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Angel Halo

カナル型イヤフォンに12万円…

 Shure Japanから、バランスド・アーマチュアユニットを4基搭載搭載した最上位カナル型イヤフォン“SE846”が7月中旬に発売になると発表があった。
 価格はオープンプライスとなっているが、その店頭予想価格は12万円と言われていて、最上位という名に恥じない高級機である事が窺い知れる。

 3Way 4ドライバを搭載しており、バランスドアーマチュアドライバの構成は高域×1、中域×1、低域×2となっている。これらのドライバユニットは全て新設計されたもので、以前の上位機種であるSE535の高域×1、低域×2の3ドライバ構成から大きく進化した事がユニットの数からしてわかる。ちなみにSE535は2Wayの3ドライバであった為、大きな進化と言えそうだ。
 さらにこの“SE846”は低域ユニットからの出口に電気的でないアコースティックなローパスフィルタを搭載している。
 このローパスフィルタはステンレス製のプレート10枚をレーザー溶接したもので、このプレートを通った低域の音から中域に影響を与える音を減衰しているのだそうだ。
 ノズル部分にも内部に着脱可能なフィルタが仕込まれている。このフィルタはユーザーで自由に交換ができるようになっていて、この事で音をカスタマイズできるという。製品に標準的な「バランス」「ブライト」「ウォーム」に相当する3種のフィルタが同梱される。この辺りは従来のイヤフォンにはなかった部分と言える。
 イヤフォン自体のスペックとしては、インピーダンスが9Ω(1kHz)、ノイズ減衰量は37dB(最大)で。再生周波数帯域は15Hz~20kHzと飛び抜けた数値ではない。だが、音に詳しい人なら分かる通り、音は数字゛けでは語れない。そういうスペックに出てこない部分を今回の“SE846”は突き詰めてきた、という感じなのではないかと思う。

 ただ…実売でも10万円を超える価格帯の本製品をおいそれと買える人はそういない。
 よほどのオーディオマニアか、好事家出ない限りは手が出ない製品だ。だが、それでも音を突き詰めようとするShureのその姿勢は、見習うべき所がある。最高級とは何なのか? これを忘れ、ただひたすら商品の低価格化だけを突き詰めるというのは、モノ作りの姿勢としては原点を忘れている事にならないだろうか?
 もちろん、コストダウンを突き詰めるのもユーザー視点としてはありがたい話ではあるが、コストダウンばかりではコストとパフォーマンスのバランスが見えなくなる。
 製品を作っている以上、そのあたりの追求を忘れてしまうのは、本末転倒のように思える。
 

病名が何となく判明した

 以前このBlogで、私が満員電車の中や車の渋滞の車内に居るときに、どうしてもその場にじっとしていられなくなる、耐えられなくなるという、精神疾患が時折起きるという事を書いた事がある。
 初めてその状況に陥ったのが今から3年ほど前。
 MRIの検査の時、機器の中に入る際にベッドに頭と体を固定するのだが、どうしてもその固定された状態で機器の中に入ることが出来ず、結局体を固定せずに自分でじっとしているという条件で検査を受けた。
 次はその約半年後、満員電車の中で椅子に座っていた時に、その窮屈な状態に耐えられなくなり、顔は真っ青、脂汗が出てくるという状態になって、結局目の前に立っている人と交代してもらって気持ちを落ち着け、何とかその場を収拾させた。
 その次は随分と間が空くのだが、高速道路の渋滞にハマった際、運転席にずっと座っていられなくなり、動きが止まった際に一端外に出たりして気分を紛らわせ、難を逃れた。
 そしてその後も比較的車の渋滞時にそうした危機が訪れるようになり、先月、その極めつけが私を襲った。
 先月、私は鼻と喉をやられて酷い鼻づまりと咳に悩まされた。その時、その鼻づまりの状態でいる事に急に耐えられなくなり、自室のPC前に座っていられなくなった。
 この時はさすがに焦った。
 何しろ、体は自由に動かせるし、別に窮屈な思いをしているわけでもなかったからだ。だが、一つ言えたのは、酷く息苦しく、またスッキリしない状況が続いていたという事。でもそれは仕方のない事だし、何れ治るだろう事であるにも関わらず、その状態にいる事が耐えられなかったのである。
 しかもその状態に耐えられなくなると、眠る事すら出来なくなり、結局医師に相談、睡眠導入剤を処方してもらうという事態になった。

 先月のこの状態になるまでは、私の精神疾患はいわゆる“閉所恐怖症”なのかと思っていた。MRI、満員電車の座席、車の運転席、どれも閉所や自分の体を自由にできない場所という共通点があるからだ。
 だが、先月の問題は自室で体の自由が利くにもかかわらず起きた。問題だったのは、息苦しいという呼吸の自由が僅かながら悪かった、という事のみだ。
 この先月の問題で、私が持つ精神疾患が一体何なのか、私では全く想像できなくなった。
 医師に相談した方がいいのかもしれない…とずっと思っていたのだが、今日、たまたま3ヶ月に一度診てもらっている主治医に、実は…と相談してみた。
 そこで思いも寄らぬ話を聞いたので、その事をちょっと書いてみる。

 主治医は精神疾患は専門でない、とした上で、おそらく“パニック障害”あるいは“パニック発作”ではないか、と話してくれた。実は精神病のいくつかの症状は医学の世界でも認定が比較的新しく、古い医師ほど知らないケースが多いのだそうだ。
 パニック障害もその一つで、不安に思う気持ちや危機を感じる心が体を活性化させ、活動したくなる症状になるのだそうだ。
 この「不安に思う」「危機を感じる」という気持ちは実はとても大切で、人間の精神と身体を人間自身が守ろうとする行動に直結する感情なのだそうだ。つまり、何か恐怖を感じる場面に突入した際、まず自身の安全を確保するため逃げるなりの行動をしなければならないのだが、あまりの恐怖に思考が停止してしまい、そのまま身体まで停止してしまうと、人は助かるものも助からなくなる。だからそうした危機に際して、身体が自らの防衛本能を働かせ、思考を必要とせず身体を動かすという状況を作り出すのだそうだ。
 パニック障害は、何かしら精神的な原因でその危機を感じる気持ちによって引き起こされるトリガーが、なんてことのない状況で引かれてしまうという障害を言うのだそうだ。それが発作のように起きるため、パニック発作とも言われているようだ。 

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情報のありがたみを知っているか?

 先日、J-cast 会社ウォッチというサイトに、こんな記事が載せられていた。

J-cast 会社ウォッチ
入社2年目童顔女子「フェイスブックに、会社のコト書いちゃダメですか?」

http://www.j-cast.com/kaisha/2013/05/05174457.html

 記事の中身はとりあえず置いておいて、SNSに会社の事を書いてよいのかどうかを判断できない世代が今の世代なのかな? と思いつつ、ドコまで書いて良くてドコからダメなのか? また実名を出していないから良いのか? 等、そういう判断が出来ない人が、この広大なネット上に溢れている時代なんだな、という時代の流れを感じた。
 自分の知り得ている事をネット上に書くという事を全否定するつもりはない。私だってその一人だから。だが、それが業務的な事であったり、或いは何かしらビジネスに関係するものだったりするときは、私は結構慎重になっているつもりである。
 人によっては、実名を出さないで情報を書くという事は無責任である、とする人もいて、それも分からなくもないのだが、もし全てにおいて実名で、しかも情報漏洩というリスクが付いて回るという事を考えた時、そうなってしまったならネットに情報など書き込んだりする事が一切できないのではないかと思ってしまう。
 耳に入ってくる情報にも噂というものがあって、その噂には信憑性が全くない。前述の話になってしまうと、ネット上には噂と言える情報が一切なくなってしまう。これは情報が行き交う時代の中でイノベーションを大切にしなければならないという最近のビジネスの流れと一部逆行してしまうのではないか? と私的には思えてならない。
 では、会社の事をネット上に書き込むという事にどんな問題があるのか?
 まず、会社がこれから行おうとしている企画などが個人の情報発信で他に露呈してしまうと、明らかにビジネスの損失となる。この記事を書いた人の会社では次にこんな企画をするらしい…なんて事がライバル会社に知れようものなら、先手を打たれるに決まっている。
 ではこれが自分の実名と会社名を伏せて書き込んだ場合は問題がないのか?
 いや、それはそれで問題だ。どこの会社がやるかは分からないにしても、こういう事を企画する会社があるのなら自分達もやった方がいいだろう、とアイディアを側面から与える事になる。知的損失だ。
 と、このような流れになると、自然とネットに書き込める情報は限られてくる。自分が情報を流すことで、その影響がどんなものになるのか? これを予測できないのなら、会社の事をネット上に書き込まない方が無難だと思う。

 そもそも情報が価値のあるものになったのは、何時の頃なのか?
 多分、人間がこの世の中に出てきてからずっと情報は価値のあるものだったに違いない。例えば、まだ狩猟民族だった頃に、獲物がよく捕れる場所を知っているヤツは他のヤツより優位に立てる存在だったに違いない。また、桶狭間の戦いで織田信長が今川義元の軍勢を破ったのも、大雨になるという情報を信長が漁師から得ていた事が勝因だった。つまり、人は他人より知っている事が多い事そのものが多分に価値のあるものと言える。
 インターネットと呼ばれるものが出てくるまでは、情報の流れはある一定の地域に縛られるもので、地域から地域へと伝播するのに相当の時間がかかっていた。ラジオやテレビというものが世の中に出てきた時は、情報の流れは広域にはなったもののその情報は一方通行でしかなく、今ほど情報の取扱が難しいという側面が表に出てこなかった。
 しかしインターネットはそもそも個人が双方向の情報を扱えるという時点で、その情報の取扱のハードルは一気に下がってしまった。しかも即時性があり、伝播範囲はとてつもなく広い。ハードルが下がったことで、誰もが手軽に情報を得ることができる時代がやってきて、次はその情報の真偽を自らが判断できる能力を求められるようになる。そして同時に自らが発信する情報の責任を自ら負うという時代へと流れた。
 こうした変遷を経て、情報というものの考え方をちゃんと理解している人なら、多分「会社の事をフェイスブックに書いちゃダメですか?」なんて事を言ったりしないハズだ。
 情報というものがとてもありがたいものでそれに責任が伴うという事を、真に理解していないから、安易な考えで情報を漏洩してしまうのである。

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N BoxとN Box+で迷っている人へ

 N Boxという車は実に車載容量の大きい車である。
 軽自動車という枠組みギリギリを突き詰めた結果の車である事は、メーカーが今まで大々的に宣伝してきた事からも分かる通り、実際に使っている私もそれを痛感するほどである。
 だが、そんなN BoxにはN Box+という姉妹車がある。
 元々の開発思想はN Box+から始まっているそうだが、この両車は似て非なる車と言える。
 車載性そのものはどちらも突き詰めた形と言えるが、突き詰める方向がまるで違う。
 昨日お世話になったうめーさんは、このN Box+の福祉車仕様を購入した。
 もちろん福祉車にせざるを得ない家庭事情がある為にN Box+となったワケだが、その際、違いをいくつか写真に収めてきたため、ちょっと紹介したい。
 N Boxにすべきか、N Box+にすべきかを検討している人の一助になると良いのだが。

 まず最初に、N BoxとN Box+の大きな違いは、紛れもなく後部座席の広さといえる。

 これが通常のN Boxの後部座席の広さ。公式サイトでも紹介されているが、かなり広い。普通車でもこの広さを確保している車はそうはない。

 これがうめーさんのN Box+の後部座席。N Box+の収納マルチパーパス性を実現するため、後部座席の位置が随分と前に来ている。
 並べて比較してみるとよく分かるが、かなり違う。実際に乗ってみるとその差はもっと大きく感じる。N Box+が狭いのではなくN Boxが広すぎるという言い方ができるかもしれない。N Box+は座席が前に出ている分、ハッチバックドアを開いた際の収納の広さがN Boxより断然広い。この差をどう考えるか? が選択する一つのカギになるだろう。

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N BoxにシフトポジションLEDを取り付けた

購入してから既に7ヶ月くらい経過してしまったが、N BoxのシフトポジションLEDを取り付けた。
Yahoo!ショッピングでエムアール企画という所から発売されているもので、当初は早々に取り付けるつもりだったのだが、いろいろな問題が積み重なって、結局今まで放置してしまっていた。
その諸事情というのが、そのまま取り付けると明るすぎる、という問題があるという事と、その明るすぎる光量を落とす為には遮光フィルムを使うかLEDに抵抗を入れて減光するかどちらかの方法を採らねばならず、根本的に解決するには抵抗を入れるという電子工作をする必要がある、という問題に真っ向から立ち向かおうとして、私自身が踏み込んでいなかった、という事である。
…結局原因は私という事である orz
ま、そんなこんなで今まで放置していたのだが、このサイトにもよく来てくれるうめーさんがN Box+を購入し、早々にシフトポジションを取り付けたという事なので、私もとりあえずの形で取り付けてみるか、と協力を要請した。
うめーさんは、昨日は茨城県大洗町にイベント参加で出かけていて、そして今日は朝から釣りに出かけ(仕事上の付き合いらしい)、そして午後に私に付き合ってくれるという、なんともバイタリティ溢れる人である。私にはとてもマネできそうにない。
で、そのうめーさんに手伝ってもらってシフトポジションLEDを取り付けたワケだが…そのままだと正確ではないので、ココでハッキリさせておく。実はほとんどうめーさんにやってもらったのである。
今回、私は自分の不器用さを痛感せざるを得なかった。うめーさん、あんたスゴイよ…。
とりあえず、私のように不器用な人の為に、既に他サイトでも紹介されているかもしれないが、今回辿った手順を載せておくことにする。
ただ、手順の大まかな流れは、ココ(エムアール企画の販売ページ)に画像として掲載されているため、そちらを参照してもらいたい。

まず、センターコンソールを外す。
外し方は運転席側と助手席側の足下、中央のコンソール側面に丸いプラスチック製のボタンがあるため、それをマイナスの精密ドライバーのようなモノで引っ張り起こす。そうするとボタンそのものが外れるようになり、センターコンソール下部が外せるようになる。樹脂の爪で引っかかっている感じなので、ちょっとだけ力を入れて引っ張ると外れていくため、焦らずじっくりと引っ張り起こす。このとき、12Vのシガーソケット電源のコードが繋がっているため、それを外してから外装を取り外す(エムアール企画の画像でいう所の行程1)。

次にシフトノブの真ん中にマイナスの精密ドライバーの先端のようなものを差し込んで、シフトノブの右半分を外す。左半分は、シフトノブのボタンを押しながら上に引っ張ると抜けるが、このボタンはこの時点で簡単に抜け外れてしまうため、要注意。シフトノブは外れてしまえばそのままの状態でとりあえず横に置いておく(エムアール企画の画像でいう所の行程2。下記画像はその左半分のシフトノブを外す前)。

ちなみに上画像では既にエアコン類のパネル部コンソールが外されているが、順番的にはシフトノブを外す方が先。
シフトノブが外れたら、エアコン類のパネル部を取り外すが、これはセンターコンソール中央下部に一箇所、ネジ止めがある(銀色のネジ)ため、それを外してからグッと力を入れてコンソールパネルを外す。但し、エンジンのパワーボタンとエアコンの電装コードが繋がっているため、それを抜いてから完全に取り外す(エムアール企画の画像でいう所の行程4)。

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KSRからSimCityへのコンボ

今日、久々にKSRのエンジンを回した。
燃料、もう随分と入れてなくて、既にタンク内に水が溜まってるかもしれないなぁ…と思いながらセルをキュルッと回ってみたら、すんなり回って拍子抜け。
思っていた以上に状態劣化がない感じで、最初はエンジンの回転数が上がらない感じだったものが、1分もしない内に1,000rpm以上回る(アイドリングで1,200~1,500rpmくらい?)感じに。
これなら問題ないなぁ…と思ったが、さすがに燃料タンクはそれなりに一杯にしておいた方がいいだろうという事で、近くのガススタンドまで乗っていく。
電装系に若干の不安定さがあるのはKSRの元々の仕様で、LED化の時にひろさんに付けてもらったポジションランプが、何故か左後だけチラチラと点滅気味。但し、エンジンを回してやると安定するのかちゃんと付く。この辺り、電流なんかの整流をしてやらないといけないのかもしれない。
1Lあたり153円というレギュラーガソリンを4.57L給油し、タンクを一杯にしておく。こうすれば放置しておいても水の溜まりも少なくなる。ま、そもそも放置しちゃダメなんだが。
それからちょっと走ってくるか、と東京方面に向けて走り出した所で、雨がパラパラとちらついてきた。
本降りにはならないと思ったが、取り付けているナビの問題もあるしとりあえず今日はココまでという事で自宅に戻ってきた。GW中、もうちょっと乗りたいとは思っている。

で、家に帰ってきてさて何をするか? と考えたところ、何でもできるし何もできない自分がいる事に気がついた。
ホントはN BOXのシフトポジションランプの件もあるし、アンプのコンデンサ交換の件もあるしやることは山積みだが、どれも中途半端な知識しかない自分が問題で本格的に踏み込めない。
仕方ないかと、しばらく放置していたSimCityをプレイする事にした。
以前にも書いたが、今回のSimCityは地域でプレイするスタイルを採っている。その地域の各町を複数人がプレイする事もできるし、単独でプレイする事もできる。
とりあえず1都市をプレイしたが、一つの街で全てを安定させて都市運営するのは結構しんどい。一つ目の町は石油&鉱石で所謂ハイテク産業の町にしようと進めた為、二つ目の町は基本的に学園都市とか観光都市にしようと思ったのだが…実際進めてみるとこんな感じ。

落差のある高台とその下に広がる平野という地形で、下の平野部に石油産出ポイントがある。その為、高台を住宅&商業地にし、下の平野を工場地帯にした。結局、石油の魅力に勝てず、この都市も石油産出をする事にしたのだが、2都市あれば互いに足りないものなどを補う事もできるため、以前よりは進めやすくなるだろう。
ちなみにこのマップ、真ん中に走っているのが高速道路で、いわゆるインターチェンジがない。なのでこの高速道路に直接交差点を作って外部からの接点にしている。
…こんなのアリか?w

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久々にみんGOL6に注力してみた

 PS VITAのみんGOL6は早々に購入し、PS3版が出た際も時間を置かずにDL版を購入したが、実はプレイそのものはそんなにやっていたという感じではなかった。
 PS VITA版でもやり残しも多く、未だ登場キャラクターが全て使用可能になってはいないのだが、同時にPS3版もプレイするとなると、結構な時間になる。
 PS VITA版とPS3版でセーブデータの互換性があればよかったのだが、それも実現できていないため、結局両方を進める必要があるのだが、それもおそらくはPS VITA版の有料DLCの関係でそうならざるを得ないのかな、という感じ。
 というのも、PS3版は大盤振る舞いで、PS VITA版では有料DLCだったエリカやグロリア、さくら山温泉CCやマル・シエロGCが最初から搭載されているという仕様。この有料DLCのセーブとクリアデータが切り離せる仕様にしていない状態なら、PS VITAとPS3でセーブデータの共有はできないという事になる。ま、詳細は分からないが、セーブデータが同期されていない為、プレイする側は両方を進めていく事になる。
 で、私は今回のみんGOLで使用するメインキャラとしてエリカをセレクトしている。
 その前まではグロリアをメインキャラとしていたが、絶対性能は高いものの若干ピーキーな所があるため、今回は中級キャラ狙いにしていた。エリカが登場するまではサツキをメインにする予定だったが、PS VITA版でイベントがあり、エリカが追加、そしてその使用権が手に入ったため、エリカに切り替えた。
 PS VITA版はそれで問題なかったのだが、PS3版はエリカをとにかく使える状態にするため、チャレンジモードをクリアしていく必要があり、いよいよキャラクターは使えるようにしたものの、エリカのコスプレ服を手に入れる為には難度の高いクリア条件の王冠を16個も集めなければならないという敷居の高さから、しばらくみんGOL6自体を放置してしまっていた。
 で、前置きが長くなってしまったが、ようやく本日、エリカのコスプレ服の入手に成功したのである。

 ただの学生服じゃん…と言われてしまえばそれまでなのだが、だがそれがイイ(爆)
 カラーリングはパーツ毎に自分で選べる為、普段はこのカラーリングではない(というかこの画像はネットからの拾い物)。これで私のモチベーションも上がるというものであるw

 だが、登場条件の王冠16個は結構しんどかった…。
 みんGOL6のチャレンジモードは普通にクリアするだけだと星マークしか貰えない。そこにさらに難しい特定条件でクリアした時のみ、王冠が貰える仕様になっている。
 その特定条件の内容はチャレンジモードのゴールドランクをクリアすれば全てオープンとなるのだが、そのゴールドランクをクリアするのも慣れない内は結構苦労するため、そのさらに上の王冠となると、条件を揃えるだけでも一苦労である。
 とりあえず狙っていた欲しいものは手に入ったため、これからまずはノーマルチャレンジをクリアしていく事を進めていく事にする。道のりは長そうだ。

 貴重なGWをみんGOLで過ごす。
 ちとわびしいなw
 明日はKSRでも引っ張り出して乗ってこようかな…(気分次第だがw)

ヱヴァンゲリヲン、観るの忘れてた…

 4月24日に発売となったヱヴァンゲリヲン新劇場版:Qだが、Amazon.co.jpから発売日に届いて今迄ずっと放置していた。
 同時に届いたGIRLS und PANZERのBDはすぐさま観たのだが、コチラは届いていたことすらすっかり忘れていて、今日になって観ていない事に気づいた。
 折角買ったワケだし、劇場でも観ていないのだから観なきゃいかんなぁ…と、さほど観たいという思いもないながら、観てみた。
 先に言っておくと、あらすじの大方は知らないワケではない。
 実際に14年後の話になっているという事も知っていたし、新キャラがバンバン出てきてアクションが激しいという事もよく知っていたのだが、まぁ、百聞は一見にしかずというヤツで、観なきゃ真実は分からない。
 で、実際に観てみたワケだが…私の口から出てきた言葉は「なんだこりゃ?」が精一杯の言葉だった。

 多分、この作品に関して監督が言いたかった部分、表現したい意味は、TV版の頃から変わっていないのだろうという事はわかった。
 テーマは何も変わっていない。ただ、ストーリーが大幅に変わり、キャスト(ここで言うキャストはあくまでも登場人物という意味)が大幅刷新され、演出されるべき対象すら変化した、という事に過ぎない。
 だが、人はそれを「まったく別物」と表現する。
 ハッキリ言ってしまえば、これはもうTV版のEVAとは別物だ。そんな事は誰もが分かっていると言われるかもしれないが、前述したようにテーマは同じで、監督が表現したい事も同じなのだ。
 ただ、その表現技法が変わってしまった。その為に、ストーリーですら改変され、かつてのものと不連続性のものになってしまったのである。
 物の見方によっては、この新劇場版の前作とも不連続性のもの…と言い切ってしまってもいいかもしれない。
 おそらく、ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破のラスト部分が、Qで言うところの空白の14年のさわり部分で、実際に14年の空白がそのまま空いて、Qへと繋がっている。
 だが、これは連続性のあるものと言えるのか?
 監督は連続性のあるものと捉えているかも知れない。しかし、観ている側からすると、連続性があると言い切れるかどうかはかなり微妙だ。この作品同士の繋がりの浮ついた感覚は、1990年にUSAでTV放送されたドラマ“ツイン・ピークス”の雰囲気によく似ている。
 分かったようで分からない。分からないようで分かっている。そんな感じだ。

 劇場公開後、劇場でコレを見せられた人達の反応を思い出すと、メディアで紹介された人のコメントは総じて「おもしろかった」だったと思う。
 だが、私はこの「おもしろかった」という言葉の前に、きっと「よくわからなかったけど」が付くのではないかと、今更ながら思う。
 イキナリ劇場スクリーンでコレを見せられて「おお、なんてオモシロイんだ!」と大絶賛できる人はほとんど皆無だと思う。
 たしかに映像は綺麗だし、迫力もある。作画も最高レベルだと思う。だが、そんな出来の良さとストーリーとは別物だ。この作品は、結局のところ人類の未来と生きる価値、生き延びる価値、自分と他人、自我…そんなものをテーマにしている。監督が観ているものは監督でないとわからないが、観ている人のほとんどが、そうしたテーマから大きく外れないテーマを認識しているように思える。
 だが、テーマが認識できるからといって、ストーリーが認識できるかは別物だ。
 今回のヱヴァンゲリヲン新劇場版:Qは、正にそうした勘違いと食い違い、錯覚と錯誤から導かれる作品の原点回帰が見て取れるように思えてならない。
 わかる人による、狙い澄ました演出は、そうした原点回帰を深層下で引き起こしているのではないかと私はみた。

 ま、全体的に作品としては素晴らしいと思う。観客を置き去りにしていく部分のみ、ちょっと如何なものかと思わないでもないが、TV版のEVAの時もそうではなかったか、と考えれば、それこそ“今更”である。
 鬼才、庵野秀明。
 鬼才ゆえ、他人が本当に理解する事ができるかどうかなんて、そもそも分からないのである。
 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Qという作品は、まさに鬼才ゆえの作品ではないかと感じた。

 最後に。
 Qはこの人にはじまってこの人に終わる。そして今回は歌ではなく、連弾によるハーモニーだった。音律や韻律はまさに神が作り出した法則…といわんばかりの感じだが、そこに関しては私も強く共感する。音楽は数学的解釈でありながら、その組み合わせで無限の旋律を奏でる事ができる。この作品の中でもっとも感受性を刺激されるところである。

次世代インターフェースを考える

 インターフェース。
 入力機器と言い換えてもいい。
 今のPCのインターフェースとしてもっともポピュラーなものはキーボードとマウスである。今はそれに加えてペンタブレット、トラックボール、タッチパッドなどがあり、タブレットPCをはじめとしたスマートフォンでは手その操作がそのままインターフェースとなる。
 随分と進化した、と言えるが、これらの操作はその全てがデジタル媒体を扱う事のみを想定したインターフェースであり、あくまでもPC上のデジタルデータを操作する、という事のみで使用される。
 だが、PCで扱うデータは、外部から情報として入力される必要がある。その情報がアナログだったらどうなるか?
 おそらくスキャナー(プリンタと統合された複合機が今は主流)でその情報を取り込み、結果、それをPCの画面上でいろいろ操作して取り扱う。OCRソフトがあれば、アナログデータ上にあるテキストをデジタルテキストに変換する事もできるが、結局それも一度PCの画面上に落とし込んでからの話である。
 だが、そうしたPCの画面上に置くというワンテンポを間に挟む事そのものが、ムダになるかもしれない技術を富士通が公開している。それが“指で直観的に操作可能な次世代ユーザーインターフェース”である。

 この動画を見れば、インターフェースの進化を知ることができる。
 キーボードの操作に不慣れな人であっても、アナログデータとデジタルデータの混在する情報を取り扱う事ができるかもしれない。
 画期的だ、と直感的には思える。だが、私としては、本当にコレが使いやすいのだろうか? と疑問を感じる部分もある。

 たしかに本の中の文献を利用したりする分には便利かもしれない。
 だが、ゼロから情報をあつめて編集、文書を作成するにあたっては、私としてはキーボードの方が楽だと思う。
 おそらく、こうした指先インターフェースと合わせて声による入力を加えると、かなり便利になるのかもしれないが、テキストを自ら落としていく場合は、残念ながら私はキーボードの方が使いやすいと思う。
 しゃべった内容が自動でテキストになる…というインターフェースにしても、文字入力以外の事をやらせようとすると結構混乱するものである。
 結局は、思った通りの事をデジタルデータにするには、こうした次世代インターフェースだけでは解決できないと私は思う。便利になってきたとは思うが、人間が考える意図をコンピュータが理解しないかぎり、結局はマニュアル操作が一番手っ取り早く、楽に操作できる事になる。

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Radeon HD 7750がちょっと欲しくなった

私が今使っているビデオカードは、今や高パフォーマンスとも言えなくなったような気がするGeForce GTX 670である。
当然メインPCとしてこの性能に不満はないのだが、問題は会社で使用しているPCにある。
私は会社では実に低スペックなPCで作業している。
正確に言うならば、Core2 Duo E7200 2.53GHz、メモリ2GB、HDD250GB、ビデオカードはRadeon HD 2400シリーズと、自宅のPCとは比較にならないくらいの低スペックである。
だが、実際はこのスペックでも他社員のものよりはずっとマシなのである。他社員のPCでは、未だにPentium3世代のCeleronや、Pentium4世代のCeleronなどを使用し、メモリも1GB未満、ほとんどが512MBしか搭載していないPCだったりする。
それでもビジネス用途ではそこそこ使えてしまうから、なかなか新PCへと移行しない。実に悪しき体制である。
ただ、製造業の事務管理用PCのスペックなどはほとんどがこのレベルのもので、どこも似たようなものではないかと思う。業務に多少差し支えがあったとしても、使えるなら使うのが当たり前…という流れが、極々普通の流れであり、そこに贅沢は求められないのが実情である。

ところが、それだと私のストレスが溜まりまくるのである。
というのも、私がPC全般の管理を本業と兼務で行っているからであり、さらに広報じみた仕事も兼務している関係上、画像を扱ったりする関係でパワーパフォーマンスが必要になるケースがあったりする。ハッキリいって、このスペックでどうしろというのか? と言いたくなるようなケースもあったりして、低スペックPC故に悩む事も多い。
そういうパワーパフォーマンスが必要な場合というのは、ほとんどが表示に関する場合で、ビデオカードさえ良いものが付いていれば解決できるかも…という事が多い。
本来なら、その弱点にメスを入れ、会社から予算をもらうのが良策なのだが、その予算が出ないから困りもの。
自分に降りかかるストレスを考えれば、もう自前でもいいからビデオカード交換でパワーアップして業務効率を上げていくしかない…と考えてしまう。
で、いろいろ考えた。
自分の許せる範囲で自前で強化してしまった方が良いかもしれない。
イライラするよりはずっとその方がマシと思ったのである。
そうなると決断は早い。
早速、現PCに追加できるビデオカードの物色開始である。

今業務で使っているPCはスリムPCであるため、拡張カードはロープロファイルサイズに限定される。また、搭載している電源が275Wという容量であるため、大電力を必要とするようなものは当然NGだ。
そうした観点で考えると、Radeon HD 5450、6450、7750という選択肢が浮かんできたのである。

従来、ロープロファイルでローエンドモデルのビデオカードと言えば、Radeon HD 5450や6450などの、Radeon HD x450系が主であった。中にはRadeon HD 5570のロープロファイル版も存在していたが、上位版のコアを搭載していた事から消費電力が結構なものになっていたりして補助電源が必要なものも存在していた。さすがに補助電源が必要となると今回の私の要件から外れてしまう。

しかし、Radeon HD 7750では補助電源は一切不要。アイドル時に60W程度(公称値55W)の消費電力で、最大でも100Wクラスに留まると思われる。メモリバス幅も128bitと、Radeon HD 6450やRadeon HD 5450の64bit幅から倍のレートになっているし、全体的な底上げが28nmという微細化プロセスによって実現されている。
製品的には1年前のビデオカードだが、非の打ち所のないビデオカードと見ることができる。
もしRadeon HD 7750に弱点があるとするならば、ローエンドという分類に入るビデオカードだとい事だろうか。ただ、それにしたとしても、Radeon HD 7750は従来製品と比較するとローエンドという実力ではない。性能でRadeon HD 6770を超え、消費電力でRadeon HD 6770を下回るという、素晴らしいワットパフォーマンスを持つ個体である。

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Haswellの1チップ版に大きな期待

 6月から順次投入されるという予定のIntelの新CPU“Haswell”だが、使われる状況によって構成がいろいろあり、その中でもチップセットまでをも取り込んだ1チップ版に私的に期待がかかっている。
 10年ほど前にCentrinoというブランド名称でノートPCが爆発的に展開した時期があるが、今度のHaswellはそれに匹敵するぐらいの大きなステップアップと言えるようだ。
 何がそこまでそうさせているのかというと、CPU処理能力もさることながら、GPU性能、そしてシステム全体の消費電力にまで至る高度化が、大きなステップアップと捉える事ができる。
 CPU処理能力に関しては、現在のIvy Bridgeでも十二分な性能を持っていると言える。これは実際に使っている人であればよく分かると思う。特に動作的に軽いといわれているWindows8との組み合わせなら、その動作に不満を持つ人はいないと思う。
 そしてGPUだが、これはもう内蔵GPUでもここまで来たか、というぐらいの性能へジャンプしている。標準構成のGT2でも20プロセッサ構成で、上位のGT3になると40プロセッサを内蔵する。また、GT3には2種あり、上位版はオンダイキャッシュとしてeDRAMを実装できる仕様になっている。これによって速度の遅い(ビデオメモリとして遅いという意味)メインメモリでなくビデオ専用メモリでのドライブが可能になり、より高性能化できる事がわかっている。総合的にみてもヘビーな3D演算能力が必要という事でもないかぎりは、必要十二分な性能を持っていると言える。
 また消費電力だが、これはもう別次元へと移行しつつある。
 というより、この消費電力削減が、Haswellのもっとも大きな進化と言える部分てある。

 私が1チップ版に期待するといっているのは、前述したGPUのGT3が搭載されるのはノートPC用Haswellのみであるという事と、その1チップ版Haswellのシステムアイドル時の消費電力が、現時点で100mW以下としている所にある。
 システムアイドル時では意味がないのでは? と思う人も多いかもしれないが、通常CPUが稼働している時間の7~8割ぐらいはアイドル状態にあると言える(一般的には9割程度と言われている)。このアイドル時の消費電力を落とすという事は、即ち稼働時間を延ばす最大のポイントになり、また、パフォーマンスが必要な時、つまりはアプリケーションが最大限に稼働している際に高いパフォーマンスを発揮し、処理を素早く終わらせるという事は、即ち稼働時間を延ばすポイントになる、という事である。
 高速処理で稼働時間を減らし、より待機時間を増やす事で省電力化する。
 まさにこれを実現するのがHaswellという事である。

 おそらく、私が期待する1チップ版Haswell with GT3は、15インチ以上クラスのUltrabookに搭載されるCPUではないかと予測している。
 15インチクラスで12.8mmという薄さを世界にアピールした、NECのLaVie Xシリーズがその対象ではないかと今から期待しているのだが、このクラスは既に液晶もフルHD化しており、その解像度故のグラフィックス処理能力として、内蔵するGT3は大きく期待できるのである。
 また、AppleのMacBook Proでは、既にその上の解像度であるRetinaディスプレイが搭載されているワケだが、もしLaVie Xシリーズ(15インチ以上)にもそうした超高解像度ディスプレイが搭載されたとしても、GT3なら従来よりずっと高度に処理してくれるだろう。

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新作が作られないワケがないガルパン

 GIRLS und PANZER、スゴイ人気ですな。
 ま、その作中で訴えようとしているメッセージ性もわかりやすい事から、私も珍しくオモシロイと思ったタイトルだった。
 ストーリーやキャラクターなど、関連するパーツを分解すると、実にわかりやすい記号で作られている。ある意味、実に正統派な作品だと思う。
 そんな大人気なガルパンだが、本日16:37ごろ、公式Twitterで超速報が3つ報じられた

 まず一つ目。
 本日、ディファ有明でガルパンのイベント“ハートフル・タンク・カーニバル”が行われているのだが、そのイベント映像を中心としたファンディスクが9月に発売となる。
 このガルパンの素晴らしいところは、地域密着型の作品だという事。地方の町おこしのスイッチを入れた、というか、比較的アニメに閉鎖的になりがちな地方で観光客を呼び入れるという事をやってのけた作品である。だから今日のこのイベントも大洗物産展みたいな感じと言える。
 全ての町でこの体制を受け入れろという事は言えないが、モノが売れない時代、人が集まらない時代に、モノを売り人を集める手段としてアニメを上手く利用した好例だと思う。
 らき★すたの時もそうだが、上手くハマればとんでもない経済効果を生み出す。鷲宮は今でもその恩恵が継続していると言える。
 大洗は今後このガルパンとの連動をどう扱っていくかが課題になる。

 話が逸れた。二つ目。
 作中でものすごい扱いを受けたアンツィオだが、その対アンツィオ戦がOVAとして制作が決定した。ま、これは私も想像していたし、ある意味予想通り。
 ガルパンが爆発的に売れた、と思った時にこれはOVAはあるな、と感じた。というか、作らなきゃウソだろと思った。私がプロデューサーなら同じ事を考えるハズだ。
 今回の場合「勝馬に乗る」という表現は正しくはないが(何しろ自ら勝馬を創造したのだから)、今この時期に乗らなくていつ乗るのか? 今でしょ!という感じである。

 そして三つ目。
 水島努監督によって、完全新作の劇場版が2014年公開予定で制作が決まった。
 これもある意味予測できた事。
 ここ最近のヒット作の流れで行けば、劇場版はあり得る話。第2期が来るか、劇場版が来るかのどちらかが当たり前の反応である。
 第2期と劇場版の場合、どちらが経済効果が高いかは判断が難しいが、劇場版はストーリー的に作りやすいというのがメリットだ(制作に関しては難しい事は忘れてはならない)。そして劇場版はその恩恵に預かれるセクションも多い。まず手応えを劇場版で見て、そこからのインカムと反響から第2期を見据える…というのが、プロデュース面から見た場合、吉と出やすいと踏んだのかもしれない。

 ま、この3つの超特報が流れた事を知ったファンは、きっと秋山優花里と同じ気持ちだったに違いない。
「ヒヤッホォォォウ!最高だぜぇぇぇぇ!! 」

 あ、秋山優花里ファンは、5月13日発売の「よくわかる!陸上自衛隊」もチェックを忘れずに。ローソン及びサークルKサンクスでしか販売されないDVDだから、予約した方がよいだろう。ちなみにネット通販はサークルKサンクスのみ(だと思う)。近くにローソンがある場合は、LoppiでLoppi番号067616で予約できる。10式戦車の事がよーくわかる事だろう。