3D Tri-Gateトランジスタが実現する未来のPC

 5月4日、Intelは全世界に向けて世界初の3次元構造を持つトランジスタを発表した。
 それが3D Tri-Gateという名であり、Intelが最初にその存在を公開したのは今から9年前の2002年の事である。
 3D Tri-Gateによってもたらされるのは、様々なメリットであり、高密度化が可能になる事でより高性能化できるだけでなく、90nmプロセス時に大きな問題となったリーク電流が大きく押さえる事が可能となる。
 Intelは22nmで製造する予定のIvy Bridgeでこの3D Tri-Gateを使用する事を想定しており、これが同時に世界初の量産となる。
 この22nm版Ivy Bridgeは32nm版Sandy Bridgeと同じ電力を消費した場合、低電圧時には約37%の高性能化が可能であり、また同じ性能ならは電力は約50%に抑える事が可能だという。しかもリーク電流は1/10にまで減らす事が可能であるため、高性能化&省電力化と現在最も求められている事が両立可能だという。

 と、ここまでの話で行くと、スバラシイ開発が行われ、Intel主導の世界がこの先あるような感じに見えなくもないが、この半導体の3次元構造化は何もIntelの独占技術ではない。
 大手の半導体ベンダーはほぼ全てがこの立体構造の半導体開発に注力している。
 一般的にIntelが発表した3D Tri-Gateのような3次元構造半導体はマルチゲートと呼ばれている。3D Tri-Gateはそのマルチゲートの一つの形でしかない。
 そのいくつかある中の一つとして今回Intelが発表した事は、まず3次元トランジスタを量産に持ち込んだ事、そして他ベンダーより1~2世代早くトランジスタ構造改革を行った事が評価されるのであって、この3D Tri-GateそのものがIntelの優位性にそのまま直結する事ではないのである。
 しかも他社より先行して3D Tri-Gateによる量産を開始するという事は当然ながらそこに歩留りの問題がついて回る。いくらIntelが歩留りが従来品に比べて良いと言ったとしても、それはあくまでも開発品レベルでの話でしかなく、量産品で同じ事が出来るとは限らない。量産時にはいろいろなトラブルがついて回るからだ。


 実際の所、マルチゲートはIntelが発表したような感じに上手く行くと考えているベンダーは少ないのかもしれない。
 その流れとしてSOI(silicon-on-insulator)技術(リーク電流を抑える事で有名になった技術)を発展させるという方法で当座を凌ぐ道がある。
 つまり、不安の残るマルチゲートよりも先によりリーク電流を抑えるSOI技術を推し進め、マルチゲートのリスクを先送りしてしまう方法を採るベンダーもあると見られる。
 マルチゲートを推し進めるか、それとも技術的に安定するまでSOI技術の発展で凌ぐか…これは変革期である今に正しい答えはない。
 Intelにしてもかなり大胆な賭けに出ているとも言えるし、SOI技術を発展させるベンダーはIntelが成功してしまえば技術的にリードを許してしまう事になる。
 リスクを承知で賭けに出るか?
 安パイを採って技術革新を先延ばしするか?
 たしかに難しい選択と言えるかもしれない。
 Intelの賭けが上手く行ったとして…そこで実現可能となる未来のPCとはどんなものになるのだろうか?
 残念ながら劇的進化するPCとは言いにくい。
 そもそも、Intelが発表した3D Tri-Gateトランジスタの技術的性能は、おそらく誇張された形で人々の印象に残っている可能性が高い。これはIntelが誇張しすぎているワケではなく、Intel以外がこうした技術の発表をあまりしていないからだ。
 なので実現される性能はもちろん現存するコアよりも優れたものになるだろうが、それが劇的進化したものという事からはかけ離れている。
 x86コアは今、ARM勢に押されに押されているからだ。
 ARMはそのほとんどがx86コアよりも消費電力に勝っている。もっとも、絶対的性能はx86コアの方が上回っているだろうから、そもそも勝負する場所が違うといえばそれまでだが、IntelはAtomという省電力コアがあり、モバイル系で使用されるシーンで言えば、ARMと真っ正面から勝負しなければならない所に立っている。
 今回の3D Tri-Gateが上手くいけば、その技術を投入したAtomはようやくARMと省電力性で同じぐらいになる、というレベルであると思われる。それも、パワーセーブモードでの話だ。
 もっとも、最大時の性能はAtomの方が上で処理能力的には有利かもしれないが、モバイル用途では総合的性能差が付くわけではないだろう。
 その事はもちろんIntelも分かっているだろうし、分かっているだろうから、省電力に向けた情報以外をも発表したのだろうと思う。
 それでもIntelが3D Tri-Gateの賭けに出たのは、この先Multiゲート化は避けて通れないからであり、Intelは未来を考えて3D Tri-Gateを先行させたに過ぎないと思われる。
 今回のIntelの3D Tri-Gate発表は、実にそのあたりを上手く隠蔽…いや誤魔化し、大々的に発表された。
 これは素直にIntelの広報が作戦成功だったと言わざるを得ない。Intelはこの3D Tri-Gate技術で一気に優位に立ったように見せかける事に成功し、そしてそれはIntelを支持しない人にも「Intelは他社より先に進んでいる」と思わせる事に成功した。
 これを営業勝利と言わずして何と言おうか。
 他メーカーやベンダーはIntelのこうした所をもっと学ぶべきなのかもしれない。
 まぁ、いろんな見方はあると思うが、今回の3D Tri-Gateに踏み切ったIntelによって、見事それを成功させればまた技術革新が一つ早まる事となり、失敗すればほんのわずかに足踏みする事になり、どちらに転んでも半導体業界が新しい一歩を踏み出していく事になる、その通過点の話。
 微細化はまだまだ止まるところをしらないワケであり、ムーアの法則はまだ継続していく。
 この勢いなら…ナノマシンももう夢の話ではないのかもしれない。

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武上

18歳の時、人生の最大の選択ミスをしてしまい、いきついた場所として山梨県人となる。 その後、建設業に身を投じ、資格をいくつか取得するものの、結局自分の性格と合わない事を理由に上京。 上京後、世間で話題になりつつあったアニメ・ゲームを主体とする業界の人間となり、デジタルコンテンツ業界を含む数々の著名人と同じ土俵でマルチメディアな仕事をするに至る。 一見華やかなメディアの世界の、その闇の深さたるやハンパない事こそ世間に何となく知られてはいるが、業界人しか知らないその氷山の全体像を十分すぎるほど目の当たりにした後、家庭の事情で再び甲州へと帰還。 しかし、この帰還も人生の選択ミスだったかもしれないなぁ…と今では思うものの、時既に遅し。 今は地元の製造業を営む会社の総務・品質保証という地味ではあるものの堅実な職につき、いつか再びやってくるだろう夢の実現を信じて隠者的生活を送っている…ハズだったのだが、またしても周囲の事情で運命は波乱の様相を見せ始めた。 私の人生は一体どの方向を向いているというのだろうか? ちなみに筆者はPCとの付き合いはかなり長いと思っている。 古くはPC-8801 mk2 SR、X1 Turbo、X68000、FM-Towns、PC-9801シリーズ(互換機含む)、PowerMAC 9500等をリアルタイムで使い、その後は、Windows PCの自作機を中心に現在に続いている。 デジタルガジェットに関しては興味もある事から、その時代の時々において、いろいろ使ったり調べたりして、専門家ほどではないが知識は蓄えてきたと思っている。 そうした経験を元に、今の時代へ情報発信させてもらっている。少々くどい言い回しが多いかも知れないが、お付き合いいただけるとありがたい。 連絡先:takegami@angel-halo.com (@を小文字にしてください)

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