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Tagged: 介護

再・進まぬFF14

時間が限られる私にとってFF14の今のシステムは結構厳しい。

またしても壁になるIL

最近、FF14の進行が遅れがちである。
現在はパッチ6.xが進行中で、最新は6.4になるわけだが、これら大型アップデートのその後のパッチアップデートの進行ですら遅れる状況になってしまっているのは、偏にぷれいじかんが捻出できない事が理由でもある。
現在、パッチ6.1以降、小規模なパッチアップデートが繰り返されてきているが、それぞれのパッチのラストに待ち構えているインスタンスダンジョンや討滅戦などに仕掛けられているのがアイテムレペルである。
このアイテムレベルが一定のノベルに達していないと、コンテンツファインダーにて人を募集する事もできず、そのパッチのメインクエストすら進められなくなる。
今回、パッチ6.4が来たコトで、第13世界の行く末に一定の結末を迎える事になるだろうが、その最終戦とも言えるゴルベーザとの戦いに関して、アイテムレベルが足りずに最後の討滅戦に入れないという事態に陥った。
ま、この辺りは予想はしていたのだが、最近は介護でまとまった時間が採れない事からフェイスによる幻体の育成もままらなない状態になっていたので、最新のダンジョン攻略の為には、コンテンツファインダーにて他人とパーティを組んで攻略するしかない。幻体がLv.90まで成長していればフェイスにて攻略する事もできるが、残念ながらまだ私は固定NPCの幻体の育成が終わっていないのでそれができない。
というか、まず幻体の育成にも時間がかかり、それも時間がないから出来ない状態で、幻体が育たないから他人とコンテンツファインダーでパーティを組めば良いが、それだと攻略中に介護で呼び出されたりするとパーティメンバーに迷惑をかけてしまうので、迂闊にパーティを組む事ができないし…と八方塞がりになってしまう。
何をするにしても時間が足りない要介護者を抱えている者は、とにかくに時間がなかなか取れないし、仮に取れたとしてもその途中で要介護者から呼び出されるリスクから、とにかくダンジョン攻略がままならない。
そうなると…アイテムの入手が滞るので、ILで制限されると途端に進まなくなるのである。
ま、この問題は既にILが原因というより、私のゲームをプレイする環境にこそ問題があるという話でしかないのだが。

ギャザクラ問題

そしてもう一つ、FF14をプレイする段階で困っているのがギャザクラ問題である。
正直、蒼天街の頃もまともにプレイできていないので、ギャザクラ職のレベルアップに苦慮しているのは昔から変わらない。
一応クラウターに関して言えば、友好部族のクエストでレベルを上げる事ができたので、全てをLv.90にする事はできたが、そこから先が進めない。というか、装備を更新できずにいる。
いろいろな事を試していかないとそうした装備の更新などはできないのだが、それらを調べてプレイする時間がない。
いや、こちらは特に急ぎではないので、ゆっくりでも進めていけば良いのだろうが、今一つ何をしてよいのかが見えにくい。
特にギャザラーは致命的である。もうLv.50過ぎのレベルで育成が止まってしまっている。
ここらへんは抜本的に見直してプレイスタイルを確立しないとレベルを上げるのも辛いところたなのだろうな、とは思っているが、戦闘職で躓いている事から、こちらまで余力が回らないのが問題だ。
…なんかもう私がFF14をプレイする事そのものに限界が来てしまっているような気がしないでもない。

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訪問看護が決まった

またしても介護費用が上がるが、介護の質も上がるだろう。

訪問看護の依頼

先日の話である。
母の介護に訪問看護師に来て貰うことが決まり、その頻度が週一回、火曜日ということが決まった。
母が退院した時の前後で医師に記載してもらった訪問看護指示書を元に、訪問看護師が行う看護内容が決まり、その頻度として週一回で問題ないだろうということになったわけだ。

この訪問看護が決まったことで、大元の介護計画が大きく変わり、その関係から関係者全員が集まり関係者会議が我が家で行われた。
狭い我が家にケアマネージャ、訪問看護師、ヘルパー、装具士、デイサービス担当者、私と6人が一同に会するという事態になり、随分と窮屈な中で会議は行われた。
ケアマネージャが立てた計画書を元に、それぞれの担当の人達の役割が明確にされ、各々が介護を受け持つ際に何をするのかなどの確認が行われた。
今回、訪問看護師が加わったことで、医療行為に当たる行為が可能になったことは、介護を行っていく上でとても気が楽になったと言える。
正直、不慮の事態となった時、今までは病院に救急で駆け込むことしかできなかったワケだが、そこに訪問看護師に相談する、というワンクッションを置くことが出来る事で、安心度が格段に上がることになる。
そういう意味では、今回の訪問看護が加わるということは私にとっても結構大きなメリットがあると言わざるを得ない。

増大する費用

ただ…勿論介護にかかる費用に関しては相当かかることは間違いない。
訪問看護は当然だが看護師資格がある人に依頼することになるので、費用は高めになる。しかも行う医療行為毎に金額が加算される仕組みになっているので、人と行為で価格が決まるところがある。
しかもそれが正看護師と准看護師で価格が異なるようで、准看護師は正看護師の90%の価格になるらしい。ま、これはお願いするサービスによってもまた違うのだろうが。
こうした訪問看護の費用も、介護保険の費用内に収まっていれば、その費用も高いという印象はそうはないのだが、既にその価格を超える状態にある我が家では、今回の訪問看護を入れることで、相当な増額ということになってしまった。
母親が入院費がかかる事を心配しているま、当たり前の話である。
なので、ケアマネージャとの話し合いで、訪問看護師が入るのは週に一度、その入る日のヘルパーさんの枠を一つ外し、入れ替えることで費用を抑えることにした。もっとも、入れ替えても増額分の方が大きいので、抑えられる費用も微々たるものなワケだが。

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母、早急に退院する

一日様子を見るという話だったが、結果4日の入院だった。

急性腹症

先日、母が入院した事は当Blogでも記事にした。

腹痛によってその前日に救急搬送されたワケだが、結局は痛み止めに留まってしまった結果から、その翌日にかかりつけの病院に行き、そのまま入院となった。
病名は急性腹症と入院計画書には書かれていたのだが、要は腹痛という事。
その腹痛の実態は、便秘によるものなのだが、入院した当日に摘便した事で、腹痛はほぼ収まった感があったのだが、念の為、一日様子を見ましょうという事で入院となった。
ところがその翌日に退院という話にならず、結果、さらにその翌日の夕方に循環器の医師より電話があり、退院できるという話になった。
ただ、電話があったのが夕方という事もあり、退院はその翌日となった。
結果、入院は4日に渡ったわけだが、腹痛があったのはほぼ初日のみであり、他の日は経過観察という感じだった。
とりあえず、昨日退院手続きを行い、母は退院してきたワケだが、今回の入院の原因も含めて、日々の介護においても、今その体制を見直す必要がある事を指摘されていた。その矢先の入院だったので、その見直しを急ぐ必要があると言えた。
介護の見直しというのが、訪問看護を入れるという事である。

訪問看護指示書

訪問看護とは、介護の中で看護師しか行う事ができない事を自宅で実施してもらうためのサービスを指す。
ウチの母親は、カテーテルを入れ排尿しているが、このカテーテルの交換、洗浄などの取扱いは、まさしく医療行為にあたり、ヘルパーでは行う事かできない。
母はこのカテーテルを使った排尿などにトラブルが発生し、それが原因で入院を繰り返した事から、泌尿器の医師から訪問看護を入れた方がいいというアドバイスを貰った。
ケアマネージャにその旨を相談したところ、訪問看護師を入れる事はできるという事になったので、その手続きを進めた結果、医師から訪問看護指示書を貰ってほしいと言われた。
訪問看護師にしても、医師からの指示書がないとその行為ができないという事らしい。
なので、いつもカテーテルの交換をしてもらっている医師に、その指示書を書いて貰うべく依頼した。
依頼したのは、入院になった前の週だったのだが、たまたま泌尿器科の医師が在院だった時に母親が入院となったので、今回の入院の件も含めて訪問看護指示書は書かれたと考えられる。
その訪問看護指示書が本日出来上がったと連絡が来たので、そのを受取ってきた。
ある意味個人情報たっぷり…これで、関係者ミーティングを開き、その後介護計画に組み込んでいく事になる。

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母、またしても入院する

それは突然やってきた。

突然の腹痛

昨日、残業中に突然私のスマホに電話がかかってきた。話す事のできないハズの母親からの電話で、ああ、これはヘルパーさんが欠けてきたんだな、とすぐに察した。
案の定、ヘルパーさんからの電話で、話を聞くと、どうも母親が排尿の為のカテーテルが入っている部分をしきりに触ろうとして痛がっているという。
はて?
カテーテルがグッと奥にでも入ったか?
尿道バルーン。できればお世話になりたくないアイテムである。どうにもならない感じだったので、残業を切り上げて自宅に戻ると、母親が泣いて痛がっている現場を見る事となった。
確かにやばそうな雰囲気があり、これは私やヘルパーさんではどうにもならないなと感じ、母親に「救急車を呼ぼう」と言ったら、母親は途端に泣き止み、あからさまに我慢する体制を見せた。
どうにも救急車は呼ばれたくないらしい。
しかし、カテーテルをどうにかできるのは看護師でなければならないので、我々ではどうする事もできない。今その場を凌いでも、絶対に後から病院にいくなりしないといけなくなる。
ならば痛いのを我慢するよりは、今救急車を呼んだ方が最終的には良い結果になると私は考えたのだが、とりあえずヘルパーさんにアメニティ関係を交換してくれれば良いようなそぶりを母親が見せたので、交換したところ、痛みが治まったようで、母親が頑として救急車を呼ぶことに反意を示した。
なので、とりあえずその場は救急車を呼ばない事にして、ヘルパーさんには帰って貰った。
だが、その状況はわずか1時間後には大きく変わるのである。

受け入れ先がない

結局、20時30分を過ぎた頃に、母親は再び痛みを訴えてきた。しかもその痛み方は、先程より酷く、今度はカテーテルが入っている部分ではなく、あきらかに腹痛を示していた。
この時点で私はもう自分ではどうする事もできないと判断。母親が拒否するのも構わず、救急車を呼ぶことにした。救急隊はすぐにやってきてくれ、母親のバイタルなどを確認した後、救急車に運んでいった。
私は本来なら救急車に一緒に同乗する事になるのだが、救急車から降りた後の事を考え、自分の車で受け入れ先に出向きますとして、同乗しなかった。
救急隊は受け入れ先が見つかり次第私に連絡する、として、そこで私と別れる事に。
その後、受け入れ先を聞いた私は驚く事になる。
かかりつけの病院ではなく、2つ離れた市立病院だったのである。
どうも、いつものかかりつけ病院は生死を彷徨う患者が運ばれていたようで、受け入れて貰えなかったのである。
いつもと異なる病院に運ばれ、そこの当直医からいろいろ説明を受けるのだが、最終的にはいつもかかっている病院で見てもらった方が良いと言いだし、応急処置として痛み止めの薬を処方しただけに留まった。…何の為に救急車を呼んだのやら…と思ったが、一時的とは言え母親が痛みから解放されたのだから、その場はヨシとするしかなかった

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車椅子を載せる車の必要性

救急搬送された後、途方に暮れないためには必要と言える。

カテーテル、詰まる

昨日の夕方、母がデイサービスから帰ってきた時、排尿の為に入れているカテーテルが詰まっているかもしれないと、デイサービスの看護師から連絡を受けた。
こうなると、病院まで行き排尿用のバルーンの交換をしないといけない。
バルーンはカテーテルに繋がっていて、膀胱に入れたカテーテルからバルーンに排尿される仕組みになっている。
このカテーテルが詰まると、当然だが尿は排尿されず膀胱に溜まり続けるか、カテーテルの横から漏れてくる。昨日は帰り際に既に横漏れしていて、夕方に来て貰っているヘルパーさんに後始末をしてもらった。
横漏れしている時点で、デイサービスから告げられたカテーテルが詰まっているという話はほぼ間違いないだろう。
横漏れしてくれる間は、膀胱や腎臓に負担はかけないが、横漏れしない状態になると、今度は膀胱、腎臓に負担をかける事になり、それが進行すると、腎臓が感染症にかかり、また入院という事になりかねない。
この状態を危機に感じた私は、今日という日に病院へ連れて行く事を考えるのだが、運良く、5月6日は土曜日といいつつも祝日ではなく、病院は午前中開業していた。
問題は、車椅子の母を運ぶ方法である。
いつもなら、ヘルパーさんをお願いしている事業所に介護タクシーを依頼するのだが、問題はGW中だという事。とりあえずケアマネージャに相談してみたが、いつもの運転手さんは休みになっていて、別の人をアサインしないと利用できない状況だった。
こんな時にふと思うのは、やはり私の自家用車を車椅子が運べる車にすべきではなかろうか? と。
まぁ、今言ってすぐその車を購入、用意できるわけでもないので、今回は何とかケアマネージャに頼ることで事なきを得て、母は無事バルーンを交換、詰まり気味にならないよう、抗生剤を処方してもらった。
病院からの帰りに関しても、ヘルパーさんの事業所で何とか対応してもらい、自宅に帰ってくる事はできた。
だが、私の脳内では、やはり車椅子を運ぶ必要性から、そういった福祉車両の用意を今後真剣に考えるべきかもしれないと思い始めた。
特に深夜帯に救急搬送された時など、そのまま入院とならなかった時、どうやって自宅まで帰るのかを考えたら、なおのこと必要になる話である。

軽ハイトールワゴンにある福祉車両

当Blogでも以前に検討はしているのだが、その後は予算の関係上見送る事として、結局毎回介護タクシーを呼ぶ事で金銭的な負担を軽くする方向で一度はこの話題を〆てしまった。

その時は単純に必要となる費用のみを考えた結果ではあるのだが、毎月の支払いなど考えれば、たしかに介護タクシーを呼ぶ方が金銭的な負担は軽いと言える。
だが、前述したように緊急搬送となった場合など、介護タクシーを呼ぶ事に問題があるとなれば話は変わってくる。
以前にもこのケースは考えられた事ではあるが、今の方がよりその傾向も強い。
私のどうにかなる予算枠で考えれば、やはり軽のハイトールワゴンタイプを選ぶしかないのだが、総額にすると240万円ほどにはなるだろう。
現状を考えての解決策の一つ…やはり現実は厳しいと言わざるを得ないのだが、以前よりも必要性の高さは否めない。

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介護保険更新申請

時間を作って市役所へ申請に。

介護保険を受けるために

先日、当Blogでも介護保険の申請連絡が来た事を記事にした。

6月中に申請が完了しないといけないのだが、申請自体は更新〆日の60日前から受け付けていて、私の場合は5月1日から申請できる状態だったので、半休を取って仕事を切り上げ、申請に行ってきた。
前述の記事の時にも書いたが、ウチの母親は要介護4という区分にあるのだが、現在失語症となった事でケアマネージャは要介護5の申請も視野に入れた方がよいかもしれない、と前回の母の退院時に言葉を濁らせていた事がある。
要介護5となると、受けられる給付金の額も上がるが、同時に一部の介護費用も上がる事になるので、区分を上げた方がよいのか、それともそのままで良いのかは、受けている介護サービスの内容で変化する。
デイサービスのようなサービスは、通所介護と呼ばれるものになるのだが、コレは介護費用が上がるサービスであるため、週3日デイサービスに言っている母の場合、不利に働く可能性がある。
特養(特別養護施設)に入るぐらいになると、サービスの費用も上がってくるが、一纏めで費用を纏めてしまっているので、区分は引き上げてしまった方がよいのだろうが、ウチの母のように自宅での介護が主となっている場合は、結構微妙だったりする。
再度ケアマネージャにこの件を相談しようと思って板野だが、そもそも区分判定は役所の担当者が行う事なので、今回はケアマネージャがそのままで申請するよう言っていたので、何もせずに更新申請する事にした。

申請書の記載事項

私の住んでいる地区では、介護保険を受けていると、既に手元にはピンク色の介護保険被保険者証があるはずである。
これは申請した後に介護保険を受給する者の証明として市役所より送られてくるものだが、更新期限があり、それが一年とされているので、今回更新申請が必要となる。
この前回申請した時の情報がある程度記入された「要介護・要支援認定申請書」が市役所より送られてきて、それに不足分を記入して更新申請する事になる。
申請書の無駄な情報はデジタル化で何とかしてくれよ…
問題は、既に記入されているところとされていないところであり、されていないところを記入する事になるのだが、どう記入して良いのかの説明が送られてきた封書には記載がないという事である。
市役所なので、ウチの母親が国民健康保険証を貰っていれば、おそらくその情報も記載されていたかもしれない。だが、これが全国健康保険協会の保険証だったりすると、それらの情報は市役所では把握できないため、空欄になっている。
コレ…マイナンバーカードを保険証として使える様にしていたら、市役所だって情報を知る事ができるハズなんだが…。
また、過去6ヶ月間に病院に入院したり、介護保険施設に入所していた場合は、その情報も記載する事になるのだが、それだって何かしらの保険を受けて入院・入所しているのだから、情報が連携されていればわかるはずである。
それらを未だに申請書に手書きしなければならないというのも、実にオカシな話であり、何の為のデジタル化なのかと疑問に思ったりする。
あと、私の住んでいる地域では、同系施設(つまり市の機関)の病院に通っている場合、主治医の問診票が必要になるのだが、コレだって複数の科に係っている場合、だれを主治医とするのかの基準がない。母は内科、泌尿器科、整形外科に現在係っているが、泌尿器科はカテーテルを入れている関係で毎月受診している。内科は2ヶ月に一度係る。さて、主治医はどちらだろうか?
わからない事が多すぎるのが、今の状態である。デジタル化が進むこの先の時代、この辺りの申請がもっと情報連携で少なくて済むと良いのだが…。

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介護保険、更新時期が来た

役所から封書が届いた。介護保険更新の連絡だった。

あれから一年

正確に言うと、ウチの親は介護保険の度合いが途中で変わった為、既に介護保険の適用を受けて一年が経過してしまっている。
4月に要介護1だったものが、適用となって3ヶ月もしないウチに要介護4となり、それが6月に適用となったので、今回連絡がきた更新の〆日は6月末という形で連絡がきた。
現在要介護4という状況なワケだが、既に母はベッドで寝たきりの状態にあり、自分一人では出来る事はほとんどない。
またしても入院に…
この状況だと、要介護5という判定になっても不思議ではない状況とも思えるのだが、判定そのものは役所の担当者が行うものなので、コチラは受け身で審査をうけるしかない。
ただ、ある程度こちらのケアマネージャの思惑は伝えた方が良いようなところもあり、今回の更新に関して、一応ケアマネージャに相談してみる事にした。

そのまま更新?

要介護4は1ヶ月あたりに30万9,380円が介護保険の給付金として補助され、利用者の所得に応じてこの金額の1~3割を自己負担する。限度額を超えれば超えた分は全てが自己負担額に乗ってくるわけだが、これが要介護5になると、その給付金は36万2,170円となり、所得に応じてこの金額の1~3割を自己負担する事になる。
ただ、ケアマネージャから聞いた話だと、要介護5になると、そもそもの介護サービスの利用料が変わるものがあるという。
いろいろ調べて見ると、施設に入ったりする時などは、要介護度によってその基準となる金額が決まるため、要介護度が高いと料金が高くなる。
ただ、訪問介護など、自宅で受けるサービスのほとんどは利用料が変わらないため、ウチの場合は要介護度は上がった方が全体的に費用負担は少なくなる可能性が高い。
ただ、私がお世話になっているケアマネージャは、そうした事を総合的に判断して、要介護4のままでいいのではないか、と判断しているようだが、この辺りはもう一度話を聞いてみた方がよいかもしれない。

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母退院から3週間

介護プランを変更して3週間が経過した。

介護プラン変更で見えたもの

母が退院して3週間が経過した。
入院前と退院後の今とで大きく異なるのが、母が失語症となった事であり、その失語症の問題で介護プランの見直しを余儀なくされた。何しろ、しゃべれなくなっただけでなく脳内で話したい言葉のイメージが言語として成立していないので、声は出せるが言葉を作り出す事ができない状態だから厄介だ。
失語症もまた厄介な問題であるしゃべれなくなったという事は、何かトラブルに遭ったとき自分で私に連絡してこれなくなったという事を意味する。自らが介護ベッドから動けない以上、これは由々しき事態である。
今までは自分でケータイを持っていて、トラブルがあると私まで連絡してきていたが、それが出来なくなった。もし話せなくても私にケータイで連絡をしてくる事ができれば、まだマシだったのだが、最近は右腕・右手の力がほぼなくなり、自由に動かせなくなってしまっていて、ケータイの取扱いもままならない状態となってしまったので、ケータイによる連絡そのものが絶望的となっている。
なので、見守り用の家庭用ナースコールを導入した。この事は当Blogでも記事にしている。

この家庭用ナースコールだが、Blog記事を書いた時不明だった事がいくつか判明している。
それはナースコールボタンがある場所(つまりは母親がいる場所)と、そのナースコールを受けるスピーカーのある所(つまりは私がいる場所)が、別の階にあっても、ちゃんと機能する、という事。そしてもう一つが、ナースコールを受けると、私が別のネットワークにいても(つまりは外にいても)、スマホに連絡が来るという事である。
これによって、ケータイがなくても母が私に連絡してくる事は可能になったが、ちっょと問題があって、このナースコールのボタンが結構簡単に押せてしまうので、首から提げているボタンユニットを手でつまんだだけでボタンを間違えて押してしまう事があるのである。
なので、私が外にいる時は、1回押しただけでは私は反応しない、というルールを決めて、母親に言い聞かせてある。何度も連打した時だけ、緊急事態だと判断する事にした。コレ、ボタンユニットでなく、押し込み型スイッチスティックになっていれば、こんな問題にはならなかったのだろうが…ま、製品の仕様だから仕方が無い。
この家庭用ナースコールを導入し、ヘルパーさんが来宅するタイミングを昼、15時、17時と3回に分けて母の見守りを行うプランに変更、それを3週間続けた。
ヘルパーさんに私に直接連絡できる方法も作ったので、今の所上手く機能している感じである。

それに伴う介護費用

ただ、全てが丸く収まったわけではない。
それは介護費用が少なくとも前よりは確実に上がっているという事。
私の住む地域では、要介護4では介護票30万円枠となり、その1割を自己負担する事になる。
つまり、以前は3万円を超える事なく費用は抑えられていたのだが、今回、ヘルパーさんの来宅回数を増やした事などで、自己負担金が3万円を超える設定になっている。
多い時で大凡6万円程度と、以前の倍くらいはかかる事になる感じで、安くても5万円くらいは係る計算になっている。固定しないのは、1ヶ月の日数が30日と31日の日があるという事と、突発的に朝にヘルパーさんに入って貰わねばならない事が出来た時などで料金が追加するからである。
1日くらいで何故? と思うかもしれないが、要介護4の介護保険枠が30万円なので、それを超過すれば当然超過した分は全額負担になる。だから1日1時間のヘルパーさんを追加しただけでも月間で1万円増額なんてのはザラにある。
それでも、施設に入るよりは費用はかからないので、今は何とかなっているが、これがもし特別養護老人ホーム、通称特養などに入るという事になれば、自己負担額で月に10~15万円かかる事になるので、ウチのような環境では普通に考えて無理な話になってしまう。
これ以上の負担は増えては欲しくはないが、こればっかりは母親の介護状況次第なので、このあとどう変化していくかはまだわからない。

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思ったよりも重症かも…

失語症になったであろう母とのコミュニケーションは難しい。

話せないという事

昨日、母が退院してきて、本日はデイサービスに出かける日であった。
退院してすぐのデイサービスの日なので、今までの日常で行っていた事を取り戻しての対応という事になるが、明らかに以前と異なるのが、母が話せなくなっているという事である。
デイサービスで送迎にくる人は、あらゆるタイプの人と接してきているので、ある程度は慣れているのか、母はとりあえず問題無く施設に運ばれていった。
残された私は、母が家にいない間にやるべき事を済ませるという、以前やっていた日常に戻るわけだが、入院前からの変化に合わせた改良を自宅内にしなければならない関係から、その準備を本日は行っていた。
特に、カテーテルから採尿しているバルーンの位置が足元に移ったため、足元にバルーンを吊り下げる方法を考えねばならない。
そういった細かい細工を考えて、本日は対応していた。買い物がいろいろと増えるのは、正直生活としては苦しいところではあるが。
だが、こんな細かい部分は実は大した問題ではない。
やはり一番の問題は、母が話せなくなったという事である。
この事で、確実に意思疎通が難しくなったし、母の扱いの難易度が跳ね上がったと言える。
デイサービスから帰ってきた母と、いろいろ接していくウチに、一つ明確に判った事がある。
それは「話せないという事=言葉として口から発音できない」というだけでなく、そもそも「話せない=話したい言葉を作り出す事ができない」という事である。

やってはいけない事をした

私は、安易に考えすぎていた。
話せないなら、筆談すればいい、と安易に考えてしまったのである。
ただ、母はもう右手に力が入らないため、文字を書く事ができない。なので、50音を書いた紙を作り、話したい言葉に指を指して伝えたい事を示して貰おうと考えたのである。
だが、母は順番に「あ、か、さ、た、な」といった感じに指さしているだけで、言葉を作り出す事ができないでいた。
本人は一生懸命何かを伝えようとしているのだが、それが日本語の文字、語句になっていないのである。
つまり、頭の中で何かをイメージしているのだが、それを文字や語句として認知し、構成する事ができないのである。だから、伝えたい事が言葉として口から出てこないのである。
話せないという事は、単に口から音として言葉がでないという事ではなく、そもそも発する語句にできないという事なのだとハッキリと認識した。
介護の覚悟
昨日から、そうだろうな、とは思っていたが、本日それがハッキリした。
失語症としては、このような何かを言おうとした時に、言うべき言葉が出てこない状態を「喚語困難」というらしい。しかも母の場合は、単純に言うべき言葉が出てこないだけでなく「残後」という状態にもなっている。残後とは「全失語」などの症状が出ている場合で、特定の言葉が繰り返し出てくる症状である。ちなみに母は「ココ」という言葉ばかりが出てきていて、何を聞いても「ココ」というので、そこに何があるのか? と考えてしまいがちだが、これは単に「残後」の症状で言っているだけのようである。

これらは失語症というものを調べた結果、得た知識であるが、このような失語症の人に50音表などを利用した筆談を求めるという事は、あまりやってはいけないらしい。
理由は…おそらくではあるが、本人の尊厳を傷つける恐れがあると言うことと、自分が言葉を話せない、伝えられないという事の現実を突きつける行為になるからである。失望という形で本人を直撃してしまう事になる。

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母、本日退院する

エイプリルフールだが、嘘ではない。

母、帰宅する

2月23日より入院していた母が、本日午後、退院となり自宅に戻ってきた。
入院前と大きく異なるのは、今まではちゃんと会話が成立していたはずが、今は会話が成立しないという事である。
カテーテルを入れ、尿をバルーンで採尿する状態になってから、母は腎臓の感染症で発熱する事が増えた。
本来ならそんな感染症は発生しないように配慮されているのだが、ウチの母は何故か細菌が入りやすいのか、1月に2週間ほど入院した後、1ヶ月も経たずして腎臓の感染症で再び入院となった。
カテーテルの交換頻度を月1回にしているので、通常であればそんな感染症となる事はあまり考えにくいのだが、どういう理由高判らないが、2回も連続して感染症を患った。
入院にならなかったここ半年の間でも、何故か尿が紫色になったり、血尿が出たりと、とにかくトラブルが多い。
ここらへん、カテーテル交換頻度を上げるなど、今後も対策が必要とは思うが、とりあえず今回は1ヶ月近く入院して、本日が退院日となった。
介護に関して、いろいろと選択肢がある中で検討してみたりしたが、結局、小規模多機能の介護施設が受け入れしてくれないという状況となって、結局は自宅介護の道を選んだ。
そういったことは、当Blogでいろいろと記事を書いてきた。

で、退院日である本日、介護に携わる人たちで、担当者会議を自宅で実施した。

基本は以前の延長上

今回、担当者会議に参加したのは、デイサービス事業所の人、ヘルパー事業所の人、ケアマネージャと私の計4人だった。ちなみに介護を受ける当人である母はすぐとなりのベッドで話が聞こえる位置にいた。
本来なら、ここに装具事業所の人も参加する事になるのだが、装具そのものは以前と何も変わらないので今回は不参加となった。
ケアマネージャから、ここ1ヶ月の入院までの経緯と入院後の状況の説明から始まり、介護をしていく上で食事はどうなるか、水分補給はどうなるか、リハビリはどうするか等々、介護に必要な情報共有が行われた。
また、私からの要望をそれに加え、各事業所からの要望を確認し、お互いの要求の確認を行った。
結局のところ、多少入院した状況を加味した事はしたが、介護内容そのものは大きく変わる事はないという事である。当人が会話できないので、当人の要求をどこまで聞くことができるのか? という問題は残るものの、こちら側の言っている言葉のほとんどは理解できるという事から、見守りの回数が増える以外に大きな変更点はない状態だった。
とにかく身振り手振りを加えて何とか意思疎通正直…不安である。
もちろん、入院に至った状況と会話ができないという事は加味されているので、その上での対応はしてくれるとは思うが、ホントにコレで大丈夫なのだろうか?
とりあえず、予算をあまりかけない介護としては限界の介護内容なので、コレでやってみるしかないが、今後問題が出れば、またその時に他の選択肢を当たるとしよう。

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家庭用ナースコール

自宅にナースがいるわけではないのだが製品名はナースコール。

ケータイで呼べないならば

母がもうすぐ退院してくる。
予定で4月1日の午後に戻ってくるのだが、それまでに今までとは違う準備が必要だという事は、先日のカンファレンスで判っている。その件は当Blogでも以前に記事にした。

先日のカンファレンスでは、今後の母の介護に関して、必要な事がいろいろと説明された。
以前は自分で出来ていた事が、徐々にできなくなっている為、それらを補う為に介護内容を見直す必要がある。
まず最初にできなくなった事、というよりできにくくなった事は、自分での水分補給である。これは飲めなくなったのではなく、飲むためのペットボトルやコップなどを自分が飲みたいときにさっと準備出来るかというところで介助が必要という事が明確になったと言える。利き手の力がとても弱くなったことから、自分でペットボトルやコップを保持できるかが不安要素となったのである。
この問題を解決するには、可能な限り2~3時間おきに見守りの為にヘルパーさんもしくは私が確認できる状況を作るという事。残念ながらそれしか方法がない。
次に、特に足の筋肉をほぐす意味で、リハビリがある程度必要だと言う事。これは訪問リハビリを入れるのがもっとも効果的なのだが、残念ながら私の地域では訪問リハビリを専門でやっているところがないので、デイサービスで対応するしかないので、大凡隔日でデイサービスへ行く事で対応する事とした。これは以前の介護内容のプラン変更みたいな形での対応になる。
そしてこれが一番大きいのだが、携帯電話が使えなくなったという事。
言葉を話さなくてもよいので、せめて携帯電話で私を呼べればよいのだが、それがちょっと現実的でなくなってしまった。前述の水分補給と同じで、2~3時間の見守りで対応する、という事になるわけだが、我が家の構成の問題で、私が常に母親と同じ部屋で生活する事ができない関係から、自宅内であっても、私を呼べるようにしなければならない。
そんな時、使われるのが家庭用ナースコールと呼ばれる、SOS呼び出しベルである。

SINGCALLの緊急ボタン

この家庭用ナースコールだが、本格的なものを検討するとかなり高額なものになる。
それこそ宅内に呼び出しチャイムを設置する事になるので、工事が必要な場合もあるようだ。
だが、そこまでの事をする意味があるのか? とも思える。何故なら、格安のものが販売されているからである。
正直、ちゃんとしたものを購入するのが正しいとは思ってはいるのだが、呼び出しが出来ればそれで良いものでもあるので、まずは価格が安く、かつスマートフォンでも受診できるものがあったので、それを試す事にしてみた。
実にシンプル購入したのはこの製品。
中国製ではあるが、コンセント直差しのスピーカーとSOSボタンユニットが付いていて、さらにスマートフォンのアプリ対応(iOS、Android両対応)の製品になる。
価格的には4,000円を下回るもので、コンセント直差しの受信機器が不要であれば、3,000円を下回ってくる製品である。
とりあえず私はコンセント直差しの受信器とのセット品を購入した。
パッケージは実にシンプルで、これらハードウェア2個とSOSボタンユニットを首から提げられるストラップ、あとはコンセント直差しの受信器マニュアル、SOSボタンユニットのWi-Fi接続マニュアル、アプリのマニュアルの3つが入っていて、あとはSOSボタンユニットの充電コード(micro USB端子)が入っているのみである。

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やはり在宅中心か

以前に会った時と全く異なるその姿に(良い意味で)驚き。

リハビリの凄さ

本日、再び入院中の母に会ってきた。
今回の目的は、前回母と面会した時に現在のケアマネージャが不在だった事、小規模多機能の施設に受け入れ拒否された事、それらに伴って今後の介護をどうするかを再検討する事を検討するため、ケアマネージャに現在の母の様子をちゃんと見てもらおう、という意図の元、面会が実現した。
前回私が母に会ったのは3月8日の事。

正直、会話する事が出来なくなった事で、当人に焦りもあっただろうし、私の衝撃もあったし、とにかく今までの在宅介護では絶対に無理、という状況が目の前にあり、私自身が混乱に陥った状況だった。
そしてあれから2週間ほど経った今、再び母と面会したが、その様子は明らかに以前とは異なるものだった。
ちょうどリハビリ室でリハビリをしていたところだったのだが、弱くなった右手の握力を少しでも強化するため、右手を使ったトレーニングが行われている所だった。
リハビリで大きく改善
母は私の姿が判った瞬間、もう泣き始め、しかもその横には顔を見知ったケアマネージャがいた事で、さらに崩れ落ちる始末。ちゃんと私もケアマネも認識し理解している事は明白だった。
リハビリ担当の人に、母の現状の説明を受けると、以前よりはずっと体は動くようにはなったものの、車椅子とベッドを行き来する生活そのものに変りはなく、足や手の筋肉や筋をほぐし、以前よりはずっといろいろな体勢をとる事ができるようになった、との事だった。
言葉に関しては、前回の医師の説明の通りで、失語症そのものは変わらないが、こちらの医師はほぼ伝わっているようで、問題となるのは当人の希望が被介護者に伝わらない事だという。正直、それが一番困る事なのだが。ただ、2週間前とは明らかに当人の落ち着きが違う。
また、ケータイの扱いに関しても出来なくなっているという。やはり右手がより不自由になった事が原因らしく、今のままでは自らに起きた問題に対して誰かを呼ぶ術がないという事は重要な課題と言えた。
そしてコレが致命的な事なのだが、右手の力が衰えている事から、水分補給に関しても自分一人で補給できる環境を作る事が困難で、誰かが介助する必要があるだろう、という事。やはり見守り時間と呼ばれる、要介護者の様子を確認する術を綿密に考えないと、在宅介護は厳しいと言える。
それでも反応は上々で、工夫次第で在宅介護は可能だろうという感じはする。問題はその介護頻度と予算といったところか。

 

介護計画

という事で、母にはあと一週間ほどがんばって、と伝え、退院は来週末くらいを想定する話とした。
あくまでも想定としている理由は、ケアマネージャが介護計画をいろいろと立ててくれたものを吟味し、金額と介護内容を突き合わせたトライ&エラーが必要なためである。
今回、ケアマネージャが現状を確認した事で、状況がより判ったので具体的な計画立案は可能になったと言える。そしてもう一つハッキリした事は、私が介護と呼ばれるものに対してどのように向き合わねばならないかという事が明確になったという事である。
介護は本人とその家族がどうしたいかが全てであり、その方針に従ってケアマネージャが最善手を支援するスタイルだという。もちろんそれは最初から判っていた事だが、問題は、本人もその家族も介護にどういったものがあるのかがよく分かっていないという事なのだが、介護に関わる専門家たちはそのあたりに大きな認識の隔たりがある事が理解されていない。
本人達はその道の専門家なので、どういった介護手段があるかを知っているわけだが、介護を受ける側からすると、予備知識を誰もが持っているなんて事はないわけで、決断するにしても選択するにしても、その選択肢が異常に狭いのである。
なので、今回は介護者当人が自宅に帰りたがっているという事、そして私自身も可能なら自宅に戻してあげたい事、たた私としては私がいない平日昼間に、できるだけ一人にしておけない事を念頭に置いた、自宅介護とデイサービス混合のプランを検討してもらう事にした。
場合によっては、デイサービスに毎日出向いてもいいぐらいの気持ちだと伝えてある。そうすれば日中は少なくとも施設にいる事と同義の対応はしてもらえるのだから。
あとは予算の問題だが、一時は施設に入る事も想定しているので、ある程度の覚悟はもう決まっている。
あとは当人と私が納得できる内容が決まればそれでいい。
ケアマネージャは私の心配毎も含めていろいろと検討するとの事だったので、今はとにかく待つしかない。

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