泣いて謝ったって、絶対に許さないんだから──!

 空の境界の第六章が発売となった。
 全七章構成だから、残すはあと一章のみ。
 劇場では8月8日に完結する事になるワケだが、私はDVDでしか観ていないため、未だ現在進行形。
 もともと小説を読んでいたワケでもないため、妙に新鮮に感じつつ毎回みている。
 第六章は黒桐鮮花がほぼ主役の作品の様で、今までと雰囲気は同じようで微妙に違うテイストに仕上がっている様子。

 泣いて謝ったって、絶対に許さないんだから──!
 キャッチコピーからしていつもと違っている。


 空の境界の原作の評判は両極端。
 文章として、多分洗練はされていないと思う。
 荒削りと言ってしまえば一言で終わってしまうのだが、荒削りだから駄作という事は連結しない。
 これはコンテンツの中身とパブリッシングの関係に似ている。
 中身がものすごく優れているのに、宣伝に失敗して評価されない作品もあれば、中身は大した事ないのに宣伝が優れていたために大ヒットとなる作品もある。つまり、本来の中身の善し悪しは、その体裁とは本来は無関係だと言える。
 ただ、小説という古典娯楽(これが言語として昇華したとき文学と呼べるのかも知れない)の昔ながらの書式や形式からみて、あまりにも揃っていないために駄作と(一部から)評価された作品ではないかと思う。
 そう考えると、今回の映像化はそうした原作の悪い一面をリテイクしているような感じにも見える。
 劇場版ヱヴァンゲリヲンもそんな感じ。TV版ではラスト付近は相当に叩かれたが、その後のビデオ戦略や映画化、そして今回の新劇場版で悪い部分は全て作り直され、結果コンテンツとしての魅力をより大きなものに仕立て直している。
 空の境界も多分それと同じなのではないかと思う。だからこそ、原作を酷評する人にこそ観てもらいたい作品なのではないかと思う。
 とりあえず今回の第六章はまださわりの部分しか観ていないため、個人的評価は出せない。
 だが、第五章まで観て、さらに第六章のさわりを観た今、この作品が見せてくれたコンテンツの力はそんなに弱いものではないという事は理解した。
 まぁ、関連作品などを考えれば、コンテンツパワーが弱いワケなどないのだが。
 話は変わるが、この作品も私的にアニメというジャンルの偏見に巻き込まれて欲しくない作品の一つだ。
 ハリウッド映画との違いは実写かそうでないかぐらいの違いでしかない…と思っている。
 日本という国の世間一般の人は、ハリーポッターやロードオブザリングを良しとしてもアニメの同じような作品は良しとしない。
 この偏見がある限り、国内でのアニメ評価は大きく変わる事がない。
 実写作品にも良作と問題作があるように、アニメにだって良作もあれば問題作もある。
 私は空の境界もそうした偏見の中に埋もれされて良い作品とは思わない。
 名作は表現が何であっても名作だと思うし、それはやはり正しい評価をされるべきだと思う。
 さて、誰に頼まれたわけでもないが、ここまで作品を持ち上げてみた。
 私に賛同する人もいれはしない人もいるだろう。人の評価はそれこそ千差万別。同意するだけが、反対するだけが意見ではない。
 あと残る第七章を心待ちにしながら、私なりに評価している第六章をじっくり鑑賞しようと思う。

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武上

18歳の時、人生の最大の選択ミスをしてしまい、いきついた場所として山梨県人となる。 その後、建設業に身を投じ、資格をいくつか取得するものの、結局自分の性格と合わない事を理由に上京。 上京後、世間で話題になりつつあったアニメ・ゲームを主体とする業界の人間となり、デジタルコンテンツ業界を含む数々の著名人と同じ土俵でマルチメディアな仕事をするに至る。 一見華やかなメディアの世界の、その闇の深さたるやハンパない事こそ世間に何となく知られてはいるが、業界人しか知らないその氷山の全体像を十分すぎるほど目の当たりにした後、家庭の事情で再び甲州へと帰還。 しかし、この帰還も人生の選択ミスだったかもしれないなぁ…と今では思うものの、時既に遅し。 今は地元の製造業を営む会社の総務・品質保証という地味ではあるものの堅実な職につき、いつか再びやってくるだろう夢の実現を信じて隠者的生活を送っている…ハズだったのだが、またしても周囲の事情で運命は波乱の様相を見せ始めた。 私の人生は一体どの方向を向いているというのだろうか? ちなみに筆者はPCとの付き合いはかなり長いと思っている。 古くはPC-8801 mk2 SR、X1 Turbo、X68000、FM-Towns、PC-9801シリーズ(互換機含む)、PowerMAC 9500等をリアルタイムで使い、その後は、Windows PCの自作機を中心に現在に続いている。 デジタルガジェットに関しては興味もある事から、その時代の時々において、いろいろ使ったり調べたりして、専門家ほどではないが知識は蓄えてきたと思っている。 そうした経験を元に、今の時代へ情報発信させてもらっている。少々くどい言い回しが多いかも知れないが、お付き合いいただけるとありがたい。 連絡先:takegami@angel-halo.com (@を小文字にしてください)

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2 Responses

  1. ruser より:

    私は原作から読んでますが、確かに賛否両論出る内容だと思います。特に文体等にこだわったり、理解出来ない単語の羅列が苦手な人は拒絶反応が出るかもしれません。
    私は菊地秀行の伝記小説や海外のSF小説等で言葉遊び的な言い回しや専門用語ラッシュに耐性がある事と星新一のショートショートなんかもよく読んでいたので文体無視の破天荒なものにも慣れていました。そのせいかすんなり受け入れられました。
    多分、ラノベをよく読む人は似たような感想を持っていそうな気がします。
    映像化された方は台詞が難解でも映像があるぶん分かりやすいし、入り込み易いですね。
    言葉遊びでわざとわかり難く、その分印象的にするのは伝記小説の常套手段なんで、慣れてると少し物足りなく感じたりもします。くどい文章がデフォの私だからかもしれませんがw

  2. 武上 より:

    今は想像力のない人が多い時代なのかもしれません。
    テレビ全盛以降、ネットにしても全てのものが映像と音声がついていて当たり前みたいな世の中ですから、文章だけの表現では伝わりにくい時代なのかもしれません。
    もちろん、文章だけの表現では誤解を与える事など多々あるし、不便極まりない事に違いはないのですが、文章表現というのは行間に込められたイメージの想像で作品が何倍にも面白くなるという部分があります。
    そういう文字情報による媒体を避けている人からすれば、いや、避けていなくても実際想像力の弱い人からすれば、原作は肯定できないのかもしれません。
    それがアニメになり、映像と音声が付いただけで評価されるとするならば、それは明らかに現代病の一種と言わざるを得ないでしょう。
    まぁ、私も菊地秀行なんかはよく読んでいたし、意味が摩訶不思議な小説を多数読んできているので、多分原作を読んでもそんなに困惑はしないだろうと思いますがw

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