イロイロな意味でキタナイモノが見え隠れする宴の始まり。
利権と無責任
東京2020オリンピックが開幕となった。
実際には2021年だが、開催年が2020だから、とりあえず名称は「東京2020オリンピック」というのが公式の名称のようだ。
今回の東京2020オリンピックほど、すべての人に祝福されない大会はないんじゃないかと思うほど、最初からイロイロな意見が飛び出し、挙げ句開催中止のデモまで起こったオリンピックになった事は、やはりその原因は新型コロナウィルスの影響と言えるだろう。
だが、この新型コロナウィルスが世界的に蔓延した事で、今まであまり見えてこなかった事が見えるようになり、改めてオリンピックというもののその裏で蠢くものも見えてきたのではないかと思う。
まずは利権である。
人がこれだけ集まったり、また注目されるという事は、そこに大きなお金が動くという事を意味する。そうした金銭の動きは、オリンピックというそこに政治的意図を含まない事を前提とした大会ではあまり意識しない事が多いはずだが、今回は中止か、延期か、強制執行かという動きの中で、観客を入れる入れないという事も含めてどれだけのお金が動くのかという事が見えてしまった。これで大損するところが出てくる、という損失がチラついた事で改めて大きなお金が動いていて利権が絡んだが故に何かを犠牲にしてまでやらねばならぬという風潮が見えてしまった。
また、運営組織に関しても、無責任な体質がどうしても見えてしまう。
実際には責任者は責任があると自覚はしているだろうが、演出メンバーの中に過去の問題から不適切、なんて事が出たりすれば、それを知らなかった、考えていなかった、など、責任がないかの如く立ち位置を変えつつ、のらりくらりとしている。それだけならいざしらず、我々が選んだワケではないとかいう話まで出たりする。何なの、ソレ?
それと、これに関して私は世間の受け止め方もマズイと思う。
人は一体どけだけ潔癖なんだ? と。
過去に一切の穢れもなく、精錬潔癖でいる人はどれだけいるのか? と。
そういう人にしか任せる事ができないなら、そんな大会やめてしまえ、と私は思う。
日本には、金継ぎという割れた茶碗などを修復して使用する古来からの技術があるが、それじゃダメなのか?
これは日本国民全体に思う事で、そこに一般国民も政治家も区別はない。全ての人に感じる事である。
あらゆる意見を飲み込んで
こんなイロイロな意味でキタナイモノが見え隠れするスポーツの祭典であっても、始まってしまった事に違いは無い。
始まった以上、その始まったモノをどう受け止め、どう感じるかは人それぞれだが、それでも忘れてはいけないモノがある、という事を完結かつ名言として発した人がいる。
日テレの藤井貴彦アナウンサーである。
【#藤井貴彦 アナのメッセージ】
番組最後に放送した#藤井アナ の言葉を投稿します。
「この大会に純粋な思いを
努力を注ぎ込んだ人がいます
その人たちへの
リスペクトは忘れたくありません」
※一部抜粋#newsevery #全編は動画で pic.twitter.com/TjNqtC0Gkv— news every. (@ntvnewsevery) July 23, 2021
ニュース番組「news every」でのコメントだが、実に的確に、かつ全ての人に響くのではないかと思う名言である。
「「せっかくやるなら応援しましょう」というつもりはありません。」と言い切れる所が個人的にはスゴイな、と。少なくとも公共の放送でコメントする人が、ここまで言い切る事ができるというのがとてつもなくスゴイと思った。
報道とは、本来こうあるべきではないかと改めて思う。
難しい仕事だと思うと同時に、その難しさ故に今のマスコミがどんどんダメになっていくんだろうな、とも思う。
そしてその難しさは、世間の声がピーキーになってきたからだとも思う。
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