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術後の話

母親の手術は無事成功。しかし、その後のリハビリが大変なのだ。

リハビリなのか?

先日からBlogで書いている母親の骨折の件だが、無事に9月24日に手術は終わり、経過も悪くない状態になった。
ただ、骨折した箇所の肌の色は相変わらず赤黒く、部分的に黄色味を帯びている感じで、結構ショッキングな感じになっている。
手術では、折れた骨を金属棒(チタン製)で固定して強制的に接合しているので、今日の段階で既にリハビリ活動に入っている。
理学療法士によると、今のウチから動かさないと肘が固まってしまい、手を口元まで持って来れなくなる可能性がでてしまうとかで、とにかく動かせ、という事だった。
もともと肩が上がらない年齢にもなっているので、肘の動きに制限が出てしまうと、実生活でも厄介なので、この肘上運動は念入りに行うと母親も意気込みはある。
だが、この腕の骨折以外の部分で、理学療法士から確認された事がある。
それは歩行に関して。
ウチの母親は今から十数年前、脳梗塞を患ってから、右足の感覚が鈍くなっている。この感覚の鈍さが、歩行に影響を与え、比較的歩幅の狭い歩き方になってしまっている。
これは病気でそうなったのではなく、足の感覚の薄れから、転んでしまうという恐怖の為に、歩幅が狭くなっている、と私は見ている。
杖を使って歩いているのも事実だが、杖がなくても歩ける時もあったりするので、気持ちの問題で恐怖から歩行に制限をしてしまっている、と見えるのである。
また、体全体の筋力が衰えている事から、体を支える事が辛くなっているのも影響しているかもしれない。
だからリハビリで歩行までをカバーしていこうとすると、それはもうリハビリというよりはトレーニングに近いものになるわけで、何となく骨折を起点にした筋力回復トレーニングを今後行っていくような感じに見えて仕方が無い。

医療の知識

母親の入院先の看護師から、変な事を言われた。
入院等でいろいろな文書を作ったり、手続きをしたりする上で、私はとてもその対処が早いそうである。
自分でも、今回はあまり悩む事がなく、テキパキと処理出来ているな、とは感じていたが、これも昨年11月末に母親が入院した時の知識があるからだと思っている。
ただ、どうも看護師が感じているのはそれだけの事ではないらしく、母親の状況説明をした後の私の理解と対応が、とてもスムーズかつやりやすいというのである。
うーん…私は気にしたことはないが、ひょっとしたら、今の業務が薬事関係の業務だったり、医療関係の業務だったりするのが関係しているのかもしれない。
しかも、私は今の職場に来る前には、病院の夜間受付をしていた事もあるので、病院内の対応の大凡が想像できるというのもあるのかも知れない。
自分でも、普段からあまり意識していないのだが、着実に医療関係の知識は蓄積されているのかもしれない。
ただ…この知識、自分が入院したりした時にはあまり役に立たないんだよね(-_-;)
自分の意識がハッキリしているときならまだしも、そうでない時だとホントに意味がない。
ま、知らないより知っていた方がいい、という意味では、今の状況が悪いというわけではないのだが。

とりあえず、母親はリハビリへと移行した。
問題はこのリハビリがいつまで入院を伴って必要となるのか? という事。
長く係りそうだとしたら、費用はいかほどになるのだろうか?
考えるだけで頭の痛い話である。

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武上

18歳の時、人生の最大の選択ミスをしてしまい、いきついた場所として山梨県人となる。 その後、建設業に身を投じ、資格をいくつか取得するものの、結局自分の性格と合わない事を理由に上京。 上京後、世間で話題になりつつあったアニメ・ゲームを主体とする業界の人間となり、デジタルコンテンツ業界を含む数々の著名人と同じ土俵でマルチメディアな仕事をするに至る。 一見華やかなメディアの世界の、その闇の深さたるやハンパない事こそ世間に何となく知られてはいるが、業界人しか知らないその氷山の全体像を十分すぎるほど目の当たりにした後、家庭の事情で再び甲州へと帰還。 しかし、この帰還も人生の選択ミスだったかもしれないなぁ…と今では思うものの、時既に遅し。 今は地元の製造業を営む会社の総務・品質保証という地味ではあるものの堅実な職につき、いつか再びやってくるだろう夢の実現を信じて隠者的生活を送っている…ハズだったのだが、またしても周囲の事情で運命は波乱の様相を見せ始めた。 私の人生は一体どの方向を向いているというのだろうか? ちなみに筆者はPCとの付き合いはかなり長いと思っている。 古くはPC-8801 mk2 SR、X1 Turbo、X68000、FM-Towns、PC-9801シリーズ(互換機含む)、PowerMAC 9500等をリアルタイムで使い、その後は、Windows PCの自作機を中心に現在に続いている。 デジタルガジェットに関しては興味もある事から、その時代の時々において、いろいろ使ったり調べたりして、専門家ほどではないが知識は蓄えてきたと思っている。 そうした経験を元に、今の時代へ情報発信させてもらっている。少々くどい言い回しが多いかも知れないが、お付き合いいただけるとありがたい。 連絡先:takegami@angel-halo.com (@を小文字にしてください)

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