GeForce GTX 880シリーズは安価?

私が使用しているビデオカードはGeForce GTX 670である。必要にして十分な処理能力とコストパフォーマンスに優れていたのだが、ちょっとだけ後悔しているところもある。

ビデオカードの選択は難しい

私が今のビデオカードに若干後悔があるというのは、私がGTX 670を購入した後、急激にGTX 680が価格下落という状態になったからだ。
まぁ、それでも消費電力的にGTX 670の方が有利だし、相対的にGTX 670で問題はなかったのだが、ビデオカードの選択は相変わらず難しいという事をしみじみ感じた。
そして時は流れ、世間ではGTX 780シリーズが今の主流になっている。
だが、実際は600番台と700番台ではあまり違いを感じていない。実際使用されているコアも同じものを使用しているし、せいぜい効率を上げた事で性能が数%向上した、というぐらいである。
逆に、多少消費電力が上がっている側面もあり、私の中ではその数%の性能向上とわずかな消費電力上昇はただのトレードオフでしかないと思っている。

ところが、次に登場するGeForce GTX 880シリーズ、つまり800番台はちょっと様子が異なる。
Maxwellと言われるコアを使用するのは700番台と同じだが、コアの微細化プロセスがいよいよ28nmから20nmへと変化するのである。
これで消費電力の低下が期待出来るばかりか、発熱も押さえられ、本来のMaxwellの性能を引き出す事ができると考えられる。
NVIDIAの予定からすると、本来Maxwellは20nmプロセスで製造されるハズのコアだったのだが、ようやくここにきて予定の軌道に乗せる事になるようである。

漏れてきた情報では…

どうも、GeForce GTX 880 TiとGTX 880が今年末にGeForce GTX 780シリーズの置き換えとして登場するらしい。
しかも、それはハイエンドではなく、ミドルレンジ製品として登場するというのである。
考え方にもよるが、おそらくGTX 680のような位置付けでの登場になるのではないかと考える。
最近のNVIDIAの流れでは、ハイエンドは必ずと言っていいほど「Titanium」とか「Black Edition」、「Z」というサブネームが付く。
おそらく、ナンバリングではなく特定名称でその世代のハイエンドを指す言葉として使用しているのだろうが、これには通常性能が劇的に跳ね上がった事が背景にあるように思えてならない。

最近、CPU内蔵のGPUでも普通にOSのビデオ性能を達成できている状況で言うならば、ディスクリートのビデオカードは少なくともローエンドであっても、そうしたCPU内蔵型よりも性能は上という事になる。
まして、GTX 780ともなれば、その時点でハイエンドクラスの性能になるのだが、それでは世間はハイエンドビデオカードとして認識しない。なので、GTX 780といったクラスをミドルレンジに持ってきて、更なる性能をより高付加価値化するために、ナンバリングモデルをミドルレンジにしたのではないか? と私は予測している。

これはAMDとは対照的かもしれない。
AMDはハイエンドを290番台として、そこからミドルレンジを280、270とし、さらに廉価を260以下としている。NVIDIAにも780より廉価の770や760、750などがあるが、AMDと比較するとその差の区別が難しい。
つまり、NVIDIA製品は既にナンバリングの意味が希薄と言わざるを得ない。
もう少し製品群に明確な区分けがないと、消費者サイドから見ればわかりにくい状態だ。で、おそらくそれはNVIDIA自身も分かっていて、明確にハイエンドだけを区別した、というのが私の推測である。
まぁ…その推測から考えれば、GTX 880シリーズもミドルレンジにならざるを得ない、というのが、最終結論である。

ひょっとしてGPUもマルチコア化?

この表現は正しくない。
GPUはCPUよりもずっと前にマルチコア化していたのだから。
ここでいうマルチコアというのは、まさに字の如く複数のコア…というよりチップで構成する事を言う。
つまり、ビデオカードのハイエンド製品はGPUをマルチチップ構成でボードに搭載する方向にシフトしてきたのではないかと感じる。
実はAMDは随分と前からその方向に移行している。単体コアでハイエンドを達成するよりも、複数のチップで上の性能を目指すという方向だ。
しかし、NVIDIAはAMDの動きとは全く異なる、単体チップでの性能向上を続けてきた。AMDの動きなどまるで意識していないかのような流れだ。
だが、ある時からNVIDIA自体も違った動きを見せるようになった。それはARMコアに手を付けた頃からである。
ARMコアを搭載するデバイスは、どれも省電力でなければならず、PCのビデオカードのような電力消費では受け入れられない。だからNVIDIAはワットパフォーマンスに拘るGPU作りにシフトしてきた。
その行き着いた結果で、NVIDIAもミドルレンジクラスのGPUを作り込み、それの数でもってハイエンド化させていく方向に流れたのかも知れない。
ある意味、AMDの考え方の方が未来を見据えた考え方だった、という事なのかもしれない。いや、技術屋レベルでは、その方向が既定路線だったのかもしれない。

今回の噂では「GeForce GTX 880 TiとGTX 880が今年末にGeForce GTX 780シリーズの置き換えとして登場する」というものであるから、私の推測がそのままアタリという事ではないかもしれない。
だが、この噂が出ているにもかかわらず、それでもミドルレンジであるとするならば、ハイエンドにまるで違うコアを持ってくるだけのパフォーマンスをNVIDIAが見せるのかどうかは、明確に言えないのではないかと思う。
GTX 780のように、コアからしてGTX 760と異なるものを用意してくる可能性も依然としてあるが、徐々にその可能性は薄れていく…時代の流れと共にそうなっていくのではないかと、私は思っている。

現代はそれほどまでにGPUの性能は向上していて、通常使うレベルで困る事がなくなった、というのがこうした現象を引き起こしているように思う。
CPUでは既にそうした動きが当たり前のようになっていて、廉価が加速している。普通に使う性能としてAtomクラスで問題が無い、という時代なのだから、ハイエンドCPUを求める絶対人口は一握りもいない時代である。
GPUも自ずとそうしたサイクルに落ちてくる。需要と供給に技術バランスと価格が組み合わさった最終的に行き先は、そうした必要十分な性能を与える最低コストに依存する。
GPUはゆっくりとその流れに落ちているのではないだろうか。

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武上

18歳の時、人生の最大の選択ミスをしてしまい、いきついた場所として山梨県人となる。 その後、建設業に身を投じ、資格をいくつか取得するものの、結局自分の性格と合わない事を理由に上京。 上京後、世間で話題になりつつあったアニメ・ゲームを主体とする業界の人間となり、デジタルコンテンツ業界を含む数々の著名人と同じ土俵でマルチメディアな仕事をするに至る。 一見華やかなメディアの世界の、その闇の深さたるやハンパない事こそ世間に何となく知られてはいるが、業界人しか知らないその氷山の全体像を十分すぎるほど目の当たりにした後、家庭の事情で再び甲州へと帰還。 しかし、この帰還も人生の選択ミスだったかもしれないなぁ…と今では思うものの、時既に遅し。 今は地元の製造業を営む会社の総務・品質保証という地味ではあるものの堅実な職につき、いつか再びやってくるだろう夢の実現を信じて隠者的生活を送っている…ハズだったのだが、またしても周囲の事情で運命は波乱の様相を見せ始めた。 私の人生は一体どの方向を向いているというのだろうか? ちなみに筆者はPCとの付き合いはかなり長いと思っている。 古くはPC-8801 mk2 SR、X1 Turbo、X68000、FM-Towns、PC-9801シリーズ(互換機含む)、PowerMAC 9500等をリアルタイムで使い、その後は、Windows PCの自作機を中心に現在に続いている。 デジタルガジェットに関しては興味もある事から、その時代の時々において、いろいろ使ったり調べたりして、専門家ほどではないが知識は蓄えてきたと思っている。 そうした経験を元に、今の時代へ情報発信させてもらっている。少々くどい言い回しが多いかも知れないが、お付き合いいただけるとありがたい。 連絡先:takegami@angel-halo.com (@を小文字にしてください)

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