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Tagged: 医療

介護の恐怖

母が急な発熱。そして介護で感じる最悪の恐怖。

38.2度

本日は母の介護でデイサービスへ行く日だった。
私は送迎をお願いしているので、朝そのまま会社に出向き、デイサービスの施設の人が来てくれて、そのまま母を車椅子に乗せて運んでくれるのだが、そのデサイサービスの施設において、母親が発熱しているという連絡が仕事先に入ってきた。
しかも、施設の看護師の話では、病院へ受診した方がよい、という事だったので、病院へ受け入れの可否の確認を行い、母はそのまま病院の発熱外来に係り、その後問題が無ければ通常受診という形になるところまで話を進めた。
介護先の協力で、母はデイサービス施設から直接病院へ向かい、そこでPCR検査を受ける事となり、私は母がコロナ感染者でない事を前提に考えた上で、その後の通常受診に同行する事となった。
コロナ感染やインフルエンザ感染は認められなかったため、そのまま通常受診に向かう事になったワケだが、そこで私はある事に気づいた。
母が会話できていない…。
本日の朝までは普通に会話できていたのに、今はただうめくだけで言葉が発せ無くなっていた。
私はこの時、恐ろしいまでの恐怖を感じた。
母が何を求めているのかがわからない。
必死に訴えかけようとしているのに、それを理解する事ができない。
意識はあって、明確な意思もある母にとって、私に伝えたい事が伝えられないもどかしさは、想像を絶するものではなかろうか?
そう考えた時、もしこの先このままこの状態が続くとしたら、どうなるのか?
介護をしていくという事は、この先もずっと同じ状態が続いていくとはいえない事だという事を、まさに体感として知る事になってしまった。

入院するかと思ったら…

母を再度病院に連れて行き、通常受診が始まったが、検査の結果、先日入院した原因と同じ原因で発熱した事が判った。
尿路感染による血中白血球の増加、それによる発熱であった。
またしても入院に…
本来なら入院して、白血球減少の治療を実施する。前回はそうだった。
だが、その時の医師は、入院というリスクを考えた結論ほ出した。
入院すると、患者は体力的にも弱体化し、何とか歩けていた人が歩けなくなったりする事はざらにある。リハビリをしていても、実生活の動きには叶わないという事である。
ただ、母はもうベッドの上でしか生活できない体なので、入院となっても、その体力低下は最小限に留まるのだが、それでも医師は入院する事の弱体化を気にしてか、投薬による自宅治療、という結論にしてしまった。
医師の言っている事もわかる。なので受け入れるしかないのだが、問題は母との間で医師の疎通が難しくなっているという事である。
この状態で自宅に引き取って問題ないのか?
当初からこの状態で介護を始めているのであれば、対応もできるが、今いきなり医師の疎通が難しい状況で自宅に受け入れたらどうなるのか?
そんな迷いがありつつも、自宅に連れて帰るしかないので、診察が終わり、薬を貰って自宅に帰ることにした。

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母、退院する

二週前ほどに入院した母親が本日退院となった。

感染症

二週ほど前に、腰の痛みで救急搬送となった母が即日入院となったが、その母親が本日退院となった。
入院計画を出された時には、既に退院計画の話をしているぐらい、今の病院への入院というのは、家族であっても院内に入ることができない状況なのだが、入院した理由は尿路の感染症によるものだった。
ベッドの上でしか生活する事のできない母は、膀胱にカテーテルを入れ、尿をバルーンで受けているのだが、そのカテーテルにわずかな雑菌が混ざったのか、尿の色がほぼ紫になり、そして尿の中にモヤッとした固形物が混ざり始め、その固形物がカテーテルを詰まらせ、そのまま膀胱に尿が溜まり、溜まった尿が排出されない事で今度は尿路に尿が流れず、腎臓を圧迫した事で、腰の痛みが発生したという事らしい。
この事も1月22日の記事に書いたのだが、尿管結石などを経験した事がある人であれば、その腰の痛みがどんなものかは想像が付くだろう。ハッキリ言って、歩ける人は歩く事ができずその場でうずくまるぐらいの痛みである。
そりゃ母も救急車を呼んでほしいという状況になるな、とこの状態を聞いて初めて理解した。他人の痛みが分からないという事は、こういう要介護者の痛みを理解できないという事であり、痛みを他人が理解できる医療機器がもっと高度化し、普及する事を望みたいと今回ほど思った事はない。

現状維持

ただ、そういう状況で入院し、検査、療養の後の退院で、その後の介護については、その内容は現状維持のままだった。
多少、リハビリ的な申し伝えはあるようで、指導要綱が出たが、大凡のところは変わっていない。
入院前から、体を動かした方が良いという事は言われていて、デイサービスを週2日から週3日へと増加し、介護ベッドを2モーター仕様から3モーター仕様、車椅子を肘掛け可動型へと変更している。
介護ヘッドを3モーターにする事で、背もたれ、ひざ下が可動するようになり、膝あたりが持ち上がるようになったので、多少曲がった膝をサポートはしやすくなったと言えるだろう。
車椅子を新しいものへ介護ベッドと車椅子の入れ替えで、月々の設備費は600円程度増加したが、それぐらいで住むのなら安いものである。
問題はデイサービスを週3日にした事だが…これで月々の介護費は間違いなく5,000円程度は上がる事になる。
しかし、これで体を動かす機会が増えるのであれば、受け入れるしかない。
これが介護生活というものである。

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母親、再び入院する

要介護者の痛みを介護者が知るというのは、なかなかに難しい。

介護ベッドにいるという事

母親が本日の22時過ぎに入院という事になった。
19時ごろから、体に痛みがあると言うのだが、ドコがいたいのか? と聞いてもハッキリとわからないと言う。ただおしりが痛いという事は数日前から言っていて、これは足や腰の筋肉の運動が少ない事からくる、一種の筋肉の緊縮によるものではないか、とデイサービスの看護師などが言っていたので、私からするとこの体の痛みもそこから来るものなのか? と考えていた。
それと同時に、母は排尿がカテーテルを使って出しているところがあるので、そこにも近日、問題が出ていた。多少、尿漏れしているのではないか? というのである。
これは日頃介護にきてくれているヘルパーさんの話で、カテーテルの先にあるバルーンの中に入る尿が少ないという事から、ひょっとしたらカテーテルが多少抜け気味になっているのではないか? と言われていた。
なので、来週あたりに泌尿器科に係るか、という話を進めていた。
ところが、この母親の体の痛みが、突然限界突破したのか、急激に痛みを訴えるようになった。
本人はおしりが痛いと言っているが、その痛みは刺激痛ではなく、鈍痛だという。おしりで鈍痛となると、やはり腰回りの筋肉か? と思ったが、もうそんな悠長に考えている状況ではなくなってしまい、急遽、救急車を呼ぶことになった。

熱も39℃に

救急隊と電話で話すと、熱があるか、という話になったので、念の為体温を測ったところ、何と熱が39℃もある。
流行りのコロナか? とも思ったが、私含め、コロナに感染するような人との接触はほぼない。だが可能性はゼロではないので、救急隊が病院に運んだ後、抗原検査を実施したところ、コロナではなかった事が判明した。
無事、病院への搬送が終了し、私も受け入れてくれたいつもの病院に入ったのだが、当直医の話では、体が痛い原因を時間外の設備で検査できなければ、最悪転院という話もある、なんて事を言われた。
またしても入院に…
今更転院と言われても…とは思ったが、結果から言うと、原因は大凡判明した。
検査の結果カテーテルで尿が排泄できなかったかで膀胱が一杯になっていて、腎臓が圧迫されていた事で痛みが出たのだろう、という事であった。
尿路結石とか尿管結石に罹った事がある人ならわかると思うが、あの腎臓の鈍痛がまさに母親が感じていた痛みだったようである。
ちなみに発熱だが、尿の中の細菌が炎症を引き起こして発熱したのだろう、という話で、入院後、この辺りのさらなる検査を行うという事であった。
先日からおしりが痛いと言っていたのは、腎臓の鈍痛だったのだろう、とここまできてようやく判ったという事である。
尿路結石(尿管結石)の痛みは、陣痛と同レベルと言われていて、本当に痛み出すと歩く事すらできず、救急搬送されるのが通例と言われるが、母親はその事をなかなか伝えられず、そしてまた私も理解できず、苦しんでいた、という事のようである。
正直、申し訳ない気持ちで一杯である。

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急に身近になったコロナ

今更だが、私の職場、しかも上司が感染者となった。

誰でもあり得る事

新型コロナウィルス…この言い方も既にもう「新型」じゃない気がするが、第7波を越え、既に第8波の見通しも検討されている状況だが、正直、私の周辺では今まで感染者も出ていない状況だったのだが、ここにきて私の職場の上司が感染し陽性者となってしまった。
私もかなり近い位置で会話していた事もあるので、念の為抗原検査キットで調べてみたが、結果は陰性。症状も出ていないので、おそらくは問題はないものとみられる。
だが、今まで全く近しい存在でなかったコロナウィルスが、遂に私の周辺でも見え始めた事に、少し驚きを感じている。
というのも、私の職場が医療機器に関わる職場である事から、ワクチン接種は初期の頃から騒ぎはじめていた事もあり、接種率そのものはかなり高い状況にあった。
私自身も3回接種しているのだが、おそらく今流行りのコロナウィルスは、変異したもので、今までのワクチンでは防ぎきれないというものなのかもしれない。最近のワクチンはオミクロン株対応とか言っている時点で、今までのものに効果があるのかさえも多少疑問がある。
ここに来て、生活も元に戻してきている人もいたり、日本全体も経済を取り戻すが如く動きを見せているので、本来ならパンデミックが起きても不思議では亡い状況なのかもしれない。
ただ、そうした中でも、自分の周辺に今この時に広がりを感じるような状況になった事に、さてどうしたものか? とちょっと悩んだりする。
予防の為の活動対応として、今までやっていた事と同じで良いという事は漠然とわかってはいるものの、どこにどう気をつけるべきなのか、という事を改めて考えたとき、今までもそんなに厳重に対策していたワケでない事を気がつくからだ。
そして私がもし陽性者となってしまったなら、それはまた別の問題を深刻化させる事になる。

介護とコロナ

一番の問題は介護である。
もし仮に私が陽性者となった場合、介護する者が私しかいない状況は非常にマズイ。
もちろん、換気をした上で母親の面倒をみれなくもないが、今までデイサービスで対応していた事が出来なくなる。というのは、母親が濃厚接触者となるからだ。
デイサービスで受けていた母親の介護内容を自宅でできるか? となると、かなりハードルが高い。という事は10日間ほどは母親には何かしらの不便をかける事になる。
実にこまった話である。
家族とは言え、対応できる者が一人しかいないという事は、常日頃の対応も大変だが、こういう隔離されなければならない状況の時はさらに厄介だ。
新型コロナが、インフルエンザ並のウィルスとなり、すぐに対応できるウィルスになる事を待ち望みつつ、今はやり過ごすしかないのが残念でならない。

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はじめてのフロス

歯の大切さを改めて知る。

歯はとても大切

私は一般的な日本人と同じで、オーラルケアに対してその重要性は知りつつも実践してきたかと言われればあまり実践してこなかった部類の人間である。
過去、何度も虫歯に悩んだ事もあるが、かといって歯磨き以外で何か特別な事をしたかと言われればしてきていない。
最近の学生や若い人はそもそも歯に対しての向き合い方が私の時代とは異なるようで、とてもキッチリした事をしているようだが、私の同世代でオーラルケアをキッチリやっているという人はおそらくそんなにいないのではないかと思う。
まぁ、それも私の予想なだけで、実際いろいろと取り組んでいる人はいるのかもしれないが、私が結構杜撰で、今までやってこなかったのだが、最近母親の介護をしていて、歯の大切さというものを改めて知る事となった。
ウチの母親の世代だと、私よりももっと前の時代になるので、歯磨きに関しての関心はもっと低く、また薬品なども進んだものが使われていない事から、歯を失ってしまっている人というのはとても多い。
ウチの母親も歯はほとんど残っていない状態で、結局入れ歯に頼っている状態である。
母親の口内に、唯一残っていた歯がいよいよぐらつき、モノを食べるにしても邪魔になるという事で、結局その歯を取ってしまう事となった。
これにより母親は下顎の歯をすべて失い、結局現在は噛むという行為ができない状態になってしまった。下顎につける入れ歯を検討しよう、と母親には伝えたが、母曰く「もう入れ歯はいらない。今は喉が細くなったのか食も細いし、柔らかいものしか食べられないのだから」という事で、今は上顎の入れ歯のみになっている状態である。

フロスと糸ようじ

母親のそんな姿を見て思うのは、私は母親と同じになってはいけない、という事である。
幸いにして、今の私は入れ歯を必要としている事もないし、虫歯も今はない状態なので、この状態を維持する事ができれば問題はない。
だが、歯周病になっていないか? となるとおそらくそんな事はなく、今後不安を抱える事は間違いないだろう。
であれば、それを予防する事が大切…という事で、自分の歯磨き事情を見直す事にした。
まず歯磨きだけではダメ、という常識の元、歯間を綺麗にできるようにしようと考えた。
これにはフロスを使ったり、市販の糸ようじみたいな製品を使う事で綺麗にできると考えられるが、コストを考えると糸ようじのような準備されたものは高く付く事が見えてきた。年間コストにするとちょっと許容できないかな、と思えてくる。
今はいろんなコストを抑える必要がある事から、糸ようじのようなアイテムに頼るのはやめてフロスを使おうと考えたが、ド素人の私がいきなりフロスとか使えるのか? という不安がある。
そこでいろいろ調べていたら、フロスを巻き付けて使用するフロスハンドルなるものがクラウドファンディングで出ていたので買ってみた。
フロスとフロスハンドルチタン製という事で、衛生面も問題がなく、しかもどんなフロスにも対応できるというものらしい。…らしい、というのは、そもそも私がフロスなるものを使った事がないので、フロスにも色々種類があるという事を知らなかったためである。
フロスを手で掴んでそれだけで使うというのはやはりハードルが相当に高いと思われたので、フロスハンドルなら糸ようじのように使えるかな、と考えた次第である。
初心者用と言われるワックス付きのフロスを買ってきて、早速巻き付けてみたが…案外簡単に使えそうな感じである。

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徐々にルーチン化されてきた日々

母親の介護という状況から一変した毎日が日常になってきた。

精神的には慣れてきた

母親が「要介護4」認定(当時は予定)を受け、自宅において介護ベッドで介護が必要になったのが今年の7月9日。
その後、一週間も経たずに再入院となり、そこから約一週間で再び退院してきたのが7月23日。
実に慌ただしい毎日を送ってきた中で、生活の内容とリズムが大きく変わり、私の心と体はその著しい変化についていくのがやっとという状況だった。
8月に入り、一週間が過ぎた今、ふと考えて見ると、ようやく心に関しては「慣れてきたかな?」と思えるようになってきた。但し、体の方はといえば相変わらずしんどくて、キツイ状況ではあるのだが、それでもやらなければならない事のサイクルが自分の体の中に出来てきた感じがして、日々の中でやり忘れるという事があまりなくなってきたのは、偏にこの状況に慣れたから、ではないかと思う。
介護の覚悟ただ、慣れてきたとはいえ、そのルーチンをこなす為の時間というものが減るわけではないので、毎日時間に追われている事に違いは無い。
ホント、今までやっていた事のほとんどができなくなってしまっているのは事実で、FF14なんかは土日にちょっとできれば良いかな、というレベルでしかプレイできないし、資格取得の為の勉強だって、ほとんど身に入らないという状況である。
これは今度の試験はダメだな…。

毎月の必要予算

ざっくりとではあるが、病院の入院費や必要なアメニティ関係の出費など、ほとんどを出し終え、今後生命保険から入院保険費用が振り込まれれば一通りの特殊支出の精算が終わる。
それらが終わった段階で、1ヶ月に必要になる費用を割り出し、実際の収入と支出に大きなズレがあるのかないのかを確認する段階に入る。
ホントはレシートとかをこまめにチェックして入出金管理をすればもう結論は出る話ではあるのだが、前述したとおり、ホントに時間がなかなか取れなくて、そうした管理に回す時間も惜しい状況なので、家計簿管理は最初の段階で諦めてしまっていた。
いや、本当はやった方が良いという事は十分わかっているのだが、ことある毎に介護ベッドの母親に呼ばれたりして、介護に費やす時間ばかりが増えていくと、ホントに細かい事はなかなかできなくなるもので…。
と言うわけで、この8月、9月あたりで収支バランスを見ていく事になるだろう。
ただ、私の実感としては何とかなっているような気がしている。ほとんどがPayPayからの出金にしているという事、それ以外は月初めにそれぞれの銀行口座に振り込んで、必要な費用を落としているので、それらの支払い額を見ていくと、何とか月々でマイナスにはなっていないように思えている。
ま、実際は細かいところまで詰めてみないと判らないのだが。
今はとにかく特別な事がない日々を送って、平常時の入出金を見極める事が先決だと思っている。

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母、再び退院する

10日間という期間で収まった今回の入院。

保険は下りるのか?

7月14日に入院した母親が本日戻ってきた。
今回の入院の病名は「腹痛症」といったもので、腹痛を原因とした検査と対応という名目での入院であった。
ただ実の所、入院した直後にもう退院の話ができるぐらいの状態にはなっていたようで、翌週20日には退院の為のカンファレンスが行われた。
その際、担当医からは排泄物の管理に関して、介護ヘルパーやデイサービスと情報を連携しないと、上手く処理できない、という事でこの部分の情報伝達をちゃんとするように、と言われた。
なので、日々の状態を記録するシートを作成し、ヘルパーさんからの情報や、私が日頃見ている情報、デイサービスでの情報などを一覧化していく必要がある、という事が見えていた。
早速、Excelで作表して情報管理していく事にして、とりあえず叩き台を作成し、関係者に連絡しておいたが、果たして上手く機能するかは、やってみるしかない。
今回の入院は10日間だが、入っている生命保険の入院補助がちゃんと出るのか、気になる所。というのも、前回の退院から一週間も経たずして再入院という事になったので、保険会社がどのような判断を下すのか、そのあたりが気になる所である。
とりあえず、いつもお世話になっている担当者に話を付けたので、申請してみるが、これでもし補助されなければ、前日の話に出していた車の購入の足枷になりそうである。

介護保険証

毎日ヘルパーさんが来てくれたり、週に2日デイサービスに行ったりしている状況だが、実の所、まだ介護保険証が手元に届いていない。
届かない正直、私としては焦る一方で、ホントに要介護4という区分になっているのか、冷や汗ものである。
もし要介護3だったら、現時点で使用出来る介護保険適用の費用額の上限が低くなってしまうので、今の体制のまま今後も続けられない事になるし、何より今回既に利用してしまっている費用の介護保険枠からこぼれる費用を全額負担なんて事になりかねない。
その状況だけは避けたい、と思っているが、未だに保険証が届かないので、確認のしようがない。
コレ、こんなに時間がかかるものなのだろうか?
区分変更の申請は前月にしているし、その審査も前月に終わっている。既にその審査から1ヶ月近くが経過しているのだが、これでも来ないという事が、世の当たり前だとするならば、これは是正すべき事ではないのだろうか?
まぁ…私がココでこんな事を言っていても仕方のない話ではあるし、慣れているケアマネージャーなどは「遅れるのはいつもの事ですよ」なんて気軽に言っている。
慣れとは恐ろしいものである。

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介護と身体障害は違う

違いがあるのもわかるが、介護だとダメってどういう事なのさ?

福祉自動車助成に関して

先日、ディーラーで法定12ヶ月点検を受けた際、福祉自動車に関してディーラーより情報を貰った。
税金が非課税になったりする制度がある事は前々から知っていたが、市町村でも福祉自動車の改造や新規購入に際して助成金が出るという制度は、その時初めて聞いた。
ただ、助成金というのは助成されるための要件というものがあり、その要件が何によって成り立っているかがポイントになる。
たとえば介護保険に関して言えば、市町村が要介護者の状況を確認して、判定、介護度を設定して、その設定された介護度に応じて介護保険が適用される限度額が決定されるが、そういった基本要件が福祉自動車購入補助の助成金にも存在しているはずである。
ディーラーで聞いた話だと、車椅子を使用する本人もしくは家族がそうした車の購入をする時に、役所で手続きできる、と言っていたが、それが何の要件で成立する話なのかが判らなかったのである。
必要だから考えるが、もう少し支援を…(画像はイラストACより引用)

そこで、今日市役所に立ち寄る事があったので、福祉課でその辺りを聞いてきた。
すると、ここに理解に苦しむ現状がある事がわかった。
介護保険の区分では、この助成は受けられない、というのである。

助成金交付要綱

この福祉自動車の購入等に使用出来る助成金の法律が何であるかが見えてきた。
「介助用自動車購入等助成金交付要綱」という市町村の決め事が定められていて、そこに適用される法律の記載があった。
この助成金交付要綱は、重度身体障害児者、身体障害者福祉法の第15条に規定する身体障害者手帳の交付を受け、かつ、その障害の程度が1級又は2級である者を対象とした制度だというのである。
つまり、介護保険を受給している者を対象にしているわけではなく、あくまでも身体障害者福祉法の下に定められているので、同じ車椅子を余儀なくされている人であっても、この助成金は受けられない、という事である。
介護保険でできる事は、福祉車両の貸出を受ける事はできるそうだが、自ら購入もしくはその家族が購入という時にはそうした適用がないという。身体障害者枠であっても、要介護者枠であっても、どっちにしても車椅子を使用せざるを得ない事に違いはないのに、片方は助成を受けられて、もう片方は受けられない、というのは、法律が違うから、という理由だけだとしたら、何とも納得できない話ではないかと思えて仕方が無い。

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ふと考える恐怖

ホラーとかそういうのではないが、現実的に恐怖を感じる。

今私が倒れたら…

この三連休の間、いろいろ身の回りを再整理する時間が採れた。
母親が自宅に戻ってきて、介護生活が始まったはいいが、そこでいろんな問題が浮上し、必要なものが足りなかったり、必要だったものが間違っていたり、もっと便利なものでないとダメだったり、とそれこそ想定していた事との食い違いを是正しないといけない事が多数あった。
なので、この三連休はそうした食い違いの是正だったり、母親が戻ってきても大丈夫なように準備をしたり、という時間に費やした。
その結果として、一昨日の車の買い換えの話があったり、母親の急激な変化を思い出したりしたワケだが、ここにきてふと自分が考えていなかったそもそもの前提を気にすべきだという事に気がついた。
それは、私という存在が倒れるような事があった時の事である。
私一人なら、私が倒れても家の中の事はそう気にすることはない。単に時間が止まるだけの事である。
だが、介護が必要な母親がそこにいる、という事になると、話は別で、今の母親の介護生活は私という存在が確実に機能していて成立しているところがある。
しかも、そこにはバックアップがない。つまり、私が倒れるような事があると、母親の生活が成立しなくなるのである。
残念だが、私は五体満足ではあるものの、健康体かと言われたなら、声を大にしてそうだといえるほど、健康体ではない。
いや、むしろ不健康体だと言えるだろう。倒れる事はないかもしれないが、蜂窩織炎(実際にはその手前の状態だが)も発症するかもしれないし、肝臓や腎臓系の病気になる可能性も否定はできない。
そんな状態にありながら、母親の介護生活を円滑に行っていかなければならないと考えた時、私の中には恐怖以外ナニモノも出てこなかった。
介護の覚悟
今の介護保険で賄えている支援は、支援いただける限度額を使い切っている。これ以上は実費になる。その時、もし私が入院という事になったなら、どうすれば良いのだろうか?

解決策は見えない

実際問題、私が倒れたとしたら、ケアマネージャーと相談してどんな対応策があるかを話し合う必要がある。
当然だが、知らない事には対応はできないので、まだまだ調べる必要はあるが、私のように被介護者が一人しかおらず、介護生活を送っていて被介護者が介護できなくなるなんてケースは他にもあるはずである。
預貯金があれば切り抜ける事は簡単だが、そうでない家庭は前にも後ろにも進めなくなる。だからそうした家庭の為に何か方法があるハズではないか? と思っている。
まぁ…実際の所はどうなのかはわからないが。
とりあえず、まずは自分の健康管理は今まで以上に考えないとダメだな、という事は間違いない。そこに留意しつつ、何かしらの支援がないか、探っていこうと思う。

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人生の変化

ふと、iPhoneに保存していた写真を見ていて、気がついた。

激変した人生

今日、ふとiPhoneに撮りためている写真を見返すという事をした。
別にいつも見返す事などないのだが、いらない写真が数点入っているのに気づいて、それを削除しようとしたところ、iPhoneのアルバムに保存していた写真は日付で分類されていたので、ふと、過去に撮影した写真が気になって振り返るなんて事をした。
2021年12月のフォルダに、母親が手書きで書いたメモの写真が入っていた。
この時は、不自由ではあったものの、歩く事そのものもまだ出来ていたし、自分で買ってきて欲しいものをメモに手書きで書いて、私に手渡すなんて事をしていた証拠が、まさしくこの写真だった。
この写真を見て、私はふと思った。
激動の人生へと進む何という生活の変化、私の人生の変化だろうか、と。
半年ちょっと前は、母親は自分で歩くこともできていたし、手書きでメモを自分で書くこともできていた。
だが今はどうか?
歩く事もままならず、自分で文字を書く事はできたとしても、書く体勢をとる事もできなくなってしまった。
実際、文字を書こうと思っても、おそらく上手く書く事もできなくなっているだろう。最近は必要書類に署名をする時も、代理人として私が書いている始末である。
いつ頃からこんな事になったのか、思い出してみる。
すると、今のような状態になった最大のターニングポイントは、2月28日の入院である事がわかる。
全てはこの入院から始まった。

軽い脳梗塞から始まった

当Blogの2022年2月28日の記事にもその事を書いたが、この日、定期通院で内科にかかった際、母親が右手に力が入らない、と医師に伝え、医師がその違和感からMRIを撮ろうと言った。結果、軽い脳梗塞が見つかり、即時入院が決まった。
呂律が回らないなんて事はほとんどなかったが、何を言いたいのか判らなくなるなんて事があったため、脳梗塞の気配が以前からちょっとずつ出ていた事は間違いが無いのだろう。
その後、4月6日に母親は退院してきたが、その時には要介護1の区分で介護保険を申請した後だった。まだこの時には伝え歩きは出来ていたので、自分で歩こうと思えば歩けた時である。
ただ…この時、私は知らなかったのである。母親は今回の入院の時、病院の風呂場で尻餅をついていて、恐らくはこの尻餅が原因で圧迫骨折が出た…もしくは以前から圧迫骨折をしていたが、ここでそれが加速した、と考えられる。
というのも、退院後の4月21日に腰がどうしても痛いと言いだし、整形外科に通院したら脊椎圧迫骨折と診断された
この診断から、結構大きいコルセットを着ける事を余儀なくされ、そのコルセットを着ける事によって、体の各所に痛みを訴えるようになった。
その痛みが内側からか、あるいは外側からかはわからないが、極度に痛みが酷くなり、5月10日に母親は救急搬送となり、そのまま原因がわからない事で精密検査をするという事でまた入院となった。だが、まだこの時は歩く事はできていたのである。

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母、再入院

先週退院してきたばかりだというのに…。

昨晩から腹痛を訴える

母親が再び入院となった。
昨晩、私が仕事から帰ってきた時から、様子が変だった。
排泄物をデイサービスで排出する為に、薬剤を注入して対処するハズだったのだが、デイサービスでその薬剤注入をしなかったのが原因である。
といっても、デイサービスの担当者が悪いわけではない。
母親は、デイサービスに出かけた後、どうも自力で幾分か排出したらしく、それを見た担当者が薬剤注入は不要、と判断したようだ。
だが、実際は自力で排出した量が極端に少なく、腹部に相当量残っていたようで、それが腹部を圧迫、腹痛を引き起こしたと考えられる。
なので、この薬剤注入をして排出してしまえば腹痛は治まる…ぐらいに、私も母親も考えていたのだが、この薬剤注入、医療行為なので家族はできるが他人は医療関係者でないと出来ないとの事。
私ならできるのだが、私がそんな技術を持ち合わせているワケもなく、翌朝、耐えられなくなった母親は救急搬送されるという事となった。
救急搬送された先は、先日まで入院していた病院で、入院していた時の情報はすべて存在している事から、排出が上手くできないという今日の救急搬送があった事で、医師は再び入院して排泄できない原因と対策をすべきと判断、そのまま入院となったワケである。
医療費で頭を抱える日が来るとは…
母親からしてみれば、薬剤注入してくれれば、そのまま家に帰れると思っていたようだが、医師からすれば救急搬送されるぐらいの話なので、もっと詳細な調査が必要、と判断したわけである。

再入院

というわけで、本日は朝から再入院手続きとなった。
正直…予算的に苦しいと言わざるを得ない。生活をここまで圧迫された事は未だかつて無かった事だが、だからといって入院させないという分けにもいかない。
とりあえず、介護サービスの各所に連絡をする為、ケアマネージャに連絡して調整を取って貰いつつ、生命保険の担当者に入院保険手続きの話をして、保険が下りるかの確認を取った。
保険に関しては、まず前回の入院保険の手続きが終わっていない事から、まずそちらから手を付けましょうという事で、今回のものについてはまだ未定という状態。
介護に関してはケアマネージャが関係各所に連絡を入れて一度ストップしてもらう手筈を執った。
正直、こんなに慌ただしい日々を連続で送るというのも珍しい。
受け入れたかと思ったら再び入院で、受け入れた後の生活にちょっと慣れていかなきゃと思ったら、再び一人の生活に逆戻りである。
しかも、生活費含めた支出がハッキリしないまま、もう数ヶ月が経過していて、収入に対しての支出が追いついているのかという事も、不明瞭なまま来ている。
今の所一定の貯蓄があるため、入院費を支払って入院保険が入ってこなくても何とかなっているが、それがいつまで続くかはわからない。
財政不明瞭という状態を続けている事にも、私の精神的ストレスは強くなる一方である。

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慣れるまでは…

自宅介護3日目。いつもと異なる生活に戸惑うばかり。

ルーチン化するまでは

母親が自宅に戻り、介護生活が始まって3日目。
まだまだ慣れない生活の中で、アレを忘れた、コレを忘れた、などとやるべき事をいくつか忘れていたり、また近々訪れるデイサービスの準備をしたりと、今までやってこなかった事の連続が、私の生活の中に入り込んできた。
自分一人の生活ならば、何かを忘れたとしても取り返しが付くが、自分の事が不満足な母親の事となると、一つ忘れると結構大きく響いてきたりして始末が悪い。
特に一番問題なのは、薬を飲ませるのを忘れた時。
薬関係が実にヤバイ
というか、気がつくと「アレ、薬のんだっけ?」と飲ませたのかまだ飲ませてないのかを忘れてしまう事がある。これが一番危険。
飲ませてないのはマズイし、かといって飲ませたとしてそれを忘れ、飲ませていないからと思い込んで飲ませてしまうと、2回分を飲ませる事に。
しかも本人は言われるがままに薬を飲んでいるので、飲んだのかどうか曖昧な記憶の中にいる。
これは非常に危険かつ、私自身でやらかすと大きなミスになる部分だと見えてきた。
なので、薬を飲ませたかどうかを確認できる何か良い方法を考えるしかないかな、と考えている。
これらも全て、私の生活としてルーチン化していかないと、私自身が疲れ果ててしまうので、やるべき事を整理しつつ、忘れないという良い方法を考えるしかない。
自分の事だったなら…と介護の難しさを改めて感じる。

とにかく痛みがなければ…

疼痛の話は先日もしたが、これが実に厄介。
本人が眠ってしまえばそんな事もないのだが、眠るまでは疼痛と闘っている事もあって、精神的に削られる事が続く。
痛みを我慢しているのだが、その我慢している事にイライラしてきて、精神が落ち着かない。落ち着かないから寝られない、の悪循環である。
せめて圧迫骨折の痛みが解消されてくれれば、寝たきりでも本人も落ち着いていられるのだが、痛みがあるとどうしてもその痛みを我慢しているウチにいろいろ考えてしまい、精神を削る。
私自身がパニック障害のような症状を経験しているし、時にそういう事もあるから、この精神的に削られる辛さをよく知っている事が、この介護でもっとも辛い部分である。
それが毎晩来るのである。
時に眠れない母親の横でずっと痛みのある部分をさすったり、刺激を与える事で痛みを散らしたりする必要があるので、私の睡眠時間はどんどんと削られ、私自身の生活にも支障が出てくるのが見えてきた。
このまま続くと、母親だけでなく私も潰れかねない。
整形外科の医師には、なんとかよく眠れる薬を出して貰うなり、痛みをなくすなりの方法を見出してもらいたいところである。

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