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Category: その他

クリスマスは衰退しました?

明日はクリスマス・イブ。昔ほどクリスマスである事を騒ぐ人がいなくなったような気がする。

ピークは過ぎた?

Xmasといえばキリスト教では重要な儀式の日である。
Wikipediaで調べればわかるが、最も重要な日というわけではなく、また日本でのクリスマスのように派手な祭りでもない。
どちらかというと、家族だけで過ごし、厳かに過ごす…というのがその本質である。
だが、日本はこのクリスマスを仕掛けたのが商人という事もあって、何かと派手なお祭りに仕上がっている。
まぁ、これは何もクリスマスだけの事ではないのだが、クリスマスだから○○を用意して楽しく過ごそう的な、実に商人の仕掛けそうなキャッチに溢れた祭りである。
だからキリスト教圏の人の目で見れば、日本のクリスマスは変なものに映る事だろう。その感性は間違っていない。
何しろ、ケンタッキーフライドチキンを食べるのは日本だけであり、キリスト教圏では七面鳥を食すのが普通。チキンであったとしてもローストチキンを食すのが通例なのだ。
もうこの時点で日本のクリスマスは変なのである。
だが、そのクリスマス(クリスマス・イブ)だが、ここ数年、どうも以前よりずっと静かになったな、という印象がある。
イメージとしても、従来は恋人のいない人からすると寂しいお祭り的な印象が非常に強かったが、最近では以前ほどの風当たりがない。
街中のイルミネーションそのものはLEDの普及によって派手にはなっているが、ただ派手なだけで、そこにクリスマスだからという理由付けがなくなりつつある。
私の印象では、どうもピークが過ぎてしまったように見えて仕方が無い。
これは何故なんだろうか?

他のイベントが強くなりすぎた?

私の感じる所をそのまま書くと、おそらくだが、日本人の中で構成されるイベントの中でも、クリスマスは印象に残るイベントとしての順位を下げてきているのではないかと感じる。
例えば、11月末のハロウィンは、以前ではあまり話題になるようなイベントではなかった。しかし、ジャック・オ・ランタンの仮装などイベント的な意味合いでクリスマスよりずっと騒げるイベントであるハロウィンは、今の時代に合っているのかもしれない。それ故にクリスマスよりも人気のあるイベントになっていったのではないかと思うワケである。
要するに、何かの理由付けが世代のニーズにマッチングしないと、そのイベントは徐々に衰退していくのではないかと私は考える。

しかし、これがキリスト教圏なら、こんな衰退はしない。何故なら、宗教的にちゃんとした意味があり、それが古来よりずっと守られているからだ。
日本でいうなら、お盆と正月がずっと続いているのと同じで、宗教的あるいは土着的に根付いているイベントは、カタチこそ若干変わったとしても脈々と続いていく。
日本においてのクリスマスは、残念ながら国民ほとんどの人からすると、宗教的意味合いを持たない為、いとも簡単に衰退していくと考えられる。
だから商人側が何か強烈に仕掛け直さないと、この衰退は止められないだろう。

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自公大勝利も意外な数字

明確な数字は忘れてしまったが、今回の選挙に限らず面白い数字が出ているという。

実は得票数はあまり変わらない

今回の衆院選は、結果として自公連立側が大勝利を収めた。
議席数は320議席を超える数字を獲得し、自公だけで3分の2の議席数を超える為、これはもう圧倒的勝利と言って差し支えない。
だが、実の所この議席比率そのものは以前と変わりがない。つまり、大勝利と言いつつも変化がないのだ。だからこそ、今回の衆院選は「無駄」だったと言いたい人が沢山いる。
変化があったとすれば、それは維新の会が減り、その分共産党が増加した、と言えるが、大きな変化はそれぐらいでしかない。
そしてその変化のなさは、池上彰氏の番組を見ていたところ、実は得票数にも表れているそうだ。
なんと…前回3回分を比較しても、自民党が得ている得票数に大きな変化がないのである。
つまり、組織票である程度獲得できる票数が分かっていて、他党がその自民党の組織票以外のところでどれだけの票を集められるかで、自民党が圧勝するかどうかが決まるような感じであった。
この得票数は、全体の票数、つまり投票率によって大きく変わるが、それでも自民党の組織票に大きな差が出ないところが面白い。もし自民党を与党から引きずり下ろしたいなら、とにかく投票率を上げる、つまり大多数の国民に政治関心を持たせ、投票させればいいのである。
そうすれば、ある程度は割れるかもしれないが、自民党の組織票以外の票が他党に流れ、野党のどこかが政権を勝ち取る事ができる可能性がある。
まぁ、現時点では依然として民主党がその可能性が最も高いわけであるが。

数の暴力

時に民主主義というのは、数の暴力とか数字の暴力である、という言われ方をする。
たとえば全体100の議席を制するには51議席あればよく、その51議席を制するには26議席を制すれば良いのである。
実際には、過半数を維持できるだけではダメなのだが、単純に数字だけみれば全体100を制するのに26を制すれば全体を掌握する事ができるのである。
だが、この数の暴力のシステムを許容するのは、紛れもなく民主主義的発想であり、政党政治という体制を採っているところは必ずこの数の暴力の中で政治を行っていると言える。
数の暴力を抑制する術がないとは言わないが、今の自公連立政党を見ていると、まさに数の暴力で政治を起こっているとしか思えない節がある。
自民党の悲願である憲法改正も、上手くやれば可能なまでの議席を獲得したわけである。
日本は二院制であるため、衆議院だけを制しても意味はないが、参議院を今の自公連立政党が掌握する事も、今の段階では決して不可能ではないし、過去、自民党はそれを実現していた時もある。
今まさに過去と同じような体制が繰り返される時が来たと言えるかも知れない。
だが、問題は過去と今とでは、世界情勢がまるで異なるという事。
過去、日本は米国の後を追いかけるような政策を採っていれば良かったかも知れないが、今は前例のない経済の中にあり、模範とすべき答えを持たない政治を行わなければならなくなっている。

果たして数の暴力で圧倒的優位に立つ自公連立政権が、この難局を乗り越えられるのか?
…いや、乗り越えてもらわねばならないのだが、もし乗り越えられないのなら、とっとと与党の座から下りてもらいたいものである。
ただ…下りてもそれに変われる政党がないのも、また事実なのだが…。

2014衆院選

衆院選の投票日だった本日。最近の私は真面目に投票に行くという状況。

意味はあったのか?

私はいつもBlogでなるべく政治の事は書かないようにしている。
それは正解というものがないから…というだけでなく、立場によってその出てくる答えがまるで異なるから。人によっては良い事であっても、その反対の立場の人で言えばそれは悪い事であり、その立ち位置は時によって入れ替わる事だってある。
だから出来る限り政治の事は書かないのだが、今回はあまりにも選挙そのものの意味がないように思われたため、ちっょと書いてみる事にした。

そもそも今回の衆院選選挙に意味はあったのか?
私としては「全くない」と思っている。
下がってしまった内閣支持率を一度リセットするために、再度国民に今の内閣の主要たる部分を認めさせるために行っただけのように思えて仕方が無いのである。
自民党からすると、今は他党には絶対に負けないという自負があるように思う。だから解散、総選挙を行ったとしても、第一党を勝ち取る事ができるわけで、支持率のリセットは思った以上にやりやすいのではないかと思う。
この内閣の支持率以外に、今回の選挙の意味は全くない。
実際、自民党議員の不始末などの問題が多発した事で、イメージダウンが続いていたが、そのダウンしたはずのイメージを持っている議員が、再び当選しているという事実が、開票している今の段階でも見えてきている。
誰とは言わないが、とてつもなく後援会の会計が杜撰だった小○議員は、当確を手に入れている。あんな体たらくであったにも関わらず、当確が出ているのである。
こんな意味のない選挙がかつてあっただろうか?(いやない…と反語で続きたいが多分ある…)
逆に自民党以外の政党があまりにも酷い結果で、見るも無惨な状態になっている。
問題を起こしまくった自民党が落ち目になるのではなく、野党が落ち目になっていくという、考えただけで第一党すら変わらず、かえってその思うつぼになってしまった今回の選挙は、やはり全く意味がないように思えて仕方が無い。
いや、意味がないだけならまだマシなのだ。
実際は…意味がないどころか無駄であり逆にマイナスな面しか出てこない結果である。

どこから金が出てるんだよ?

選挙が行われるという事は、少なくとも選挙管理委員会の人員が当日ふくめた複数日に動員され、全国各地で投票が行われる。
当然、その人員にはの人件費が支払われているわけだが、このお金はどこから出ているというのか?
こんなもの、国民の税金から出ている以外に考えられないわけで、その費用たるや大体800億円がかかると言われている。
実際、2012年12月に行われた衆議院選挙に使われた事務費用は588億円と言われていて、事務費用だけでそれだけの金が動いている事になる。他の政党交付金や取り締まりにかかる費用など全て含めると、800億円近い金が動くのは、間違いないようである。
そしてこれらは全て税金から使われているのである。
こんな無駄なものはない。支持率を一度リセットする為に使われる税金と考えると、今の内閣ほどバカで無能な内閣はない、と断言できるのではないかと思うほどである。
そしてこれだけ今の内閣を非難したとしても、他に変われる政党などもなく、結果今の政党を維持する方向にしなければならない現状がある。
実にバカげてて、むなしい結果しか生まない。

ある外国の記者がどこかに書いていた言葉だが「日本は、政治家は無能だが企業やその企業の社員が有能であるため、日本全体が有事に際して極めて有効に機能する」と言っていた。
誰が言っていたのかは忘れてしまったが、この言葉は実に核心を突いた言葉ではないかと、真剣に思ってしまう。

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最近何もできてない…

家に帰ってきて時間があるにも関わらず、何故か何もできない日々が続く…。

やりたい事は色々ある

最近、家に帰る時間が安定していないという事もあるが、時にはちょっと時間取れそうだな、という日もあったりする。
しかし、そういう時も含めて、気がつくと既に布団に入っていて、朝方5時過ぎに目が覚める…という事を繰り返している。自分でも驚くくらい記憶がなく、目が覚めた時にはどのタイミングで自分が布団に入ったのかすら忘れている事に驚く。
しかも起きるのは決まって5時30分近くで、毎朝の起床時間の6時に近い事から、起きた後はほぼ何もできない、という状況にある。

やりたい事は沢山ある。
そもそもFF14のクラフターのレベルを上げたいというのは前々からの課題である。しかも操作しているキャラが5キャラもいるものだから、私的には非常にツライ生産作業が1キャラ育てる人の5倍もある。時間をどれだけかければいいんだろう…と思いながらも、それでもまだ諦めていない自分にちっょとだけ感心するが、現実的な話に感じない部分もあって、どこまで夢を持ち続ける事ができるのか? という疑問になりつつある状態だ。
他にも、最近SFCを引っ張り出してきて、ドラクエIIIを開始しようと思っている自分がいる。今何故ドラクエIIIなのかというと、たまたま私がよく見るニコ生放送の人がドラクエIIIの放送をやっていたから…という理由だけでなく、実は私はSFC版ドラクエIIIをプレイしていないからである。SFC版は初代FC版よりもいろいろな追加要素があり、そのSFC版をアレンジしたものがスマホ版として配信されているのだが、そのスマホ版はSFC版から除外されたものもあったりするので、できればSFC版をやろうかな、と。ホントはPlayStationプラットフォームでリメイクがあれば一番いいのだが、そういった粋なはからいがないため、やむなくSFCを引っ張りだそうと考えた次第である。これは準備さえ整えばすぐにでもプレイ開始できるため、準備をしなきゃなぁ…と思っているのだが、その前に寝オチするという体たらく。ナントカせねば…。

他にも…

もちろん他にも色々やりたい事はある。
これは早急にやろうと思って数日ほったらかしにしているのだが、オリンパスOM-D E-M1に取り付けてあるM.ZUIKO DIGITAL 12-40mm F2.8 PROのファームウェアが1.0から1.1にバージョンアップしているのだが、そのバージョンアップ作業もまだしていない。デジタルものはバージョンアップでいろいろ化けるので、早い所バージョンアップしたいところだ。

あと、PS4を買ったはいいが、FF14以外のコンテンツをまだ一切調査していない。
まだ魅力的なタイトルはないよ…という人もいるかもしれないが、私が知らない名作が埋もれているかもしれない。せめて下調べくらいはしたいところで、折角2TBのHDDに換装したPS4の活躍どころを探したいところである。
ただ、実は一つだけ「これはプレイした方がいいのか? 」と思っているタイトルが一つだけある。
それがグランド・セフト・オートVで、ほぼ何でもアリというゲームをまだ未体験だから、やってみる手もあるかな、と思ったりしている。
ただ、このグランド・セフト・オートV、つい先日の12/7までに予約しておくと、50万ドルの予算追加特典があったらしい(オフライン50万ドル、オンライン50万ドルの100万ドル特典だったらしい)。今はそれが完全に終了してしまっていて(昨日発売したのだから当たり前)、通常プレイをしなければならない。何でもアリの犯罪の巣窟に済むには、未経験というだけで抵抗があったりするわけだが、このゲームが評価が高い事を一度は体験しておいた方が良いように思えて、ちょっと悩んでいたりする。

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Coca Cola Lemon

久々にセブンイレブンに行ったのだが、そこでこんなものを見つけた。

店舗限定商品

最近、食品メーカーや清涼飲料水メーカーなどが、ご当地に向けた専用の商品を作ったりしているが、ここ最近は特定の店舗用に特別商品を作るケースがある。
これもその一貫だという事はわかるのだが…
セブンイレブン限定?なんでも、セブンイレブン限定のコカコーラだという。
初めて見た商品だったので、思わず買ってしまった。やはり「限定」という言葉に弱い定めか…。

こういう商品はもちろんこういったものだけではないのだが、こういった商品の積み重ねでコンビニの売り上げが相当に変わってくる、なんて話も聞いたことがある。
要するに集客する為の仕掛け、というヤツである。
セブンイレブンはこうした集客に成功していて、全国での店舗展開が上手く進んでいるようだが、ファミリーマートは予定していた店舗展開に至っていない現状があるようで(今はどうかわからないが…)、こういう店舗専用特別商品の存在は意外なまでに大きいのではないかと思ったりする。

で、味のほうは?

実際に飲んでみたが…たしかにレモンの風味は感じるが、オリジナルと大きく変わるか? と言えばあまり変わらない、と私は感じた。
炭酸水と水ぐらいの違いがあれば、明確な違いをもって「これは上手い」とか言えるのだが、正直、風味がちょっと違うとかいうレベルだと「限定商品と言われても…」という気になってしまう。
こういう商品は商品企画部が考えるのだろうが、もっとパンチの効いた商品を企画した方が他社との明確な違いが出て良いように思う。
私も元々は企画屋だから、こういう特別商品みたいな存在の積み重ねが実はジワジワと効いてくる商品だという事はわかるのだが、ジワジワ効いてくるからこそ、パンチ力は必要なワケで、今回の商品に関しては「ダメ」ではないが「今一つ」という印象である。

ま、商品企画って難しいんだけどね(-_-;)

忙しいのは良いことなのだが…

ここ最近、妙に忙しい。もちろんそれは仕事の事であって、プライベートな事ではないのだが、私の勤め先の期の終わりが9月という事もあって、かなり忙しい。

やることは山積み

ウチの会社は製造業だが、いわゆる一般産業機器の低迷でここ数年、業績があまりよろしくない。全く良くないとは言わないが、以前ほどの勢いがないのは、多分特例を覗いて他の製造業も同じではないかと思う。
今、国は「エネルギー産業」「航空機産業」「医療機器産業」を成長産業区分としている。
このウチ、独自に設計したりできる産業は「航空機産業」を除いた2分野で、ウチの会社では製造できるサイズの問題から、主力を「医療機器産業」に向ける事を2年前に決めた。
だから、医療機器産業に参入するための薬事法や規定に関して2年前からいろいろ覚え始めたのだが、その中心としてハンドリングしているのが私であり、2年経って未だ会社にその仕組みを導入できないでいる現実は、私の無能ぶりを周りにアピールしているようなものであり、心苦しい所である。
だが、言い訳ではないが、会社の基幹システムに絡む問題を、私単独で進められるハズもなく、結局は通常業務を運用している人が主力にならないと、こうしたシステムの導入は覚束ない。私が無能ぶりを発揮しているのは、まさにこの「人を運用する」という部分にある。
言い換えれば「リーダーシップ」という言い方ができるかもしれないが、今の私にはそれが決定的に欠落しているワケである。
なので、システムを実現できない以上、私が単独でできる範囲は可能な限り私が対応しなければならないわけで、必然的に私の業務が超過気味になる。
さらに、現状の部門間をまたぐ維持活動の責任者なんてものをやってたりするので、期が変わるこの9月は、やるべき事がとんでもない量へ膨れあがる。
そんな状況の中、今までは何とかやりくりしてきたが、そろそろ限界点を突破しそうな雰囲気になってきた。

最優先事項は?

医療機器産業への参入に関して、立ち上げなければならないシステムはもちろん優先事項なのだが、最優先事項はやはり現時点での会社を維持する活動になる。
9月は防災訓練の時期でもあるため、避難訓練のプログラムを作成したり、その訓練の為の行動フローを作成したりしなければならない。この防災訓練というのは、常日頃からいつでもできるようにしておかねばならないのだが、訓練そのものは毎日やっている事でもないため、意外なまでに「何をしなければならないのか?」を知っている人がいない。
だから、役割を割り当て、その役割に対して何をしなければならないかなどを特定し、周知しなければならない。これらを構築して各部門へと落とし込み、実際の防災訓練を行うわけだが…これはまぁ上手くいかなかったりするのである。
一度大きな災害を経験すると意識がガラリと変わるのかも知れないが、そういう経験がないと、真剣さが全く足りない。結局、システムを見直して簡単かつ円滑に行う為の指針を、誰かがつくらねばならないわけで、今は私がそれを担っている。まぁ、今の忙しさに拍車をかける一番の原因はコレになる。

また、ウチの会社はISO 9001という品質マネジメントシステムを運用しているが、これに関しても期が終わる事によって…というか、ウチの会社で決めている事として、期末には済まさねばならないものがある。
それが内部監査というもので、会社の各部門の活動が円滑に稼働しているか? 問題がないか? 問題がある場合、どのように解決しているか? などを監査するのである。これはISO用語でいうと「監視・測定」と呼ばれるプロセスの一つである。
このISOの管理をする業務をウチの会社ではISO委員会という組織で運用するのだが、去年、委員会活動を見直すという名目で、ISO委員会は解散した。…が、なぜかその委員会の事務局だけは残され、現時点でその事務局メンバーは私一人が在籍している。
つまり…内部監査のプログラムや監査そのものを私が中心になって運用しなければならないわけで、これが通常業務にのし掛かってくる。もう自分で何をやっているのかわからないぐらい、プログラムの作成やチェック項目の選定、行われているハズの是正確認など、やるべき事が多い。

これらの業務に、さらに加えて産業廃棄物調査が今年は回ってきているため、そちらも何故か私が対応する事になった。
ハッキリ言うと…コレって総務の仕事じゃねーのか?(-_-;)
いや、総務にこの調査が県から通達されても、結局は私か産廃を実際に手配している人のところにこの話が回ってくるだけか…。

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Maid in Japanな革製品

私は世間一般に言われるブランドモノに対する考え方がちょっとズレているかもしれない。
しかし、単に私は機能的である事を好んでいるだけだったりする。

PORTER

PORTERというブランドがある。
これは株式会社吉田、通称吉田カバンのブランドであり、その始まりは1962年まで遡る。
吉田カバンは元々吉田鞄製作所という名称で創業され、こちらは1935年からの歴史がある。
私が吉田カバンを知ったのは、実は結構前の事でもう数十年前の事。手堅いMaid in Japanのカバンメーカーという所に私の興味が向いた。
ところがここ数年、いろんなメーカーが海外生産に走って行き、吉田カバンもその流れになってしまうのか? などと思っていたら、相も変わらず吉田カバンはMaid in Japanを貫き通しており、それはそもそもの理念である日本製に拘るというスタイルを貫き通した結果だと知り、余計に吉田カバンが好きなカバンメーカーとなった。
だからいつかは吉田カバンのカバンを買いたい…と思っていたのだが、まぁ、何しろ手堅い日本製カバンであるため、品質はもちろん高いが価格も当然高いわけで、今一つ躊躇してしまうところがあった。
なので、手軽に買える何かが欲しいな…と思っていた所…ウチの母親の財布が随分年季の入った状態になっているのを見て、どんな財布が欲しいのかをいろいろ母親にリサーチした。
結果、欲しい財布の特徴が以下。

  • 二つ折り
  • 小銭入れが正面に四角く開くタイプ
  • カード入れといくつかポケットが欲しい
  • 色は焦げ茶みたいなブラウン

意外と具体的な話だな、と思いつつ、よく考えてみたら、この特徴、ほぼ男モノの財布じゃねーか(爆)
まぁ、当人がこういうのが欲しいというのだから仕方が無い。希望に添うよう、サイトでいろいろと財布を探しまくった結果、やはりPORTERブランドにそれらしき財布を見つける事ができた。
で、早速ポチッたワケだが、その財布が本日届いた。
手堅い革製品。実に好感触。

実に手堅く、シンプルな作り

画像を見ればわかると思うが、実にシンプルな作りで、手堅い革製品である。
機能を最優先した…としたとしても、このシンプルなデザインは妙に派手に作ったものなどよりずっと綺麗でカッコよく見える。
これが吉田カバンクォリティ。
この財布、PORTER SHEEN WALLET 110-02921という製品なのだが、大きさは92×110mmで、手に確実に掴める大きさ。ま、WALLETは基本的にこれぐらいの大きさが多いので、サイズ的には珍しくもなくともない。
カードが4枚入り、それ以外のポケットが4つ、札入れが2つに小銭入れが真ん中にある、というタイプである。
色はこのブラウンとブラックの2色がある。色合いも決して派手なものはなく、実に堅実なものしかラインナップされていない。そこがまた良いのである。
価格は…意外と安くて消費税及び送料込みで14,040円。ネットではなく実際の吉田カバン取扱店で購入すればもう少し安く買えるかも知れない。
こういう時、地方在住者はどうしても通販に頼りがちである。そういう生き方が定着してしまった私がいうのも何だが、通販も賢く使えばいろいろお得な買い物ができるのですよ…。

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諸般の事情

明日からいよいよ夏のお盆休みに入るという人も多いと思う。
長い人になると、先週土曜日から休み…なんて事もあるかもしれない。

金沢行きを断念

私は通常通りに8月13日からお盆休みに入る。
昨年、父が亡くなった事もあって初年度の今年くらいは父の墓参りに行くべきと考えていて、墓のある石川県金沢市へと行く予定を立てていた。
但し、私自身が8月14日にはちょっとした用事があるため、12日の夜に金沢へ向けて車で走り、13日早朝には金沢入り、その後墓参り等日中を金沢で過ごし、そのまま夜には金沢を出発、そのまま自宅へと帰還するという予定だった。
強行軍だなと言われるかもしれないし、それを否定するつもりもないが、ウチではこのような移動はそんなに珍しい事でもなく、母親に関してもそれに同行する事に異議はない、という話だった。

ところが…諸般の事情で金沢行きを断念せざるを得ない状況になってしまった。
理由は単一のものでなく、同時多発テロのように誰かに仕組まれていたんじゃないかと思うぐらい、タイミング良く複数の問題が発生、結局断念せざるを得ない事となってしまった。
…何となくバチあたりな話になってしまったが、行けないものは行けないのである。
と言うわけで、今年は自宅で父のお参り、という事になる。

日本の伝統も移り変わり…

父が亡くなった時にも書いたかもしれないが、最近の葬儀は日本が古来から行っているような事をあまりしなくなってきている。
もちろん、ちゃんと伝統に則った人達もいるが、ウチは家族葬での葬儀で、その後、初七日、四十九日など、固定の儀礼はしなかった。ああ、四十九日の時には、父の遺骨を金沢まで運んで埋葬したが、結局それも家族だけで行い、親戚等の同席はほぼなかった。
葬儀を行ったときに、葬儀会社の人に聞いたのだが、最近はこういう小規模の家族葬が多く、またウチのように初七日、四十九日に何か特別に執り行うというケースも減ってきているらしい。
それだけ家族という単位が大家族から核家族へと移り変わり、そしてそれらが一巡しきった為に、昔から受け継いできたものを受け継がずに行き始めた、という感じではないかと思う。
もし、家族の中にお爺さんやお婆さんがいたら、多分、こんな家族葬だけで済ませてしまうという事を許さないだろうし(金銭的事情でやむなく断念という事はあるだろうが…)、また少なくとも親戚類の参加がないなんて事はないだろう。
昔、私の曾祖母が亡くなったときの話だが、親戚だけで100名を超えるメンバーが揃ったという。一体どれだけの兄弟がいたんだが…。

そんなワケで、今年はちょっと罰当たり的なお盆になってしまったが、諸般の事情なので仕方が無い。
しかし…この「諸般の事情」って言葉、なんて汎用性の高い言葉なんだろう…(爆)

おそらく日本人にはその発想はない

今の日本がどうかはわからないが、林業は昔から行われている。
国内の大部分を山林に持つ日本では、そうした産業は国家基盤の一つと言っても過言ではない。

林業の伐採

山林の樹木を伐採し、その切り倒した樹木を山から引き下ろし、材木化する。
日本の林業はその伐採する樹木を維持管理し、いざ伐採するとそうした資材へと変換させる業態を昔から行っている。
だから切り倒す樹木をできるだけ沢山の材木へと転化できるように切り倒し、山から引き下ろす。
それが日本の林業であり、昔から行われている事だ。
しかし、今日ネットで見た海外のとある動画が、私的にあまりにも衝撃的で、これは日本人には発想できないだろうと感じた。
https://www.youtube.com/watch?v=myakMPwMlSk#t=66
もうね、樹木をシュレッダーにかけてる感じ。
粉砕? いや、まさにデリートという言葉が相応しい伐採である。
コレならたしかに跡形もなく消し去る事ができるだろうし、一見して便利そうには見える。
だが、残された土地には、粉砕した樹木の木くずが散らかっているだろうし、むしろその方が人手がかかって大変な後処理になるように思えてくる。
おそらく、こうした機械を使う土地では、後片付けはあまり考えていないのだろう。
私からすれば、素直に切り倒してしまえばいいのに…と思えるのだが。

結局はそれ相当の場所が必要

この伐採シュレッダー機、重機ショベルカーのアタッチメントの一つになる機械だが、狭い所なら使う意味があるか? と思ったものの、結局この重機が動ける範囲の土地が必要である事から、狭い所で使用できるものでもない。
かつて掘削・解体の双方の重機免許を持っていた私から見ても、狭い所であれを振り回すのはあまりにもリスキーで結局はあの重機が360°自由に動ける面積の1.5~2倍の作業面積は必要になるだろう。
で、その面積で木くずが飛び散るワケだが、多分その飛散面積は、その作業面積を軽く超えるハズである。
であるなら、都市部で使用するにしても、結局はかなりの面積を工事用区画として設定しなければならないから、あまり便利という感じにも思えない。
まぁ、要するに邪魔な樹木を切り倒すのも面倒だから削りきってしまえばいいんじゃね? 的な発想で、このアタッチメントが作られたのだろうと思う。もうね、後先考えてないよ、コレ(爆)

ただ、発想としては面白いかな? とも思っている。
エコの観点から見ても、周辺の土地が土だけならば、木くずがバラ蒔かれた土地を攪拌して、土壌改良に使えるかも知れない。
まぁ、実際にどうなるかは専門家の知識と実験が不可欠かもしれないが。
日本の林業とはかけ離れた処置ではあるものの、生い茂る材木用の樹林とはできない、雑木林であるとかの処理には一定の費用対効果はあるのかもしれない。
日本人には発想はできないかもしれないが、合理的な部分もないわけじゃない。
この発想ができるという事を評価すべきなのだろう。
…ホント、向こうの人は豪快だなw

ぼっちてんと

プライベート空間といえばそれまでなのだが…正直私には理解に苦しむモノが発売された。
まぁ…使い道はたしかにあるのだが…。

その名は“ぼっちてんと”

ビーズ株式会社が「ぼっちてんと」と呼ばれる、自宅内に気軽にプライベート空間を作ることができるというテントを発売した。価格は8,000円(税別)。
コンセプトは「徹底的に1人であることを楽しむもう」というもので、「ネカフェのように周囲との接触を遮断し、真にネットライフに没頭できるプライベート空間を作れる」のが売りなのだそうだ。
確かに、自宅内でも完全に“個”を確立する事は難しいと言えばそうなのだが、そこまで“個”である事を求める必要があるのか? という疑問がなきにしもあらず。
それでもこの商品が企画されたという事は、こうした“個”を求める声があったからだろうから、時代のニーズに応えた製品なのかもしれない。
確かに簡単にテントを作る事ができるようだが…これを室内に置くという時点でちょっと違和感が…。
複数の人がいる部屋で、イキナリこのぼっちてんとを展開してその中に入る…その行動だけで、他の人との距離が微妙な雰囲気に包まれるような気がしてならない(爆)

片付ける時も簡単!

このぼっちてんと、片付ける時も簡単という事を売りにしている。
テントの芯になっているフレームが柔軟性があり、その応力を利用した構造であるため、円形にすればコンパクトになる、という仕組みのようだ。
車の窓に吸着させるウィンドシェード(日よけ)にも似たような構造のものがあるが、それを巨大化した感じである。

値段的に考えれば、簡易的なテントにしかならないのは分かっているのだが、これで“個”の空間を得たい、という人にはちょうど良い製品なのかもしれない。
少なくとも…私には不要と思うが、使い方を考えれば他の用途で使い道ができるかもしれない。
ちなみに公式サイトでは、この製品を「ウォークインクローゼット」としたり「勉強部屋」として使用したりする提案をしている。
ま、そういう使い方もアリなのかもしれない。

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雪はまだ深く…

一昨日の夜から降った雪で、私の周辺は未だいろいろなものが麻痺状態になっている。
高速道路だけでなく国道までもが通行止めで、そこには未だ閉じ込められた車が多数…。

ウチの周辺だけじゃない

山梨は甲府で114cmの積雪と史上最高の記録を樹立したワケだが、当然ウチの周辺でもその最高記録に負けないぐらいの積雪だった。公式では発表がないので正確な積雪量はわからないが、少なく見積もっても70cm、ただ、甲府で114cmだった事を考えると、多分100cmを下回る事はないのではないかと思う。
そんな記録樹立からの翌日、天気は最高に良いのだが、地面はその太陽光を反射するかの如く、一面真っ白…。
除雪はまだ先になるだろう…
ようやく人の歩ける道を人々が踏み固めて作られた程度で、本格的な除雪は間に合っていない。
というのも、国道に車が閉じ込められている関係で、そちらの除雪が最優先という事になっているからだ。
だから、山間部といっても比較的町中に住んでいる私の周辺でもまだこの有様。除雪が入るまでまだ時間はかかりそうである。
この雪の影響で、JR中央線は今日の朝から運休が決定していた。国道動けず、中央線動かず…で、完全に市内に閉じ込められた感じだ。
これではパシフィコ横浜に行く事は夢また夢の話である。
…嗚呼、行きたかったなぁ orz

振り返っても雪

とにかく、どこみても雪、雪、雪である。
これだけの雪があると、どこに捨てていいものかすら解らない。
雪かきしてもきりがない…
この画像の一番向こうは、実は国道沿い。すぐ近くに信号があるため、普段ならこの画角で撮ると、ほとんどの場合で止まっている車が映り込むのだが、今回は一切映り込みなし。
何しろ国道が止まっているのだから、車が一切走っていない。
聞こえるのは車のエンジン音でなく、ヘリのローター音だけである。山間部に飛ぶヘリの音は、実に周辺に響き渡る。この音で雪崩を起こすこともあるんじゃないだろうか? と心配になるほど響き渡る。
ヘリが飛んでいるのは、周辺の状況を官公庁が把握する為だと思う。
車がほとんど走れない状況では、こうした手段で全体を把握するしか方法がないのだろう。

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減り続ける日本の経常黒字

昨日、財務省が国際収支速報を発表した。
東日本大震災から減り続けた経常黒字が比較可能な1985年以降最悪の3兆3千億円になったらしい。

日本、ダイジョウブか?

日本は資源を持たない加工貿易国…というのは、高度経済成長期の頃から言われ続けてきた事である。
資源を持たないから、資源を輸入し、加工して輸出して稼ぐ。この図式で成り立ってきたワケである。
だが、今までも輸入増で収支が減る事は幾度もあっただろうが、東日本大震災以降はその輸入額がハンパなく増加し続けている。理由は単純で、原子力発電に頼れなくなった反動で、火力発電用の燃料を大量購入したりしている事がその最大の原因である。
この経常黒字減少から脱却するには、単純に貿易黒字を拡大させれば良いというだけの事なのだが、世界的な競争を繰り広げる中、いくら円高が一時期から比べて改善したとは言え、持ち直すのは相当難しい話である事は、ある程度時事問題を周知している人であれば解る話だと思う。

そんな中、あの震災を受けた後の日本人であれば、大多数が「脱原発」を掲げたい話だろうとは思う。私だって本当はそう言いたい。
だが、生活レベルを下げずにかつての電力を確保する事は非常に難しい。安易な話でいくならば、原発を再稼働させたいというのは、利権にまみれた人たちだけでなく、一部のエネルギー問題に直面している人達も、多分同じ事を言うのではないかと思う。
そして今回東京都都知事選を制した舛添都知事は、原発再稼働派に名を連ねるワケだが、結果的に原発は再稼働し、一時のエネルギー問題は一時的に解決の方向に向かうだろうとは思う。

だが、これが本当に良かった事なのか? と聞かれると、半分くらいの日本人は「マズイ事だ」と言うだろう。日本は地震大国であり、いつ何時震災に襲われるか解らない。安全を担保した…とはいうものの、原発に地震が直撃すれば、またしても問題が発生してしまう。
この問題が解決できる唯一の方法は、やはり「脱原発」でしかない。
しかし、都知事選の流れを見てもそうだが、日本は全般的に「原発再稼働」を受け入れた事になる。
コレで本当にダイジョウブか?
いや、安全性という意味だけでなく、未来に向けてのエネルギー問題として、である。

淘汰された所から強くなる

私は思う。
日本は今こそ「脱原発」の動きに足並みを揃えるべきではなかったのか? と。
日本はレアアース問題の時も苦難の道を歩む事になった。
中国が輸出禁止したレアアースで、日本の製造業はかなりの痛手を被った。だが、代替レアアース等を見つけ、利用し、それを乗り切っている。
逆に中国は温存していたレアアースが売れなくなり、レアアースを売買する企業が潰れるといった事が起きた。
日本は危機に陥ればそこから立ち上がる為の努力を惜しまず、また新たな道を模索してきた歴史がある。
今回の「原発」問題も、今こそ危機と考え、新たな自然エネルギー開発の足がかりにすべきではなかったのか? と思うのである。

現在日本では、太陽光、地熱、風力、波力と様々な自然エネルギー開発が行われている。一定の成果を上げている研究もあれば、暗礁に乗り上げている研究もあるが、私はまだまだ進歩の途上にあると思う。
特に地熱は自然からどんどんと流出する地熱を利用した発電方法だけに、日本ではもっとも効率を稼げる発電方法ではないかと思う。観光協会と戦う必要があるのかも知れないが、この莫大な自然エネルギーを使わない手はないと思う。
そうした、自然エネルギーへの開発が急務である事は全体が解っている事だが、原発再稼働によって安易にエネルギーを得られる状況になれば、自然エネルギーへの切り替えに対して甘えが出るのは自明の理である。
一筋縄ではいかないだろうが、ここは自ら危機を招き入れ、より研究開発を促進する方が、未来の日本を創り上げる事ができたのではないかと思う。

ま、こんな所でこういう話をしてもどうにもならないのだが、日本人はもっと日本人の能力を評価しないといけないと思うし、期待して良いと思う。
安易な道を辿るより、苦難の道を歩み、進化する。
私はその方がよかったのではないかと、常々思っている。

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