けないという話を聞いていて、ベッドに寝たきりになる事は確定していた事から、介護保険の区分変更申請をするようにと言われていた。
要介護1という区分から変更という事で、病院側からは市の福祉課へ連絡がされていて、区分変更の申請はすぐに通り、既に市の職員が要介護者である母親の調査を実施した事も知っているが、具体的に区分がどれだけになったのか、明確には知らないのである。
ところが、介護を請け負う事業者のところには、大凡の区分は既に連絡されていたようで、そのケアマネージャーから、要介護4になるだろう、という話が市から出ているという話を聞いた。
要介護4となると、もう結構な重度である。
このように笑っていられれば良いが…
要介護者の介護と見守りなどを考えると、普通なら仕事などできる状態ではない。だが、それを介護保険を使って訪問看護師を依頼して介護してもらうという方向に持っていき、被介護者の生活を守る、というのが介護保険の一つの側面になる。
要介護4となると、大凡月に30万円くらいの介護保険料を得られ、その1割、つまり3万円が被介護者の負担となる。
ただ、介護保険が使えるものにしかこの金額は適用されないので、例えば要介護者の食事を私が用意できなければ、その食事に関しては介護保険の範囲外の話になる。
なので、私のザックリとした試算では、介護に必要な費用は月額7万円くらいにはなるだろう、と予測している。
コレ、なんとか月額5万円くらいにならないだろうか? と考えているのだが、この辺りはケアマネージャーと相談しながら、どのような介護プランにすれば良いのか等を検討して結論を出すしかない。
介護という現実を受け止めた時、自分がまず耐えられるのか、そして真っ正面からどのように向き合うのかが試される。
なので、稼ぎは大きい事に越した事はない。それがしみじみわかる話である。

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